その名は彩真音

「ふふーん、どうやら氷雨家が誇る天才の名前を聞いて、声も出ないみたいね!」


 仁王立ちしてにやりと笑う少女は、はっきり言って可愛かった。


 背は俺より頭一つ分くらい低くて、髪は金髪のポニーテール。

 家紋らしい麻葉模様のイヤリングをつけて、眉は吊り上がり、瞳はぱっちりと開いた碧色。

 底に真っ白なワンピースが合わさって、正統派美少女の様相だ。

 そこになんかさっきから見えてる水色のパンツというのは、もうラブコメの世界観というか、転生先の世界を間違えた気分だよ。


「ま、無理もないわね。あたしは世界中が認める天賦の才の持ち主、未来の第一等級神祓師、氷雨彩真音あまねだもの。ビビってひれ伏すのは当然だわ」


 さて、この景色はもったいないけれども、そろそろ指摘してあげた方がいいか。

 じゃないと俺が、ずっとパンツを眺めてる奴になってしまう。


「いや、ひれ伏すというか……一応言っとくけど、さっきからずっと見えてるぞ」


「見えてるって、何が……っ!」


 彼女――氷雨彩真音もやっと気づいたみたいで、ばっと裾を隠して俺をじとっと睨んだ。


「……ヘンタイ」


 いやいや、俺が悪いのか?

 さっきまで気にもしてなかった方が悪いんじゃないのか、そりゃ。

 変態ってのは、その、ずっと見てたから否定できないけども。


「ま、まあ、とりあえず、テーブルとふすまは元に戻そうぜ」


 とにかく、このまま居間を散らかしておくわけにはいかない。

 俺がそう言うと、彩真音は露骨に嫌そうな顔を見せた。


「はぁ? アンタ、誰に向かって命令してるわけ?」


 かなり威圧的な態度だけれど、俺だって簡単に折れてやるわけにはいかないな。


「誰でもいいから、片付けだけはしとかないと良くないだろ。それとも、氷雨家ってのはものを散らかしてても気にしないのか?」


「むっ! そんなわけないでしょ!」


 ふむ、この子のことは何にも知らないけれど、どうやらちょろいところはありそうだ。

 せっせ、せっせとテーブルを元の場所に置いて、ふすまをしっかりとはめ込んで、ひっくり返った空のグラスを正しい位置に戻す。

 そしてすっかりきれいになった居間を眺め、彩真音がにんまりと笑った。


「ふう、これで全部元通りね。それじゃあ改めて――」


 そして思い切り手を振り上げ、再び俺を指さした。


「――あたしは氷雨彩真音、神祓師の名門の氷雨家の超天才、百年に一度の天才よ!」


 ここまで宣言されて、俺はやっと記憶の端から彼女についての情報を引き出せた。

 正確に言うと、彼女の苗字――『氷雨』についてだ。

 父さんが晴天院家のライバルだとか言ってたような、言ってないような。


「今日ここに来たのは、にっくき晴天院家のガキンチョをぶっ飛ばして、氷雨家の方が優れてるって証明するためよ! アンタみたいな霊力なしで生まれたザコなんかに、あたしが負けるわけないけどね!」


「ザコって、俺のことか?」


「当たり前でしょ! アンタのことなら聞いてるわよ、無能の久遠って……痛だだだ!?」


 なんて考えているうち、不意に彩真音の甲高い声が悲鳴に変わった。

 何が起きたかっていうと、なんと春ちゃんが彩真音に跳びかかって、思い切りアームロックを決めていたんだ。

 まさかあの女の子がプロレス技を使うなんて思ってもみなかったから、一瞬だけ俺の思考はフリーズしてしまった。


「春ちゃん!?」


 でも、現実を目の当たりにして、すぐに俺はおかしな声を上げてしまった。

 いつものほほんとして恥ずかしがりの、愛らしい春ちゃん。

 そんな彼女が鬼の形相で技を決め、彩真音を悶絶させているさまは、ある意味ホラーだ。


「久遠様をバカにする人は、誰であっても許しません! 痛い目に遭いたくないなら、一秒でも早く久遠様と晴天院家にお詫びしてください!」


「い、痛い、折れるぅ~……」


「いやいや、春ちゃん! それ以上いけない!」


 流石に俺もヤバいと思って、春ちゃんと彩真音の間に割って入った。

 じゃないと、ミディアムボブの美少女がマジで人の腕をへし折るかと思ったんだ。


「わ、分かった、分かったわよ! ザコってのは訂正するから離しなさいよ、この暴力女!」


 彩真音が必死の形相でそう言うと、春ちゃんはやっと彼女から手を離した。


「ご理解いただけたなら何よりです」


 口じゃあこう言うけども、目はまだ彩真音をしっかりと捉えてる。

 まるでいつでも、暴言を察知して攻撃を仕掛けられると告げてるかのようだ。


「ふう、ふう……こんな乱暴な使用人をそばに置くなんて、晴天院家はやっぱり程度が知れるわね! うちならこんなやつ、即刻クビよ!」


 そんな状況でもまだ悪口が言えるんだから、こいつも学習しないなあ。

 金色の髪をなびかせていたキュートな美少女の姿はどこへやら、今はどうやら、俺や晴天院家をバカにするので頭がいっぱいみたいだ。


「おい、俺の悪口はいいけど、春ちゃんにそんなこと言うのはやめろよな」


「あたし、何も間違ったことなんて……痛ででで!?」


 で、こうなると。

 またも春ちゃんが、彩真音にアームロックを決めた。


「晴天院家への暴言は許しません! 訂正してください!」


「い、痛い、折れるぅ~……」


「それ以上いけない!」


 人生でこんなやり取りを二度もするなんて思ってもみなかったわ。

 というか彩真音、三回目をしでかしたら俺も止めないぞ。

 今はまだ二回目だから、どうにか春ちゃんを説得して、ぜいぜい声を漏らす彩真音を解放してもらったけども。


 しかも見たところ、彩真音はここまでされてまだ、俺達への敵意の矢印を曲げるつもりがないみたいだ。

 ここまでまっすぐに嫌われてると、ある意味清々しさすら感じるけどな。


「も、もう……晴天院家の連中が野蛮だってパパもママも言ってたけど、ここまでだとは思ってなかったわ……」


「ふすまを蹴飛ばす奴にだけは、言われたくないけどな――」


 するとその時、ふすまが勢いよく開いた。


「――そう、その通り!」


「我らが倒すべき晴天院家は、低俗な神祓師なのですわよ!」


 そうしてどかどかと居間に入ってきたのは、ごてごての装飾品を身に着けた、いかにも成金っぽい身なりの中年の男女。

 二人を見るなりぱっと輝いた、彩真音の目。

 彼女と同じ金色の髪に、サングラスの奥に映る碧色の瞳。

 そして隠そうにも隠せない、氷雨彩真音の――きっと氷雨家特有の「なんだか関わりたくない」オーラ。


「……また、面倒くさそうなのが来たよ……」


 俺はもう、訳の分からない来客の連続に、天を仰ぐほかなかった。

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