ケース4

 その少女は普通の少女でした。

 朝、同じ時間に鳴るスマホのアラームを消して、

 けれど布団から出る事なく。

 母親に起こされてしぶしぶ起き、

 寝惚け眼で朝ご飯を食べ、

 その様子を兄がからかい、父に笑われるような。

 そんな少女でした。

 電車で通学をし、

 学校ではクラスメイトとテレビの話をし、

 恋愛とファッションの話で盛り上がる。

 得意な授業はほどほどに聞いて。

 苦手な授業はほどほどに聞き流して。

 その後の部活も無理しない程度に頑張る。

 放課後は買い食いの誘惑と戦いながら家に帰り、

 母親と兄と夕ご飯を食べ、

 お風呂に入って父親の帰りを待ち、

 挨拶をしてから部屋に戻り、

 スマホでお気に入りの動画を見ながらストレッチをして。

 少しだけ明日の予習をし。

 日付が変わる直前にベッドに入るような。

 そんな少女でした。


 そんな時、魔女の噂を聞きました。

 普通な少女は、普通であるからこそ、

 面白半分に試してみました。


 そして。

 魔女は現れました。

 火のように暖かく。

 風のように柔らかく。

 雷のように激しい。

 そんな魔女が現れました。

 まるで最初からそこにいたように。

 佇んで、ただ澄んでいました。

 驚く少女に魔女は言います。

「魔女になるためには条件が一つだけある」

「アナタを愛してる人を捧げる事」

 少女は悩み、考えました。

 自分を愛する人は誰だろう。

 家族は大事に想ってくれてると思う。

 ただ、『愛する』とはまた意味が違うだろう。

 それならクラスメイトだろうか。

 小学校から一緒のあの人か。

 一緒の部活のあの人か。

 よく話すあの人か。

 自分を見ている気がするあの人か。

 もしくは同じ駅で降りるあの人だったり。

 少女は悩み、考え――る事もなく。

「私は魔女にはなりません」

 そう答えました。

 元々、面白半分で試してみただけ。

 お小遣いがもう少し欲しいとか。

 微妙な癖毛を修正したいとか。

 身体の一部を増やして一部を減らしたいとか。

 そういう望みはあるけど、

 魔女になってまで。

 大事な人を失ってまで叶えたいとは思わなかったからです。

「……アナタはその方がいい」

 それだけ言って、魔女は消えました。

 まるで最初からいなかったかのように。


 少女はその後、ベッドに入って眠りました。

 それから。

 朝、同じ時間に鳴るスマホのアラームを消して、

 けれど布団から出る事なく。

 母親に起こされてしぶしぶ起き、

 寝惚け眼で朝ご飯を食べ、

 その様子を兄がからかい、父に笑われました。

 登校途中、いつも同じ駅で降りるあの人を見かけ、

 学校では、あの人からの視線を感じ、

 よく話すあの人とテレビを話をして、

 廊下で、小学校から一緒のあの人と軽く挨拶をし、

 部活ではあの人の後ろ姿を見つめました。

 放課後は買い食いの誘惑と戦いながら家に帰り、

 母親と兄と夕ご飯を食べ、

 お風呂に入って父親の帰りを待ち、

 挨拶をしてから部屋に戻り、

 スマホでお気に入りの動画を見ながらストレッチをして。

 少しだけ明日の予習をし。

 日付が変わる直前にベッドに入ってから。

「あの時、頷いていたらどうなっていたんだろう」

 そんな事を考えながら、眠りにつきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る