第27話 親子

 淀んだ気持ちのまま電車を乗り継ぎ、そうして家に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


(適当に夕飯食べて、それから……、買いに行こう)

(そもそもわたし、あいつに勝てるのかな)

(もしかしたら、死ぬかもな……はは)


 そう考えながら、わたしは鍵を使って家の扉を開く。


 ――玄関に、おかあさんが立っていた。


 おかあさんは家を空けていることが多いから、びっくりして少し身を震わせてしまう。


「え……何、どうしたの」


 尋ねると、おかあさんは無言でわたしへとスマホの画面を向ける。


 そこには――わたしと遠川詩のダンジョン配信のアーカイブ一覧が、表示されていた。


 驚いて、息を呑む。

 おかあさんが、口を開いた。


「和歌……これ、どういうことなの。まさか貴女、ダンジョン配信なんてやっているの?」

「……そうだけど。でも、おかあさんには関係な……」

「何考えてるのよ、和歌ッ!」


 叫んだおかあさんに、わたしはひゅっと息を吸い込んだ。

 おかあさんはわたしに詰め寄ると、わたしの肩をがっと掴む。


「ねえ、恵衣がどうして死んじゃったか忘れちゃったの? ダンジョン配信なんてやったからでしょう? 私、あの子のこと、まだ許してないんだから……何よ巡葉恵って、本当に変な名前……!」


 ぱん、と大きな音がした。


 少し遅れて気が付いた。

 わたしは右手で、おかあさんの頬を張っていた。


 おかあさんは呆然と瞬きを繰り返して、それから怒った表情を浮かべてわたしの頭を叩く。鈍い痛みに、思わず顔を歪めた。


 わたしはおかあさんを睨み付ける。


「……巡葉恵のことを、否定するんじゃねえよ」

「親に向かって何よその口の聞き方は!」

「黙れ! 巡葉恵は……ねえさんは、尊い存在なんだよッ! おかあさんなんかが否定していい存在じゃねえんだ! 大体ねえさんがダンジョン配信を始めたのはあんたのせいでもあるだろ! あんたが……あんたが仕事ばっかでわたしたちに構わないで、それで……わた、わたしが、ダンジョン配信なんて好きになっちゃうから、」


 声が震える。

 視界が滲んでいく。



「……わたしが、ダンジョン配信なんて、好きにならなければ」



 ぼたぼたと零れる涙が不快だった。


 おかあさんも、泣いていた。


 わたしはいてもたってもいられなくなって、おかあさんの手を振り解くと、逃げるように走り出す。


「ちょっと、どこに行くの、和歌……!」


 おかあさんの声が聞こえたけれど、振り向かなかった。

 溢れる涙をワンピースの袖で拭いながら、駆けた。


 *


(もう、やだな)

(何でこんなに辛いんだろう)

(今日は最悪な日だ)

(遠川詩に酷いことしちゃうし、おかあさんとも喧嘩しちゃうし)


 絶え間なく続く後ろ向きな思考を振り払うように、走り続けて。

 やがて体力も朽ちていき、わたしは息を荒くしながら立ち止まった。

 俯きながら、肩で息をする。


「あれっ……佐山さん!?」


 名前を呼ばれて、驚きながら顔を上げると――そこには、クラスメイトの栗木くりき瑠々るるが立っていた。


「ど、どうしたんですか、そんな泣き腫らした顔でっ……! えーと、ハンカチ、ハンカチ……ありましたっ!」


 栗木瑠々は慌てた様子で、わたしに緑色のハンカチを差し出してくれる。

 普段なら素通りするはずの優しさが、今はどうしようもなく温かく感じられて、また一筋涙が零れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る