04-08

 にゃんちゃっ亭で過ごしたひと時で心が癒されたシュンサクは、退店後に隣のビルを訪ねる。

 目的の店は健康麻雀・華うらら。


 自動扉を抜けた先の受付に立つのは、またもやホスト風のイケメンであった。


「いらっしゃいませ」


「こんちゃっす」


「フリーでよろしかったでしょうか?」


「……そっすね」


 シュンサクはフリーで入店して良いものかを一瞬考えたが、下手に怪しまれるのを避けるため、大人しく案内に従うことにした。


「当店の会員証はお持ちですか?」


「いえ、初めてなんすけど」


 と言いながら、シュンサクはにゃんちゃっ亭の会員証とサービス券を出す。

 にゃんちゃっ亭と華うららの会員証には相互性があった。


「猫カフェの方でご登録済みでしたか。では、ご案内致します。当店は完全ノーレートとなっておりまして、一切の賭け事は禁止させていただいております。また、フリーでご来店の場合、タイミングによっては当店のスタッフか、教室の生徒が同卓することがございますのでご承知おきください」


「ちなみに同卓者の指名とかって出来たりします?」


「スタッフであれば。時と場合によりますが」


「じゃあ、華川シズヤさんで。他は誰でもいいです」


 受付スタッフはシズヤの名前を聞いて驚いた。

 そして困り始める。


「初来店のお客様が店長をご指名ですか……。うーん、それは可能かどうか、確認を取ってみないことには……」


「じゃあ確認取ってくださいよ。せっかく来たんで、強い人と打ちたくて」


 そう言うとシュンサクは警察手帳を取り出し、見せつける。

 顔色を変える受付スタッフ。


「……少々お待ちください」


「いいぜ、打ってやるよ」


 後ろから不意に声が聞こえ、シュンサクはすかさず振り向いた。

 そこに立っていたのは華川シズヤ。


 パナメーラを乗り去った男で間違いなかった。


「今ちょうど講習終わったところでさ。夜の部まで時間あるから打とうか」


 気配も無く背後を取られたシュンサクは驚き、固唾を呑んだ。


「……助かります」


「他二人はうちの生徒さんでいいかな?」


「えぇ、大丈夫です」


「うっし、じゃあ決まりね。しかし、わざわざ俺を指名するなんて、お兄さん強いの?」


「国内で一番偏差値が高い大学を卒業していて、麻雀研究会では成績トップでした」


「へぇ~、スゴいじゃん。ワクワクしちゃうね」


 シズヤは好戦的な目つきで、挑戦的な笑みを浮かべる。


「ほんじゃ、奥行こうか。奥」


 シュンサクはシズヤに促されるままに、受付から通路を進み、突き当たりの部屋に入る。

 そこには最新式の全自動麻雀卓が複数台置かれており、セットで打っている卓が二台立っていた。


 シズヤは角の卓にシュンサクを案内すると、別の部屋から老人と少年を連れて来る。

 少年は明らかに小学生であった。


「うちの教室のシニアの部から一人、ジュニアの部から一人。このメンツで打とうぜ」


「こんな若い子が打てるんですか?」


「勿の論。俺が教えてるんだぜ。なぁ?」


 そう言われると少年は黙って頷く。


「さ、さ。席決めしてちゃっちゃと始めようか」


 シズヤは卓上の東南西北と白を取り分け、裏返す。

 各々、牌を取って着席する。


 起家、老人。

 南家、シュンサク。

 西家、少年。

 北家、シズヤ。


「よろしくお願いします」


 と、場を仕切るシズヤ。


「「よろしくお願いします」」


 そして、シズヤに続く他三人。

 卓上の牌を中に落とし、ボタンを押して山と配牌がせり上がる。


 ドラは七索。

 親である老人は山から一枚牌をツモり、手牌からオタ風の字牌を切る。


 シュンサクも同様、セオリー通りに不要な字牌を切り、順当に打ち進めてゆく。


「ところでお兄さん、警察なんでしょ? こんな所まで何しに来たの? まさか勤務中じゃないよね?」


 数巡進んだところで、シズヤは直球な質問を繰り出した。


「今日は半休取って仕事はお終い。勤務中に麻雀打ってたら、今どきSNSで晒されちゃいますからね」


「お兄さん警察なの? かっけぇ!」


 西家の少年が興奮しながら会話に割って入る。


「鉄砲とか手錠とか見せてよ!」


「お兄さんは仕事でここに来たんじゃないの。遊びに来たの。鉄砲も手錠も持ってないよ」


「なーんだ、つまんない」


「銃や手錠より麻雀の方がよっぽど面白いさ」


「そうかなぁ」


「そうだよ」


 シュンサクは少年に対して微笑み、山から牌をツモる。


「お、いいとこ入った。リーチ」


 リーチ宣言をしたシュンサクは牌を切り、千点棒を供託として卓上に置く。

 少年は迷わずに現物を切った。


「警察のお兄さん。俺の質問に答えてよ」


 シズヤも現物をツモ切る。


「単純に遊びに来ただけですって。息抜きですよ、息抜き。とある事件の捜査に行き詰まっちゃってね、ストレス解消に来ました」


 シュンサクはシズヤの背後を指差す。

 指差した先、室内の角には大型のテレビが置かれ、夕方のニュース番組が放送されていた。


 シズヤは振り向き、テレビを観る。

 報道されている内容は、イルミンスール記念会館の火災についてであった。


「華川さん、よかったら次の半荘で差しウマやりません?」


 シズヤは視線を卓に戻す。


「うちはノーレートだ。ってか警察が賭け事はマズいっしょ」


「賭けるのはお金じゃなくて情報です。イルミンスールのね。――あ、ツモった」

 

 シュンサクはツモ牌を置いて手牌を倒し、裏ドラを捲る。


「うっし! 一枚乗った! メンピン一発ツモ表イチ裏イチ。跳満っすね」


 シズヤ、老人、少年はシュンサクに点棒を支払う。

 牌を卓に落とし、東二局〇本場。


 新たな山と配牌がせり上がる。

 親のシュンサクは理牌することなく不要牌を選び出し、丁寧な所作で第一打を終える。


「……いいぜ、やってやんよ。差しウマ」


 シズヤは理牌しながらシュンサクの提案を受け入れた。

 手牌を綺麗に並べると、右手で小手返しをしながら笑う。


 局は着々と進行してゆく。

 暫くするとテレビの中では、ニュース番組の報道内容がイルミンスール記念会館の火災から、政治家の不祥事に切り替わる。


 それは、自由勤民党の議員がソーラーパネルを取り扱う企業から云百万もの賄賂を受け取り、私腹を肥やしていることを週刊誌が報じているという内容であった。

 しかし、互いに対面の動向に集中しているシュンサクとシズヤが、そのニュースに気が付くことはなかった。

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