ケース7

 その少女は孤独な少女でした。

 その少女は捨てられた少女でした。

「この子をお願いします」

 と、女性の字で書かれた手紙と共に、ある施設へ捨てられていた少女でした。

 そして、少女は拾われました。


 職員も、同じような境遇の子供達も、

 少女の事を家族だと思い、尊重し、助け合いながら暮らしていました。

 ただ、少女はそう思っていませんでした。

『捨てられた』

 その記憶と現実だけが、少女の中で炎となって燃えていました。

 憎悪という炎となって。

 その炎は。

 少女の中で時間という薪をくべられ、どんどん大きくなっていきました。

 どこにも向けられる事のない。

 今にも爆発しそうな。

 身体の中から渦巻く炎怒。

 そのままいれば。

 彼女の心と躰を壊してしまうほどの。


 そんな時、少女は魔女の噂を聞きました。

 少女は。

 すぐさまそれを試しました。


 そして。

 魔女は現れました。

 星光のように気高く。

 月光のように恐ろしく。

 極光のように瞬く。

 そんな魔女が現れました。

 まるで最初からそこにいたように。

 佇んで、ただ澄んでいました。

 少女に魔女は言います。

「……魔女になるためには条件が一つだけある」

「アナタを愛してる人を捧げる事」

 少女は即答しました。

「捧げる」

 少女は。

 少女は知りたかったのです。

 自分が愛されていない存在だと。・・・・・・・・・・・・・・・

 孤独だと知りたかったのです。

 そうすれば。

 期待せずにすむから。

 もしかしたら。

 自分を捨てた親が、

 今でも自分を愛していると。

 いつか迎えに来ると。

 そんな淡く切ない孤独な願いを。

 夢見なくていいと。

 そう思えるから。

 希望を持たなくていいと決心がつく

 絶望しかないと覚悟がつく。

 だから。

「捧げる」

 少女はもう一度答えました。

「……わかった」

 魔女は、

「――――る」

 指を軽く振りました。

「っ……つ」

 少女は右手に走った痛みに、顔をしかめました。

 そこにはさっきまではなかった尾を噛む蛇の紋様がありました。

「こ、これって……」

 それは魔女の証。

「……私、本当に」

 それは希望の証。

「私……っ」

 それは。

「――――私――」

 愛されているという証拠。

「――おかあさ――――」

 身体の奥から湧き上がる感情。

 瞬間、少女は。

「――――ぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

 絶望しました。

 自分を愛してくれている人がいる、

 その事を喜んだ自分に絶望しました。・・・・・・・・・・・・・・・・・

 実際に捧げられた人が誰かは関係なく。

 少女が魔女になった時。

 愛してくれてる人を捧げた時。

 顔すら覚えてない母親を思い浮かべた自分に絶望しました。

 どれだけ憎もうと。

 どれだけ拒もうと。

 どれだけ偽ろうと。

 自分は母親から愛されているんだと。

 考える自分が悔しかった。

 その腕に抱かれたい。

 その胸で眠りたい。

 その顔を見つめたい。

 求める自分が惨めだった。

「…………あ」

 そして、気づきました。

 絶望の中、

 少女が顔を上げると。

 魔女は消えていました。

 まるで最初からいなかったかのように。

「……………………」

 少女は当然知りません。

 今までの話を知っていたら疑問に思いません。

 それは普通の光景。

 少女を魔女にした後に。

 少女が魔女になった後に見られる、普通の光景。

 少女を魔女にした後、魔女は何も言わずに消えていきます。

 これまでも。

 これからも。

 変わらない光景。

 当然、少女はそんな事は知りません。

 だけど気づきました。

 魔女が消えた、本当の理由に。

 脳の奥の奥にある記憶。

 母親の中にいた時の記憶。

 かけられた声。

 包まれる体温。

 肌越しに撫でられる手の形。

 少女は気づきました。

 魔女の力を使わなくても。

 熱でわかりました。

 涙でわかりました。

 心でわかりました。

 理解しました。

 魔女が消えた理由に。

「あ――――」


 ――魔女になるためには条件が一つだけある――

  ――アナタを愛してる人を捧げる事――


 少女の前に現れた魔女が、

 少女の前から消えた魔女が。

 自分を愛してる人。

 そして、それは、それが。

「――あ―――――」

 自分の母親だと言う事に、

 気付きました。

「―――――――あ――」


 十数の年の前。

 一人の少女がいました。

 少女は同級生からいじめられていました。

 それは酷く、醜く、汚く、陰鬱なものでした。

 その果て。

 身体を利益のために使われました。

 そして彼女は願いました。

 復讐のために魔女に願いました。

 救済のために魔女に願いました。

 代償として家族が捧げられました。

 そして彼女は魔女になりました。

 残ったのは自分一人。

 そして。

 使われた結果、宿った命。

 彼女/魔女はその命を尊く思い。

 十の月をかけて愛を注いで育て。

 痛みの先に出会い。

 我が子には人の世界で生きる事を望み、預けました。


「――――――――――――――――」

 少女は、

 今度は、

 心の底から、

 愛と哀を込めて、

「……お、かあ……さん…………!」

 叫びました。

 その声は。

 空を縫うように、

 黒い夜の中に溶けていきました。

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