ケース3

 その少女は愚かな少女でした。

 想像力が足りない少女でした。

 思考力が抜けている少女でした。

 判断力が欠けている少女でした。

 その少女は。

 足りない想像力と、抜けている思考力と、欠けている判断力で、

 揺れて、浮わつき、傾く、愚かな少女でした。


 そんな時、魔女の噂を聞きました。

 少女はよく想像せず、思考せず、判断しました。

 試しにやってみようと。


 そして。

 魔女は現れました。

 歌のように尊く。

 夢のように儚く。

 秋のように染み渡る。

 そんな魔女が現れました。

 まるで最初からそこにいたように。

 佇んで、ただ澄んでいました。

 驚く少女に魔女は言います。

「魔女になるためには条件が一つだけある」

「アナタを愛してる人を捧げる事」

「はい、捧げます」

 少女は想像せず、思考せず、判断して答えました。

「わかった」

 魔女はそれだけ言って、指を軽く振りました。

「っ……つ」

 少女は右手に走った痛みに、顔をしかめました。

 そこには、さっきまではなかった、

 尾を噛む蛇の紋様がありました。

「これで契約は成立」

「アナタは今この瞬間から魔女になった」

「これからどうするかはアナタの自由」

 それだけ言って、魔女は消えました。

 まるで最初からいなかったかのように。

 少女はそれから、あくびを一つだけして、眠りました。


 朝、起きると家族が慌てています。

 少女の父親が夜の間にいなくなっていたからです。

 もちろんそれは契約のせいであり、

 少女は家族に説明しました。

 噂の事。

 魔女の事。

 儀式の事。

 自分がそれを行った事。

 自分が魔女になった事。

 おそらく、その影響で父親が消えた事。

 全て説明しました。

 その話をしていいのか少しだけ迷いましたが、

 聞いたルールの中に、

『魔女の話をしてはならない』

 と、なかったので説明しました。

 話を聞いた家族は少女を責め立てました。

 ――そんな冗談を言ってる場合ではない――

 ――何故そんな事を言うのか――

 ――失踪した理由を知っているのではないか――

 ――まさか変な関係ではないだろう――

 少女は。

 自分の話を聞いてくれない家族を面倒に思ったので。

 ――いなくなってくれないかな。

 軽い気持ちで願いました。

 すると。

「――――――」

 願い通り、家族は像も影も形もなくなりました。

「………………」

 その光景を見て、自分がした事への重大さに気づき、

 自分がした事への罪悪感も覚えましたが。

「やっちゃったのはしょうがないよね」

 その一言で済ませ。

 それなら、と。

 消してしまった家族のために。

 消してしまった家族の分も。

 精一杯幸せにならなければ。

 せっかく魔女になったのなら。

 魔女の力を存分に使わなければ。

 そう思いました。

 魔女である自分は。

 誰よりも幸せになれる。

 誰よりも幸せになる。

 そう考えました。

 それから少女は。

 魔女の力を使い。

 嫌な事は全て他者に押しつけ。

 楽な事は全て自分に呼び込み。

 失敗を手放し。

 成功を入手し。

 成功して、成功して、成功して、成功して。

 成功して成功して成功して成功して。

 それはそれは。

 とてもとても。

 幸せに幸せに暮らしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る