使用人の春ちゃん
「父さん、どうしましたか?」
俺と刹那が座敷に入ると、そこには父さんと使用人の女性がいた。
「ああ、新しい使用人が来たから、二人にも紹介しようと思ってな!」
しかも、俺達と同じくらいの背丈の女の子を囲んでるみたいだ。
なんだろう、あんな子は屋敷の中じゃあ一度だって見た覚えがないな。
「使用人……
「古舘?」
「晴天院家に明治時代から仕えてくれている家だよ。うちにいる使用人は皆、古舘家の人だ」
そういえば、うちには何人か使用人がいて、何かと家事や俺達の面倒見をしてくれる。
今までは「りんごさん」とか「朝顔さん」とか呼んでいたから、名字なんてちっとも気にしちゃいなかったけれども、皆姉妹か同じ血筋なのか。
「ま、といっても久遠の二つ上くらいだから、まだ見習いだがな」
「それじゃあ刹那様、久遠様にも紹介しますね。こちらがお世話になる、うちの春です」
姉妹らしい人に背中を押されて、女の子が俺達の前に出てきた。
明らかに
「ふ、ふ、古舘
そして、盛大に噛んだ。
彼女も挨拶がうまくいかなかったのを自覚したようで、頭から湯気をぽっぽと出す。
背丈は俺より少し低いくらいで、ワインピースを纏っている。
髪は明るい茶色のミディアムボブで、内巻きのカール。
垂れ気味の目と太い眉毛、焦げ茶色の瞳に――ぶっちゃけ、かわいい。
そんな子が照れてるさまを見ると、こっちまでなんだか頬を掻きたくなってくる。
「まったくもう、この子ったら緊張しちゃって」
「しばらくは久遠様のお世話をさせますので。何か気になることがあれば、この子のためにも、何でも言ってあげてくださいね」
「あ、はい」
「久遠様! 私、頑張りましゅっ……ま、また噛みました……」
ぺこぺこと頭を下げる春を、俺は努めてリラックスさせようとする。
「かしこまらなくていいよ。春ちゃんの方が年上なんだから、久遠でいいって」
「そうはいきません! 私もお姉ちゃんも、晴天院家の皆々様に奉仕することこそ何よりの使命、何よりの喜びですから!」
「な、なんだかすごい気迫だな……」
ただ、こう言われれば、俺としてはどうしようもない。
何というか、ジェットコースターみたいに、感情の動きが忙しい子だな。
なんて思いながら春を見つめていると、刹那が俺の肩を叩いた。
「久遠、この子はお前のことを時折じっと見つめていたんだよ」
「え?」
俺が首を傾げるのと、春ちゃんがゆでだこのように赤くなるのは同じタイミングだった。
今更だけども、春ちゃんって呼ぶのは、ほら、いかにも春「ちゃん」って雰囲気だろ。
「ふえっ!? 刹那様、どうしてそれを……」
「あれだけじっと見ていれば、誰でも気づくさ」
刹那に言われてみれば、そんな気もする。
俺の修行は庭での模擬戦だけじゃなく、基礎的な体力づくりがメインだった。
でも、坂道を何百回もダッシュした時も、重い鉄の塊を何度も持ち上げていた時も――どこからか、しっとりとした視線を感じた覚えはある。
もしかして、その視線の正体が春ちゃんなのか?
いいや、あたふたしたリアクションを見るに、春ちゃんだったんだろうな。
「刹那様、お願いですから久遠様には言わないでくださいっ! 私が久遠様のひたむきなお姿にあこがれて、こっそりお姉様についてきた時に陰から見つめていたのも、お二人への差し入れを作るのを手伝っていたのも、言わないでくださいませっ!」
「ぜ、全部言ってる気がするんだけども……」
どうやら春ちゃんは、隠し事をするのがとても苦手らしい。
だって、さっきから思ってることが全部口から
そんな彼女が使用人になるというのは、少しだけ心配なところもあるけど、何とかなると思った方がいいだろうな。
こっちとしても、あまり緊張させすぎないようにしないと。
「とにかくよろしくな、春ちゃん」
そう思って、俺は春ちゃんの手をぎゅっと握った。
刹那だって昔は、俺の緊張をほぐすためにこうしてくれたし、春ちゃんも落ち着くと思ったんだ。
「あっ、そんな、久遠様が私の手を……あの、ええと……!」
ところが、今回ばかりは例外だったみたい。
春ちゃんはたちまちカニよりも顔を真っ赤に染めて、手足をばたつかせて。
「よ、よ、よろしくおねがいしましゅ~っ!」
こんにゃくのように体を揺らしながら、どたばたと明後日の方向に走り去ってしまった。
遠くから「あたっ」とか「きゃっ」とか聞こえてくるところから察するに、色んな所をいろんな場所にぶつけながら走ってるみたいだ。
――やっぱり、ちょっと心配かも。
「あらあら、春ってば久遠様のことが気になって仕方がないみたいですよ」
「後でよく言い聞かせておきますから。それでは、松花様と夕飯の支度をしてきますね」
使用人の皆が口元を抑えて笑い、春の後を追いかけてゆく。
父さんはげらげらと笑っているし、刹那もやれやれと言いたげな顔だ。
「俺のことが気になるって……なんで?」
「久遠はまだお子様なんだな。僕には、春の気持ちが分かるよ」
むっ、なんだそりゃ。
精神年齢なら、刹那の倍以上もあるつもりなんだがな。
俺だって、女の子の気持ちくらいはそれなりに分かってるつもりだぜ――多分、きっと、ちょっと、それなりには、メイビー。
「そういえば久遠、刹那、お前達にはもう一つ、伝えないといけないことがあるんだよ」
すると、急に父さんが俺達の肩を叩いて言った。
「――『第五等級神祓師認定試験』の日程が決まった。明日の深夜だ」
しかもサラッと受け流しちゃいけないほど、大事なことを。
神祓師の試験が明日の夜にあるなんて、もっと早く言ってほしいでしょ。
「明日!?」
「随分と急ですね」
「いついかなる時も戦えるようにしておくのも、神祓師の条件だ」
そう言うなら仕方ない、とは納得しがたいよなあ。
でも、試験の方からやって来ると決まってるのなら、逃げるわけにもいかない。
「安心しろ、久遠と刹那の二人で受ける試験だからな。お前達なら、必ず合格するぜ」
父さんはそれだけ言い残して、廊下を歩いて行った。
俺も刹那も、何も言わなかった。
準備は万端か怪しい。
試験の内容すら聞いていないし、場所だって知らない。
ただ静かに拳をぶつけ合って――小さく笑った。
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