04-02
「オフィス空っぽですけど何かあったんすか?」
シュンサクは率直に疑問を呈する。
「火事ですよ、火事。昨晩、大きな火事がありましてね」
手を拭き終えた水谷はハンカチを丁寧に折り畳んでポケットにしまう。
「うちが出払ってるってことは放火ですかね?」
「シュンサク君はテレビでニュースとか観ないんですか?」
「すんません、俺テレビ持ってないんすよ。国営放送の受信料を払いたくないもんですからね。テレビなんてね、どの局も差別や偏向報道、プロパガンダのオンパレードです。観ない方がいいっすよ」
シュンサクは後頭部を掻きながら明るく笑う。
「では、スマホでニュースサイトは見ますか?」
「俺、移動中にスマホいじらないんで。歩きスマホとかに対して世間の目が厳しいじゃないっすか。特に最近は公務員に対する風当たりが強くて、バンバン苦情が入るらしいっすよ。肩身狭いっすよねぇ、公務員」
「……そうですか」
笑顔のシュンサクに対し、水谷は呆れ顔である。
「で、火事の現場どこっすか?」
「イルミンスール記念会館ですよ」
「あぁ、何だか胡散臭い宗教の建物っすよね。街外れの小高い山の上にある。悪い噂しか聞かないし、事件の匂いがプンプンしますね」
「えぇ、そうです。ちなみに死者も出ていますよ」
「マジっすか?」
「マジです。死体は焼損が激しいので司法解剖には時間が掛かるようなんですが、どうやらイルミンスールの教祖である可能性が非常に高いそうです」
「うっわ、それヤバいじゃないっすか。大事件ですよ」
「今の情報はくれぐれも内密にお願いしますよ。うっかり口を滑らせて、聞屋なんかに情報を漏らさないように」
聞き馴染みの無い単語を聞き、シュンサクの上にハテナを浮かべた。
「すんません、ブンヤって何すか?」
「新聞屋の略称です。新聞記者のことですね」
「あぁ、なるほど。理解しました。了解しました。じゃ、ちょっと現場に行って来ます」
「今からですか?」
「本庁の連中も来てますよね? 放火殺人の可能性あるんですから。また、あいつらの鼻を明かしてやりますよ」
「反骨精神も程々にするんですよ」
「任せてください」
背筋を伸ばして規律正しく敬礼をし、足早にその場を後にするシュンサク。
水谷はオフィスに入ると、紅茶を用意して自分のデスクに座る。
暫くすると部屋の扉が開き、一人の男が入室して来る。
それは渡部ケンジであった。
「彼が、ここで一番優秀な刑事ですか?」
水谷は優雅に紅茶を飲み、ケンジの問いに答える。
「えぇ、やる気も正義感もたっぷり。出自も経歴も仕事の成果も立派なものですよ」
「調べたところによると国内最高学府の法学部卒で、父親は本庁の次長。国家公務員の試験にも一発で合格。これで何故キャリアを目指さずに、延々と所轄の刑事を続けているのかは理解しかねますが」
「子供の頃に観た刑事ドラマの主人公に憧れているんだそうです」
「変わり者ですね」
「私からすれば公安の方々も十分に変わり者ですが」
「なるほど、確かに。一理あります」
ケンジと水谷は目を見合わせ、小さく笑う。
「では、あなたの情報を信じて彼をマークさせてもらいますので」
「お好きにどうぞ」
「これにて失礼」
扉を閉め、部屋を後にするケンジ。
水谷はカップをゆっくりと口に運び、改めて紅茶を味わう。
盛大に焼け落ちたイルミンスール記念会館。
骨組みこそ残ってはいるものの、建物全体の三分の一ほどは黒焦げになっていた。
門の前に群がる報道と野次馬を掻き分け、規制線を潜り、シュンサクは敷地の中へと入る。
広い庭を歩き、建物の周囲をうろつく刑事の中からあすなろ署の先輩である田村を見つけると、駆け寄って声を掛ける。
「おはようございます!」
「おや、織田君。今日も重役出勤だね」
「別に遅刻してないっすよ。ちゃんと定時出勤です」
警察官僚の息子であるシュンサクは、あすなろ署では丁重に扱われ、可愛がられていた。
「はは、只の嫌味だよ。で、何しに来たの?」
「何って、捜査ですよ。捜査」
「ここを仕切っているのは本庁の連中だ。うちみたいな所轄の人間は出番が無いから、聞き込みで街に行かされたよ」
「ってことは俺の出番っすよね」
「また七光りパワーを振りかざすのかい? 君も物好きだねぇ」
「刑事ってのはね、正義の味方なんすよ。本庁の奴らみたいなね、自己保身や出世争いで必死になってる連中なんか刑事じゃないんです。だから本物の刑事がどんなもんかってのをね、見せつけてやるんですよ」
シュンサクは息を巻き、握り拳を胸に当てる。
「で、出番の無い田村さんはここで何やってるんすか?」
「ざまぁみろ、と思っている」
「はい?」
「イルミンスールはね、私の信仰している宗教と折り合いが悪いんだ。昔からね。だから、ざまぁみろ、という思いを噛み締めているんだよ。しみじみとね」
田村は両手を広げ、天を仰ぎ、深く息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。
その表情は心底幸せそうなものであった。
「……あぁ、そっすか」
対し、シュンサクは呆れ顔である。
「見てご覧よ。あそこにいるババァの、あの顔を」
田村は記念会館の正面玄関を指差す。
シュンサクは田村の指し示す先を見ると、本庁の刑事と話をする女性がいた。
「ババァって……。あれ、誰なんすか?」
「イルミンスールの教祖の妻、藤原ナミだよ。焦り、疲れた顔をしているだろう? 胸がすく思いとは、まさにこのことだ」
よく目を凝らしてナミを見るシュンサク。
言われてみれば確かに、憔悴した顔をしていることに気が付く。
「流石、ねちっこいことでお馴染みの田村さん。目ざといっすね」
田村はシュンサクの言う通りねちっこく、仕事においてもなかなかに目ざとい男であった。
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