04-03

 シュンサクと田村がナミの姿を暫く観察していると、ガタイの良い本庁の刑事が二人の前に立ちはだかり、視界を遮った。


「貴様、まだいたのか? ウロチョロしやがって。これはうちのヤマだ。お前ら所轄はさっさと立ち去れ」


 二人を追い出そうとする本庁の刑事。

 しかし負けじとシュンサクは一歩前に踏み出す。


「ちょっと位いいじゃないっすか。同じ警察官同士、仲良くやりましょ。ね?」


 挑発的な笑みを浮かべて抵抗するシュンサクであるが、本庁の刑事は引き下がらない。


「なるほど。噂には聞いていたが、貴様が七光りか」


「あ、もしかして俺って有名人だったりします?」


「あぁ、親の権威をひけらかして現場を荒らすクソガキだとな」


「いやぁ、存じ上げてもらえて光栄っす。そこまで俺のことを知ってるんなら、どいてもらえません?」


「断る」


「親父に言いつけますよ?」


「結構」


「そっすか」


 互いに一歩も譲らず、抜き差しならない状況。

 見兼ねた田村は、その場を丸く収める。


「行こう、シュンサク君」


 シュンサクの腕を掴んで引っ張り、敷地の正門に向かって歩き始める田村。


「ちょっ、田村さん! 俺まだ来たばっか! 何も捜査してないっすよ!」


「すみません、お邪魔しました」


 田村は抵抗するシュンサクを余所目に、本庁の刑事に軽く頭を下げてその場を立ち去る。


「田村さん! 教祖の奥さんに話くらい聞いていきましょうよ!」


「聞いてある」


「へ?」


「この現場に最初に到着した刑事は私だ。建物が鎮火する前にね。その時、既に彼女はここにいたよ」


 本店の刑事から距離を取った田村は立ち止まり、呆気にとられているシュンサクの腕を離す。


「……田村さん、ずっとここにいたんすか?」


「昨日の夜、通報があって駆け付けてからね」


「帰って寝た方がいいっすよ」


「君に情報を共有してからにするよ。引き継ぎだ」


 田村は意味深な笑みを浮かべ、それを見たシュンサクは満面の笑みを浮かべる。


「後は俺に任せてください」


 ジャケットからメモとペンを取り出すシュンサク。

 田村は周囲に人がいないことを確認すると、会話を再開する。


「火災が起きたのは昨晩の十時半頃。出火元は記念会館大ホールの出演者控室周辺と思われる」


「あの真っ黒焦げの崩れ落ちた辺りですね?」


 シュンサクは建物の左寄りを指差す。

 その周辺は、特に建物の崩壊が顕著な部分であった。


「そう。あそこには控室が何部屋かあって、その辺りが出火元と見られている。出火原因は不明。ただし、放火と見て間違いないだろう。何せ黒焦げの死体が見つかっているからね」


「教祖の死体、って話らしいですね」


「状況証拠から、そう考えるのが妥当だろう。教祖の妻である藤原ナミから、夫であり教祖である藤原ナユタが一人で控室にいたらしいとの証言は取れている」


「監視カメラとかは無いんですか?」


「無い。今どきにしては珍しくね。宗教上の理由だそうだ」


「ちょっと意味分かんないですね」


「監視カメラは人を疑うことと同義であり、人を信じる道から外れることになる。ということらしい」


「うわ、それっぽい」


「そして教祖の他にもう一人被害者がいる。死んではいないが、女性が全身に大火傷を負っている」


「ほほぉ。誰っすか?」


「桜田チヨコという信者だ。昨日の晩に集会があって、そこに参加していたそうだ」


「その信者が犯人の可能性は?」


「無くは無い。手にナイフを持っていたらしいし、教祖が殺されてから火を放たれたという線もある。ちなみに今は病院に搬送されて治療を受けている最中だ。このまま死なずに意識が回復したら、本庁の連中に聞き取りをされるだろうね」


「何だ、じゃあ事件解決じゃないっすか。悪い噂しか聞かない宗教ですからね、教祖に恨みを持っていた信者の犯行で決まりっすよ」


 出鼻を挫かれたシュンサクは肩を落とす。


「それが、そうとも限らないんだ」


「と言いますと?」


「藤原ナミからの証言に、気になる点がもう一つある。息子の藤原ルイが行方不明らしい」


「息子? 単にメッセージの未読無視なだけ、とかじゃなくてですか?」


「証言によれば藤原ナユタとルイは、同時刻帯にナミと別行動を取っていたんだそうだ。何かきな臭いとは思わないか?」


「でもまさか子供が親を殺すなんて、そんなことが……」


「ルイは次の教祖になる予定の、言わば後継者だったそうだ。これ、どこかの誰かに境遇が似ているとは思わないかい?」


 田村はシュンサクをまじまじと見つめる。


「いや! いやいやいや! 確かに俺は親父が嫌いですし、警察官僚になれと言われてますけど、流石に殺そうとまでは思ったことありませんよ!」


 両手を振り、必死に否定をするシュンサク。


「シュンサク君はそうかもな。しかし世の中には親から不当な扱いを受けて、その恨みから殺してしまうという子供もいる。現に今、藤原ルイは不自然なタイミングで消息を絶っている訳だし、あり得ない話ではないよ」


「……そうっすね」


 神妙な面持ちで、シュンサクは口を噤む。


「もしも独自に捜査をするなら、本庁に抑えられている藤原ナミや桜田チヨコ以外の人間を当たる他ない。となると、残っている選択肢は昨晩ここにいた信者か、藤原ルイになるね」


「なるほど。じゃあもしかして、あすなろ署のみんなは……」


「昨日ここにいた信者を訪ねているよ。恐らく何も知らない、何の関わりも無いであろう信者の家を一軒一軒回って歩いているのさ。本庁の小間使いとしてね」


 田村は正門の受付にある出入管理簿のコピーをシュンサクに手渡す。

 用紙には昨晩、記念会館に出入りした人間の名前と、入退館の受付をした日時が記されていた。


「ちなみに誰か藤原ルイを探してたりします?」


「無論、本庁の連中は行方を追っている。ただ、うちの署は誰も探していないよ。きっとシュンサク君が捜査したがるだろうから、ってね」


「……みんな、俺の性格を良く分かってますね」


 シュンサクは田村と目を見合わせると、恥ずかしそうに笑い、鼻の下を指で擦った。

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