第219話 合理性の追求
自分でやらない明史からすると、プロ野球は興業であり、つまりはプロレスなのだ。
高校野球でさえも、ある程度はそういうところがある。
勝敗は確かに、監督や選手にとっては重要。
しかし見ている側とすると、どれだけ面白い試合になるか、ということが最大の注目点なのだ。
そういう意味ではこの日本シリーズ、カードが決まった時点で、興業的には成功していた。
親子対決など、日本シリーズではもう見られないのではないか。
大介が来年も現役を続けても、タイタンズは強くなっているし、直史も一応現役継続の予定なのだ。
関東のジャガースと、関西のライガース。
これだけでも対決軸が分かる。
「純粋に勝利だけを考えたら、いくらでも勝つ方法はあるよね?」
明史は言うが、それはそうだがそうではないのだ。
プロなのである。
もちろん強く、勝たなければプロではない。
だが勝つためには何をしてもいい、というわけでもないのだ。
もっとも大介への敬遠連発は、メジャーの時代に散々に言われた。
NPBよりもはるかに多い敬遠で、それでも結果を残す。
だがNPBに復帰すると、若かったことに比べて、かなり敬遠が増えてきた。
単純に勝つだけならば、大介を敬遠すればいい。
明史はどうしても、年の近い昇馬の味方によって、そう考えてしまう。
団体競技なのだから、チームの勝利だけを考えればいいはず。
だがそれをやって、観客からブーイングを受けていたのが、昔のプロ野球のシーズン終盤戦。
タイトル争いをしていると、特にスラッガーは敬遠を受けまくったものだ。
特に外国人選手には、遠慮なく敬遠をされていた。
申告敬遠がないという、はるか昔の時代である。
明史は野球の研究した。
頼まれてやったことで、なかなか面白かったのは確かだ。
データ分析の結論として、大介はランナーがいる場合、全て敬遠すべきという答えが出てくる。
同点の状況や、一点差で勝っている時は、ノーアウトでも敬遠すべきなのだ。
今年の大介のヒットは182本。
そのうちの50本が、ホームランであったのだから。
直史はそのあたり、最悪でも一点、という状況を作って勝負する。
だが昔はそれで、手痛い一発を食らったものだ。
ワールドシリーズの最終戦で、逆転サヨナラホームラン。
ワールドチャンピオンが、最も劇的に決まった、と呼ばれる年であった。
「プロはファンがいてこそのプロだからなあ」
なんだかんだプロレスは、格闘技の中でも息が長い。
そのあたりやはり、楽しませるということを、第一に置いているからであろう。
ただ落合博満も、勝つことこそが最大のファンサービス、などと言ったりしている。
実は直史もこれは言いたいのだが、なかなか一人のピッチャーとしては、言えない言葉であるのだ。
また大介以外にも打たれたことはあるが、大介以外で敬遠を考えたのは、せいぜいが一時期のブリアンぐらいであった。
それでもソロなら構わない、という場面を作ればそれで勝てる。
「本当のパフォーマンスだけを見るなら、陸上競技とかでいいしな」
馬鹿にするわけではなく、むしろあちらの方が公正だ。
陸上競技と競馬の違いというものがある。
明らかに競馬などは、枠などでのハンデはある。
しかしそんなハンデがあった上で、どうやって戦っていくのか。
そのあたり競馬のジョッキーは、相当に考えているのでは、と思う直史である。
大介は昔馬主をやっていた時代、少しジョッキーと話したことなどもあったらしいが。
計算能力だけなら、直史よりも明史の方が速くて正確だ。
年齢的なこともあるが、脳の構造がそうなっているのだろう。
しかし野球は計算だけではなく、駆け引きが重要なスポーツだ。
そこで直史は相手の心を読むので、悪魔と呼ばれたりする。
実際はデータを使って、あえてデータに反したことなどをする。
バッターの反応などから、それを読み取る能力に優れているのだ。
試合は進んでいくが、明らかなロースコアの展開。
日本シリーズはここまで、比較的ロースコアな試合は、ジャガースが勝ってきている。
つまりこれは、ジャガースが勝つ流れと言えるだろう。
いよいよ一つの時代が終わるのか。
ただロースコアであっても、点差が全くないという状態。
さらに言えば大介の、一発がライガースにはあるのだ。
昇馬は大介を抑えられていない。
実際に失点は、大介のヒットからのものであった。
しかしライガースも上手く、三番打者に進塁打を打たせたものだ。
大介に足があるため、そのあたりがハマったとは言える。
外野フライにしても、あそこは捕らなくても良かったのではないか。
少なくとも自分なら、捕るなと声をかけていた直史である。
大舘がヒットを打つ確率より、凡退の確率の方が高いだろう。
だがタッチアップはかなり、計算だけで成立するプレイだ。
ファールゾーンから投げるとなると、走者と重なることもある。
タッチまでのわずかな時間が、かかってしまうのは確かなのだ。
点数だけを見れば、振り出しに戻ったことになる。
ライガースはなんとか、つないで取った一点だ。
ジャガースの場合はヒット二本で、分かりやすい点の取り方をしている。
またピッチャーの性能でも、ジャガースの方が上。
ライガースは総力戦で、まだ昇馬一人に及ばないが、それは仕方のないことだ。
直史も昇馬も、試合の予想はしている。
明史の場合は戦力評価であり、予想ではないと言いたいところだが。
いまだにジャガース有利ではあるが、大介の四打席目が確定した。
昇馬は右で投げると、大介以外からも少しは打たれる。
もっとも左で投げても、だいたいはヒットを打たれるのが、昇馬のクオリティであったが。
ノーヒットノーランは達成している。
だがパーフェクトには至っていない。
高校野球レベルであれば、数度のパーフェクトを甲子園で達成。
この点を言うのならば、直史よりも上なのだが。
高校時代の直史は、あくまでも参考パーフェクト。
むしろそちらの方が凄い、とは言われる。
ここまでは双方のチームが、中心打者だけで点を取っている。
昇馬はともかく友永の方は、念入りに調整してきたのだろう。
その友永が降板して、ここからピッチャーは変わる。
だが交代のタイミングが良かった。
昇馬の打順が終わったところで、ここから下位打線になるのだ。
ジャガースは本当に有利なのだ。
セのホームで戦う場合、パのチームはDHを使えない。
だから本当なら、普段から打席の回ってくる、セのチームの方が有利。
しかし昇馬に限っては、ピッチャーでいながらどのバッターよりも強い。
こういった展開になると、ライガースはチャンスが出来たなら、ピッチャーのところで代打も出すだろう。
もっともここまで、そんなチャンスは来なかったわけだが。
昇馬のスタミナが切れないならば、ジャガースの方が有利である。
そして昇馬の場合、スタミナが切れる前に、もう一つの手を打ってくる。
つまり左へのスイッチ。
サウスポーから投げ込んでくるというものだ。
右はやや軟投派よりの、クセ球を使う昇馬。
だが左になると、コントロールのいい本格派になる。
それでいてしっかりと、三振も取れていくのだ。
六回が終わった時点で、球数はまだ90球。
しかしここから、左に変えてしまえばいい。
右バッター相手ならば、右のままでもいいかもしれないが。
基本的に昇馬もまた、左の方が打たれていることは少ない。
右で投げた時は、被打率が上がっているのは間違いないのだ。
その昇馬の思考を、直史も明史も知らない。
ただ昇馬は高校時代も見れば分かるが、リリーフも出来るピッチャーだ。
この試合は最終戦だけに、全力を出してくる。
また球数についても、注意はしていたのだ。
昇馬は右で投げても、完投できる力を持っている。
だが左で投げている方が、精神的な負荷も軽い。
ここから左にスイッチして投げて、メンタルへの負荷を軽減させる。
そして全力で投げていって、大介の四打席目を封じる。
そういったパターンは、二人とも考えていなかった。
一応は途中から、左で投げること自体は考えていたが。
右で先発し左でリリーフをする。
決戦ならばそれは、充分に有効のはず。
だが直史も明史も、こと大介に限って言えば、右で投げた方がホームランは打たれにくい。
交流戦とここまでの試合だけで、その結論に至ることは、昇馬もジャガースも難しいだろう。
ただ大介だけは、それに気づいているかもしれないが。
ジャガースはいくつも失策を犯している。
昇馬の運用方法が、ほぼ全て失敗と言ってもいいだろうか。
短期決戦でピッチャーとして、四試合に投げる。
