第24話 学園祭
10月末から、学園祭が始まった。校舎内外は色とりどりにかざられ、朝から模擬店や展示会でにぎわっていた。俺たちのクラスも、メイド執事喫茶として、カフェやケーキの提供にいそがしい。
◇◇◇◇◇◇
「わりと似合ってるわね、その執事服」
綺麗に飾られた丸テーブルが並んでいる教室内。給仕のメイドや執事があわただしく動き回る中、その合間をぬって紫乃が話しかけてきた。
「私がメイド服似合うのは当然として、光也が執事服似合うのは……うん。実は思ってた通りだった」
にっこりと、俺を見てうんうんと嬉しそうにうなずく紫乃さん。俺の晴れ姿が誇らしいという表情で、目を細めている。
「本当に似合っているのか? クラスで執事をやる奴が足りないから仕方なくなんだが、すげー自信ない」
と、紫乃がポンッと俺の肩を叩いた。
「もっと自信を持って胸張って。光也は、この学園アイドルの私と秘密を共有する仲でしょ。似合っているのは私が保証するから、誇りなさい」
「そういうものか……?」
「ほら。お客さんが呼んでるわ。行きなさい」
背中を押されて、俺は紫乃と別れてテーブルに向かった。
思うに、契約関係を結んでから、学園祭だけでなく普段の教室内でも紫乃と会話をする機会が増えたと思う。紫乃と話し込んでいて、知らず知らずのうちに周囲から注目を集めていたことも、たびたびある。今の会話も、同僚のクラスメイト――執事やメイドたちに、ちらちらと目線を向けられていた。
それからテーブルでオーダーをとったのちに、再び紫乃に目を向けた。
シックな黒のゴシックドレスに、対照的な白のフリルエプロン。それが紫乃の黒髪、白い肌を引き立てていて、喫茶内でも別格の美少女に飾り上げていた。
メイドというより王女様というのが正確だろうか。優雅で気品あふれ、猫を被っているから人当たりも柔らかだ。こんな美しい女性と会話できるなら、一杯500円のコーヒー(インスタント)も安いものなのだろう。
対して俺。自分の手足に目をやる。執事服を着ているというより着られている印象が強い。モブだから悪目立ちはしていないが、同じような執事服を着たクラスメイトの中に埋もれて、量産品以外の何物でもない。
俺はふぅとため息を吐いて。
「すいません。少し休憩します」
そう告げて、教室から廊下へ出たのだった。
◇◇◇◇◇◇
それからトイレで顔を洗い戻ってきて、教室の扉を開けようとしたときに、中からクラスメイトたちの会話が聞こえてきた。
「高野って、最近よく橘さんと話してるよな?」
「そうね。距離、近いよね?」
「勘違いしてるんじゃね? 橘さんだからああいうモブにも優しいけど、ホントは相手にされてねーって誰か教えてやれよ」
「紫乃、すげー迷惑してそう。マジかわいそうだからモブに言ってやったら?」
「でもさ。言ったらモブ、暴発しない? ああいうモブって切れると怖いじゃん?」
「問題ねーって。俺がモブぶちのめしてやるから」
あははっと、男女たちの笑い声が聞こえてきて、俺は固まって動けなくなった。
今まで俺は、紫乃との関係に特別な疑問を抱いたことはなかった。だが、それは紫乃が俺を対等な相手として扱ってくれていたからで、周りから見るとこんなものか……と、乾いた笑いしか出てこなかった。
心の奥底に押し込めていた、モブとしての泥まみれの過去が、否が応でも思い出された。紫乃は俺に好意を示してくれているが、実際俺たちはどうなんだろうと、今までの紫乃との積み重ねが崩れるような感覚に包まれて、足元がふらついた。
――と。ポケットのスマホがブルルっと震えた。出して画面を見ると、紫乃からのラインが来てて、胸アップのエロ画像と一緒に、「生徒会室で待ってる♡」という一文が添えられていた。
俺は回れ右をする。生徒会室に向かって踏み出そうとしたんだが、しばらく足が固まって、その場を動けなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます