病院

 これは病院でアルバイトをしていた時の話です。

 私は内科、小児科、整形外科と色々な診療科のある大きな総合病院の看護助手として勤めていました。


 あまり一般的に知られていないと思うので、簡単に看護助手の説明もします。

 看護師は注射などの医療を行うのですが、看護助手は患者さんの入浴や移動の介助、お掃除といった看護師さんのお手伝いをするお仕事です。


 そんなお仕事の中に、夜の見回りもあったのです。

 その日、夜勤だった私は、担当をしていた6階の薄暗い廊下を、懐中電灯を持って歩いていました。


 構造は中央にエレベーター、そこを挟んで南に外科の病室が左右に5部屋ずつ、北に脳外科の病室が左右に5部屋ずつ。そのうち北と南の1部屋ずつがICU集中治療室になっています。

 その病室をひと部屋、ひと部屋と、患者さんに異常はないか、起きている人はいないか、不審人物はいないかと見て回っていきました。


 そして、そのうちのひと部屋を見終わって、廊下に出たその時です。


 ――カラカラカラカラカラ――


 そう、何かの音が聞こえてきたのです。


 周りを見回しても何もない。おや。おかしいな。と思いました。

 私は念のため報告をしようと、看護師さんの待機しているナースステーションに足を向けました。


 するとそこで、廊下の先のICU集中治療室から誰も押していない、箱の乗ったストレッチャーが出てきたのです。

 カラカラカラという音と一緒に、私の方へと向かってきたストレッチャーを、廊下の隅に下がって避けました。


 本来、ストレッチャーは患者さんを乗せて、看護師さんや看護助手さんが押して移動するもので、勝手には移動しません。

 それが、目的地があるように走っていったのです。


 私が唖然としながら行く先を見ていると、そのままスーッとエレベーターの閉まったドアを通り抜けて、中に入って行きます。

 そして、ウィィンと音を出しながらエレベーターが動き始めると、横にチカチカと今いる階が表示されます。

 ぼんやりとそれを見ていると、地下1階に到着するのです。


 そこではっとした私は、慌ててナースステーションに行って報告しましたが


「それ、たまにあるのよね。気にしなくていいから、今日はもう仮眠しなさい」


 と、看護師さんから神妙な面持ちで休むように言われたのです。

 私は微妙な気持ちのまま、仮眠室に行って休憩しました。


 そのまま朝になって、ナースステーションで報告と退勤をしようとすると、ざわざわとICUから普段は聞こえないはずの人の声が聞こえてきます。

 そして、その入口をお医者さん、看護師さん、ご家族が囲んでいるのです。


「早くこっちに来て帰りなさい」


 と、ナースステーションにいた看護師さんに、言われるまま帰宅しました。


 後日、私はこの事が頭から離れなかったので、同僚の看護助手さんに聞くと


「それ、ここではあまり言わない方がいいよ」


 そう、言われたのです。

 以降、口に出すことが無かったので、ことの詳細はわかりません。

 そういう体験をした、というお話なのです。


 ですが、ふと院内マップを見た時に、鳥肌がたちました。

 あのエレベーターの行き先は地下1階。霊安室だったのですから。

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