そのために休ませた試合があったが、そこでも打たせるべきであった。
ならば負けた試合の中で、昇馬の打力で逆転していた試合もあったろう。
またこの試合においても、やはり失敗している。
昇馬の走力よりも、打力を重視。
そのため二番ではなく、四番に置いている。
しかしこれではレギュラーシーズン、アルトとの連携で取っていた点が、取れないこととなる。
間に二人もバッターがいるからだ。
結局は昇馬の能力を、過小評価したということなのか。
もしもリードした試合があれば、昇馬をリリーフとして使うことが出来た。
なんだかんだ日本シリーズは、途中で移動の日がある。
そこで休むことが出来るというのを、もっと考えるべきだ。
もちろんプロ入り一年目の昇馬を、完全に把握できていないのは分かる。
鬼塚などに色々と話を聞くとしても、鬼塚は元千葉の選手。
教え子の弱点は教えないだろうし、千葉が不利になることも言わない。
そのあたりを考えたのが、ジャガースなのであろうか。
後から考えれば、ということはいくらでもある。
まだ一年目なのだから、という言い訳もある。
そもそも最終的に、試合に勝てばいいのだ。
ただここまでの三勝、全て昇馬が投げた試合。
この試合の得点も、昇馬が打って取ったものである。
他の誰が監督をやっても、問題はないのではないか。
もしも今年も成績が悪ければ、河原は監督辞任となっていたかもしれない。
ただジャガースは去年最下位だったが、それは故障者がいたことも多い。
若手ピッチャーは力を入れすぎて、故障してしまうことがある。
また打線は比較的ベテランで、普通に故障持ちがいる。
今年は昇馬とアルトのおかげで、かなりのポジションが埋まったのだ。
そして日本シリーズまでやってきた。
昇馬の40勝がなければ、果たしてどうだったろうか。
また昇馬の40本がなければ、果たしてどうだったろうか。
そんな昇馬であっても、大介を抑えることが出来ていない。
ただそれは力の使い方が、まだ下手だからだと、直史ならば言えるのだ。
七回の裏、ライガースは三番からの、クリーンナップで始まる。
そこを相手に、昇馬は左で投げ始めた。
ブルペンで肩を作る、ということは出来ない。
だから投球練習と、あとは実戦で投げることで、調整をしていくのだ。
「これは……」
「まずいんじゃない?」
明史がそう言うのは、昇馬の判断の方である。
ジャガースのベンチも、当然ながら許可したはずだ。
こうやって調整していって、最終的には大介に投げるのか。
おそらく肩を作るために、ここから投げていっている。
昇馬は全力を出さなくても、普通に160km/hは出せるのだ。
実戦の試合の中で、調整をしていく。
そして最終回、大介の四打席目までに、万全の状態にするのだ。
確かにこれで、左で全力で、大介と戦うことが出来る。
しかし左で投げた方が、ホームランになりやすいというのが現実としてある。
もっとも試行数が少なすぎる、という反論はあるだろうが。
ただ右でずっと投げていたのに、最後だけが左で投げる。
これに対抗するには、果たしてどうすればいいのか。
普通ならば、ピッチャーが交代したようなものである。
それも常時165km/hオーバーを投げるような、パワーピッチャーが相手である。
常識的に考えて、これを打てるものだろうか。
普通ならばこれで、さらに打てなくなると考える。
左の方が大介は打ちやすい、というのはまだ仮説。
レギュラーシーズンの交流戦と、日本シリーズの二試合だけであるのだ。
また右で投げた場合も、強い打球がフェンスまでは届いている。
単純に偶然と考える方が、まだしも当たり前である。
まずは三者凡退で、七回の裏が終わった。
ストレートではなくスライダー主体で、三振を二つ奪ったものである。
これで残りは2イニング。
どちらも得点が入りそうな場面は、一度ずつしか回ってこないのではないか。
「分からなくなってきたな」
「計算の上では、やっぱりジャガースが有利なんだけどね」
親子は冷静に語り合っているが、テレビの中の球場は、完全な熱狂状態にあった。
間もなく、今年の日本一が決まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます