第5話 モヤモヤする気持ち
鴇蔭たちは親と別れる前に渡された鍵に書かれた住所を頼りに、街灯が照らす道を歩く。
(ご丁寧に)
鍵にはシーザー暗号で書かれていた。
簡単な暗号でできており、深く考えようとする人ほど、穴に落ちやすい仕組みになっている。
万が一誰かに見られたとしても、これならでは判断し難い。
父さんたちとの話し合い(?)は終わったことだ。
今は平常運転に戻して、彼女の様子を伺いながら、父さんの意図を探っていこう。
「あっ、あの…」
茉耶奈は目を泳がせて尋ねてきた。
「どうしたの?」
「え、えーーと……」
「?」
彼女が何を話したいのかをわからない鴇蔭は彼女の応答を待つ。
「………えっと…これからどこに行くのでしょうか……」
鴇蔭はカチカチとする可愛らしい生物に表情を一切緩めない。
「自分と桜木さんが一緒に暮らすことになる家に向かっているところだよ」
「ひゃぇっ!?」
彼女は一緒にと言った瞬間に反応したため、おそらく予想はついていたのだろう。
鴇蔭は鍵を右ポケットの中に入れて、新居に着くまでにしなければならないことを考える。
「突然だよね…自分も驚いてはいるけど、自分の父さんと桜木さんのお父さんに何を言っても、話を聞いてくれそうにないからね」
彼女の歩くペースに合わせ、表情を伺いながら言葉を選ぶ鴇蔭。
でも鴇蔭とは反対の方向の地面を見ている彼女の表情は艶がかった長い髪で隠れており、あまり見えていないのが現実だ。
耳が紅色に染まっていることだけはわかるので、なるべく早く話を終わらせるように、1つのことだけを話す。
「とりあえずは父さんたちの話を鵜呑みにしよう。今、何を言ったて父さんたちの性格だと、変わらないだろうしね」
彼女は恥ずかしそうに頷くと完全に沈黙してしまう。
(足音もしない…呼吸音も全く聞こえない…)
鴇蔭は逆にすごいなと思いながら、ひとけのない道に入る。
先祖は忍びの一族のだったのだろうか。
独学でやっているなら、かなりセンスがある。
「おお!野郎共!獲物が入ってきてたぜ!」
モヒカンのリーダーらしき人物が野郎共の指揮を挙げる。
(あ、まずい。最短ルートで来ていたら、そういえばここ……やばい場所だったか)
鴇蔭は目の前に明らかに自分より体格の大きい複数のヤンキーたちが一気に鴇蔭たちをロックオンする。
鴇蔭は咄嗟に茉耶奈を右手で背中に隠す。
以前、菅原に厳重注意された場所であるのに鴇蔭は悠長である。
なぜなら鴇蔭は全く彼らを恐れていない。
彼はただ面倒くさいことになったと思っているだけだ。
この街は基本的に治安の良いはずなのだが、なぜかここだけは治安が悪い。
警察の方でどうにかして欲しいと思うところはあるが、捕まえられる証拠がないのだろう。
やるしかないかと決めると、モヒカン頭のリーダーが近所迷惑な声を挙げる。
「お兄ちゃんよ。もう隠しても遅いぜ!そこのお嬢ちゃんは俺たちタイガァーズのものだぜ!」
「え………」
茉耶奈は一歩足を引く。
(耳にしたことは菅原からの一度のみ……)
鴇蔭は一人一人の表情を見ていく。
茉耶奈は両手を胸に当てて震えている。
きっと怖いのか…いや気持ち悪いのも含まれているだろう。
「大丈夫だ」
「何が大丈夫かはわからないが、お兄ちゃんよ。そこのお嬢ちゃんを置いていけば、あんただけは助けてやらないでもいいぜ」
彼は全く恐怖に呑み込まれることなく、堂々と右手で私を守っている。
なんで怖くないのと聞いてみたくなる。
でも私にそんな勇気なんかないし、怖い……。
鴇蔭はどう動くかを思考する。
やり慣れていそうな奴らだ。
隙を突いて一番大柄な男をやれば、間違いなく全滅させることはできる。
そうすると彼女から離れてしまい、状況悪化に繋がるかもしれない。
なら逃げる一手も挙げられるが、茉耶奈の足が動く保証はない。
一番いいシナリオは大柄の男が最先頭で相手から向かってきてもらうことなのだがな。
私の唇は酷く青ざめてしまった。
私は怖くて目を瞑ってしまった。
私たちはこれからこの人たちにイジメられてしまうのだと。
「……はは!行くぞ野郎ども!!」
「うぉぉぉぉ!!!!」
さっきよりも大きな声を出したモヒカン頭の声と共に全員が突撃してくる。
「はあ……」
俺はため息を吐いた。
静かになると、茉耶奈は目を開ける。
「あれ……?」
「桜木さん、片付いたしもう夜も遅いから少し急ごう」
「え!?う、うん!?」
鴇蔭は茉耶奈の手首を優しく掴み、小走りで新居へと向かった。
茉耶奈は何が起きたのかわからずに鴇蔭に身を任せた。
鴇蔭が負った左脇腹のアザ。
それは彼女には気づかれてはいけないと彼は心に誓った。
そして、この家は少し様子を見る必要がある。
///
「おっはよう!鴇蔭くぬ!」
「おっはー草薙ー菅原ー」
「え…………おい!みんな!ダル鴇だ!今日の鴇蔭はダル鴇だ!」
新しいクラスでの2日目の朝は沈黙になる。
「……ん?みんなーどうしたんだーー?」
「噂では聞いていたが、確かにこのときは何を頼んでもダルそうに引き受けそうだな」
「だろ!だろ!」
「そんなーことないよーちゃんと助けるよー」
「そういう意味ではないのだがね」
机にへばりついている鴇蔭はまだ知らない。
「そういえば、鴇蔭。今日の業後に校舎裏に来て欲しいて、2組の市村さんが鴇蔭に言っていたぞ」
「あー市村さんねーりょーかいー」
「おお!これで7人目か!さすが我らのダル鴇。レベルが違いますな」
「本当ならもっといると思うけどね。でも鴇蔭も鴇蔭でなんで付き合おうとしないのかな」
「………ん!?いつの間に?」
「いや…さっきからいましたけど?」
「俺も気づかなかったな」
「心臓に悪いから次からはいるならいると伝えてくれ」
高牧はあははと頷いた。
茉耶奈は遠くで盗み聞きしていた。
(ええええ!?7人目!?!?)
それはそのはずだろう。
変な人だとしても、みんなから頼りにされているし、優しいし、助けてくれるし、いろいろなことができるしで言ってしまうとほぼ完璧な人間。
好意を寄せてくれる人も少なからずいるだろう。
(昨日はたまたまだよね……)
茉耶奈はため息を吐きながら机と顔を密着させる。
昨日から私の心の中はモヤモヤしている。
お父さんに無理矢理にも結婚させられたのに、嫌な気持ちがほとんどない。
「どうしよう………」
彼女は少し気が楽になった気がした。
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