第6話

 聖女の屋敷を訪れたわたしたちだったが、使用人は言った。

「フロリーヌ様は、ただいま出かけております」

「どこへ行ったか聞いてませんか?」

 すかさず問いかけるヴェリシュだが、使用人は困ったように返す。

「いえ、特にお聞きしておりません。街のどこかにいると思いますが」

 ヴェリシュとわたしは苦々しく顔を見合わせた。


 再び馬車へ乗り込んだわたしたちは、ほぼ同時にため息をついてしまった。

「彼女はいったい、どこに行ったんでしょうか」

「トゥールに会いに行ったのかしら? でもそれだと、お城へ行ったと言いそうなものよね」

 しかも今夜は舞踏会なのだ。フロリーヌも当然参加するだろうから、その前に王城へ行くだろうか?

「たしかにそうですね。あの使用人は、街へ行ったと言っていました」

「一言で街と言っても、広すぎて見当がつかないわ」

「うーん……無駄かもしれませんが、フィデオンかミグニットを訪ねてみましょうか」

「彼らに聞くのね。何もしないでいるより断然いいわ」

 わたしは彼の意見に賛同し、御者へ告げた。

「広場へ向かってちょうだい」


 広場には人気がなく、赤い髪の青年が呆然と立ちつくしているばかりだった。

「フィデオン!」

 ヴェリシュが呼びかけながら近づいていく。私もあとを追うが、行き過ぎる人すらいないことを不気味に思った。

 振り返ったフィデオンは、わたしたちを見て安堵したように笑う。

「おう、ヴェリシュにユヴィーニャ。見ろよ、この景色」

 と、彼は両腕を広げてみせると、寂しげな顔をして言った。

「どこにも人がいねぇんだ」

 どうやら彼も異変に気づいていたらしい。

 ヴェリシュは真剣な顔で問いかけた。

「フロリーヌがどこにいるか、心当たりはありませんか?」

「は? オレにはちっとも分からねぇけど、どうかしたのか?」

「ここに誰もいないように、世界がおかしくなっているんです。その元凶は、もしかすると彼女かもしれません」

 フィデオンは目を丸くした。

「フロリーヌが世界をおかしくしてるって? おいおい、彼女は聖女だぜ。そんな妙なこと、するわけねぇだろ」

「俺だって、本来ならそう思いたいです。ですが、彼女はおそらく、何かを知っているはずです」

 何か思うところがあったのだろう。剣の勇者はわたしたちから視線を外すと、広場を端から端まで見回した。

「昨日まではさ、ここに子どもたちが来てたんだ。オレに剣を習いたいって、年齢や体格、男も女も関係なく、いろんなやつが来ててさ」

 わたしはその光景を想像して、思わず辛い気持ちになった。

「オレのこと、師匠なんて呼ぶやつもいてさ。みんな、楽しそうにオレの言うこと聞いて、必死に練習するんだよ。強くなりたいって、魔物を倒せるくらい強くなりたいって……」

 そしてフィデオンはヴェリシュを、わたしの方を見て言った。

「本当にフロリーヌが関係してるなら、放っておけない。オレも一緒に行かせてくれ」

「ええ、分かりました」

 と、ヴェリシュがうなずく。

「それじゃあ、次はミグニットへ聞きに行ってみましょう」

 と、わたしは二人を見ながら言った。


 ミグニットの屋敷へ着いた頃には、すでに昼前になっていた。お腹も空いてくる頃だ。

 扉を開けて顔を出したミグニットは、わたしたちを見て不思議そうに言った。

「ヴェリシュにフィデオン、しかもユヴィーニャまで? 変な三人組だね」

「そんなことを言っている場合ではありません。フロリーヌの居場所を知りませんか?」

 と、ヴェリシュは早々に問いかける。

 ミグニットはのんきに首をかしげた。

「知らないけれど、どうかしたの?」

「彼女を探しているんです。この世界を守るために」

 少年魔法使いは何も気づいていないのか、怪訝な顔をした。

「まだ魔王軍の残党が?」

 すると、しびれを切らしたフィデオンが口を挟んだ。

「ちげぇよ! 街がおかしなことになってるだろうが!」

「え、そうなの?」

 ミグニットはおずおずと外へ出てきて、周辺の様子を見る。

「うーんと、あんまり外に出ないから分からないなぁ」

 と、また首をかしげた。

 フィデオンは今にも怒り出しそうになり、ヴェリシュが彼の前へ腕を出して制止する。

「分からないならいいです。でも、オレたちと一緒にいた方が安全かもしれません」

「え、何で?」

 やはりミグニットは現在の状況を分かっていない様子だ。

「いいから、とっとと支度してこい!」

 とうとうフィデオンに怒られ、ミグニットは慌てて屋敷の中へ戻っていった。


 四人乗りの馬車が埋まってしまい、わたしは言う。

「トゥールへ会いに行くのはいいけれど、その前にわたしの屋敷へ寄らせてもらえないかしら? ディリュースが心配なの」

 わたしの言葉にヴェリシュはうなずいてくれた。

「ええ、そうですね。彼の様子も見ておきましょう」

「ありがとう、ヴェリシュ」

 わたしはほっとして、御者へ言う。

「屋敷へ戻って。できるだけ早く」

 御者は「かしこまりました」と返し、すぐに手にした鞭で馬をたたいた。


 ナオロレフ公爵邸へ戻ると、庭が奇妙なことになっていた。

「何よ、これ……っ」

 地面のところどころに黒い点が浮かび、まるでえぐり取られたみたいになっている。

 思わず怖気づくわたしへヴェリシュが言った。

「中が心配です。急ぎましょう」

「え、ええ」

 フィデオンが我先にと駆けて行き、そのあとをミグニットが追って行く。恐怖で足を踏み出せないわたしの手を、ヴェリシュが力強く握った。

「俺がそばにいます」

 その言葉にはっとして、わたしは彼に手を引かれながら走り出す――。


 扉を開けた先には、誰もいなかった。

「ここにも人がいねぇだと……?」

「すっかり静まり返ってるね」

 フィデオンとミグニットがきょろきょろと周囲を見回し、わたしはさけぶ。

「お父様! お母様!」

 屋敷の中はしんとしていた。黒い点はここまで浸食していないようだが、使用人すら見当たらない。

「キュリオお兄様、どこなの!? ディリュース、いる!?」

 動揺してさけぶわたしの目の前で、突如、黒い点が浮かびあがった。

「きゃっ」

 思わず後ろへ下がったわたしをヴェリシュが優しく抱きとめてくれる。

「ヴェリシュ……」

 と、わたしは泣き出しそうな顔で彼を見上げた。

 もう何が何だか分からない。家族を失った悲しみなのか、寂しさなのか、よく分からないごちゃごちゃとした感情がわたしを包む。

 彼は冷静に返した。

「この場はあきらめて、すぐにフロリーヌを探しに行きましょう」

 そうだ、まだ彼女を見つけていない。

「そうするしかなさそうだな」

「うぅ、何だってこんなことに……」

 と、フィデオンとミグニットがそれぞれに言う。

 わたしたちはすぐに外へ出て馬車へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る