04-07

 某所、雑居ビル街。

 そのうちのひとつ、保護猫カフェにゃんちゃっ亭に単身乗り込むシュンサク。


 店の入口は猫の脱出防止用で、扉が二重に設置されていた。

 シュンサクは二枚の扉を通り抜けると入店の受付をする。


「いらっしゃいませ。にゃんちゃっ亭へようこそ」


 受付のカウンターから出迎えてくれたのが、ホストのような格好の若くて顔の良い男だったので、シュンサクは些か驚いた。


「会員証はお持ちですか?」


「いえ、無いっす」


「当店のご利用は初めてですか?」


「あ、はい。初めてっすね」


「当店は会員登録制となっております。よろしければ注意事項をお読みいただいて、こちらにお客様の情報をご記入願います」


 そう言うと店員は受付カウンターの上に会員登録の用紙とボールペンを置く。

 紙には氏名、住所、連絡先等、ごく一般的な内容の記入欄と、店内の利用に関する注意事項が書かれていた。


 シュンサクは登録用紙の記入を済ませ、身分証明書として運転免許証を提示し、会員カードを受け取る。

 カードの表面には、左目に引っ掻き傷の跡があるポップな猫のキャラクターがプリントされており、裏面にはスタンプを貯めるためのマス目がプリントされていた。


「ご利用時間のご予定は?」


「えーと、じゃあ一時間で」


 勝手が分からないシュンサクは適当に滞在時間を告げる。


「承知しました。それでは上着とお荷物をお預かり致します。貴重品はお客様でお持ちください」


 シュンサクは財布とスマートフォンをジャケットの内ポケットに入れ、モッズコートを店員に手渡す。

 その後、店員に促されて手を洗い、消毒のために足の裏にアルコールスプレーを吹きかけると、猫の脱出防止用に追加で設置されている格子状の引き戸を開き、受付の奥にある部屋へと入る。


「ごゆっくりどうぞ」


「ども」


 猫のいるスペースは広さ約十畳。

 レトロ調の椅子やテーブル、ソファが置かれ、一昔前の喫茶店を彷彿とさせるレイアウトとなっていた。


 普通の喫茶店との違いは、猫のための工夫が凝らされているところである。

 部屋の角にはトイレが置かれ、窓際にはキャットタワー、天井にはキャットウォークが設置されていた。


 そして室内には猫が三十匹ほど。

 各々が好き好きに寝ていたり、歩き回っていたり、他の客と戯れたりしていた。


 客はシュンサクの他に二名。

 どちらも若い女性である。


 シュンサクは床に寝転がる猫を避け、壁際のソファに座った。

 するとすぐに一匹の子猫がシュンサクの膝の上に乗り、程良い位置取りを見つけて眠り始める。


「その子、女性より男性の膝の上が好きなんですよ」


 いつの間にか受付の男性スタッフが猫のいる室内に入って来ており、シュンサクに話しかける。


「そうなんすか。かわいいっすね」


 シュンサクは膝の上の猫を優しく撫でる。


「飲み物は何がいいですか? メニューは壁に貼ってあります」


 スタッフは壁のメニュー表を指差す。

 コーヒーや紅茶、各種ソフトドリンク等、一般的な飲み物が並ぶ。


「じゃあホットコーヒー、ブラックで」


「畏まりました」


 壁際に設置されている扉付きの棚からカップとミルを取り出し、室内のカウンターで豆を挽くところからコーヒーを作り始めるスタッフ。

 意外に本格的であることにシュンサクは感心する。


「お客さん、猫お好きなんですか?」


「えぇ、まぁ。でもやっぱり男一人で来るのはハードル高いっすね」


「男性一人のお客さんは珍しくないですよ。確かに、カップルで彼女さんに誘われて付き添いで来ました、みたいな人が大半ですけどね」


「そうなんすか。実は俺、猫カフェに来ること自体が初めてで、お店に入るのにちょっと勇気がいりました」


「そうですよねぇ。うちの店にお越しいただきまして、ありがとうございます」


 自分が怪しまれていないことを確信したシュンサクは、雑談が始まったこの機に乗じて話題を自分の本意に仕向ける。


「いえいえ、ホームページを見てとても素晴らしいお店だと思ったものですから。経営されている方の企業理念を読みました。野良猫や捨て猫の命を救いたい一心でお店を構えるなんて、なかなか出来ないことですよ。載っていた写真を見る限り、まだお若いんじゃないですか?」


「うちの代表の華川ですね」


「そうそう、華川さん。ちょっと顔が怖い系の人っぽいんですけど、イケメンでね、きっと心優しい方なんだろうなって思いました」


 スタッフは挽いたコーヒー豆をドリッパーに移し、ポットのお湯を注ぎながら笑った。


「確かに華川の顔は怖いですね。でも仰る通り、本当に優しい人です。彼に憧れて、私もここで働いています」


 華川シズヤという男は、少なくとも猫と身内には優しく、人望があるらしい。

 シュンサクはそう思った。


「なるほど。今日はいらっしゃってないんですか? 華川さん」


「華川は今日は雀荘の方に勤務してますね」


「雀荘? って、麻雀のお店ですか?」


 さも知らないフリをするシュンサク。


「えぇ、華川は猫カフェの他に雀荘の経営もしていまして。小さなお子さんからお年寄りまで、幅広い年代の人達に麻雀を教える麻雀教室を開いているんです」


「それはそれは、手広く構えていらっしゃるんですね。この後、行っちゃおうかなぁ」


「お客さん、麻雀お好きなんですか?」


「はい。大学生の頃、よく徹夜で打ってました」


「そうですか。ではサービス券をお渡ししますね」


「サービス券?」


「にゃんちゃっ亭一時間のご利用につき、一ゲーム無料になるサービス券をお渡ししています」


「マジっすか? ラッキー」


 スタッフはコーヒーを注いだカップをシュンサクの前にあるテーブルに置き、一緒に雀荘のサービス券も置いた。


「雀荘はすぐ隣のビルです。この後すぐに行けますよ」


「ありがとうございます」


「猫ちゃんが火傷しないように、お気をつけください。テーブルにも乗って来ますからね。では、ごゆっくりどうぞ」


 シズヤの居場所を知ったシュンサクは、滞在時間いっぱいに猫との触れ合いを楽しんだ。

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