いざ、第五等級試験へ

 それから日が経ち、時は〇時、場所は八王子の高野台。

 俺と刹那は黒いワゴンに乗せられて、真夜中の墓場に来ていた。


 父さんと同じ黒いスーツを身に纏って外に出ると、春先なのに冷たい風が吹いてくる。

 あたりの電灯も薄暗く、どこか違う世界のように感じた。


「……まさか、試験が荒魂械あらかせ討伐そのものなんてな」


 黒のグローブの端を擦っていると、長い前髪をいじりながら、刹那が聞いていた。


「まだ緊張してるのか?」


「まさか。てっきり、霊力の有無や霊装の発現をチェックされるのかと思ってたからさ」


 刹那は肩をすくめた。


「そんなものは、神祓師はらえしとして当然だ。漫画家が絵を描ける、小説家が文章を書けるからといって、褒めてくれるわけがないだろう」


「世の漫画家や小説家が聞いたら、泡を吹いて卒倒しそうだな」


 ちょっぴり冷めた風に、俺の体も慣れてくる。

 そのうち俺も刹那も、黒いワゴンから離れるように、広い墓地の敷地を歩き出した。


「さて、今回の試験の内容を確認しておくぞ」


 周りの状況を確認しつつ、刹那が言った。


「試験は近辺で目撃された荒魂械『カジババ』の討伐。範囲は今いる場所から半径百メートル以内、討伐までにかかった時間や霊装のスペック、霊力の量、周辺への被害を加味して、合否が判定される」


「もしも討伐に失敗したら?」


「当然不合格だ。安心しろ、周りには他の神祓師も待機しているから、万が一の状況になれば援護してくれる」


 言われてみれば確かに、どこからか自分達以外の霊力を感じる。

 彼らに頼る時は、俺達が危機に瀕してる時だから、そうならないように祈っておくか。


「監視されてる状況で、『布都御魂ふつみたま』を使うのか……」


「久遠の霊装の秘密に気づけるような奴は、ここにはいないよ」


 刹那が太鼓判を押してくれるなら、まあ、問題ないか。

 それよりも、俺の疑問はどんどん湧いてきて、尽きることがない。


「ところで、一般人の避難はできてるのか?」


「もちろんだ。それに、視覚に影響を及ぼす『結界型霊装』を発動してくれてるから、人に見られる心配もない」


 俺が霊装についてあまり詳しくないのは、まだ実戦について行ったことがないから。

 他の神祓師と話した経験も少ない一方で、刹那は父さんの討伐任務に何度か同伴しているし、俺よりもたくさん勉強している。

 ……いやあ、もうちょっと訓練より、座学の時間を増やした方が良かったかも。


「結界型……そんな便利な霊装があるんだな」


「『四方浄壁しほうじょうへき』の『イ・ロ・ハ型』。防御的な神祓師はらえしのほとんどが発現させる霊装さ」


 余談だが、俺の霊装みたく個別の名前がついている方が、実は珍しいらしい。

 たいていは刹那の言うように、共通の名称とイロハの区分で呼称される。


「ついでに言っておくが、表向きにはガス爆発の処理になるし、何を壊しても怒られないよ」


「政府との協力だな。日本政府が関わってるなんて、まだ実感がわかないぜ」


「関わってるどころか、肩まで同じ泥に浸かってるさ。さかのぼれば明治時代には、もう政府の依頼で神祓師が荒魂械あらかせ討伐任務を出していたらしい」


 まさか現場について、いくつか新しい情報をもらえるなんて思ってもみなかった。

 なんだか修行の最中みたいで、自分達は試験を受けていると忘れてしまう。


「とにかく、バックアップは万全だ。僕達は遠慮なく、荒魂械を――」


 ただ、そんなわけにはいかない。

 俺も刹那も、墓場にピリリとはしった感覚を、確かに逃さなかった。


「刹那、感じたか?」


「ああ、感じた。もう、奴らは僕らを見つけたみたいだ」


 ぴたりと足を止めると、目の前の墓石にひびが入り、ガラガラと崩れ落ちた。

 石の破片と化した墓に乗っかるようにして姿を見せたのは、狼を模した機械、としか言いようのない怪物だ。


『ガロロロロ……』


 白い息と、金属が擦れ合うような鳴き声を漏らし、敵は俺達を赤い目で見据える。

 間違いない――こいつが、今回俺達が討伐するべき荒魂械だ。


「……『カジババ甲式』……狼の姿をした荒魂械で、すでに人的被害を出してる」


 刹那の言葉を聞いて、俺は兄の方をちらりと見る。


「人の、被害を……?」


「六人の魂を捕食したと、政府調査員からの報告で上がっている」


「……殺した、ってことかよ……!」


 自分の髪がざわめくのと、拳を握り締める力が強くなるのを、俺は確かに感じた。

 この荒魂械のせいで、何の関係もない人間が六人も死んでる。

 いいや、何人だろうが、意味もなく殺されてるなんて許されるわけがない。


「落ち着け、久遠。こいつは狡猾で、獲物を絶対に逃さない。隙を見せれば後ろから噛みついてくるような輩だ、常に集中しろ」


「分かってるっての――集中して、ぶっ潰す!」


 刹那の忠告を聞き入れつつも、俺はもう止まる気なんて毛頭なかった。

 心臓の辺りに手を当てると、碧色の光と共に鬼の面が姿を現す。


「いくぞ、『布都御魂』ッ!」


 そしてお面を顔に押し当てると、『布都御魂』が装着され、全身に霊力がみなぎった。

 過剰なまでの血液と酸素を、体中に流し込まれた感覚。

 普通なら苦しくて仕方ないんだろうが、今は心臓がたぎってきて、体にエネルギーが溢れてきて、戦いたくて仕方がない。

 ばきり、と指を鳴らしてカジババに突撃しようとしたけれど、不意に俺は足を止めた。


「やれやれ……まあ、迅速に荒魂械を倒すのは試験の評価につながるからな」


 俺の前に、刹那が悠然と立ったからだ。


「久遠、サポートしてくれ。僕が前に出て、切り刻む」


「おいおい、俺だってやれるぜ!」


「敵は俊敏で、常に死角を狙ってくる。そういう相手には、僕の霊装の方が都合がいい」


 そう言って、刹那はばっと手をかざした。

 彼の右の手のひらに白銀の霊力が集まり、物質を形作る。

 ぐっと刹那がを握ると、霊力が一つの武器として顕現けんげんした。


「目覚めろ――『神度剣かむどのつるぎ』」


 白い剣。

 刹那の腕ほどの長さもある、純白の刃を携えた剣。


 柄に青の宝石を埋め込んだその剣が、夜闇に薙がれた時、確かに空気が裂かれた。

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