第26話 デート 後編
遠川詩が「デートに最適なスポットを、もう一つ考えておいたんだ」と言うので、(クソみたいなスポットだったらぶっ飛ばそ)と思いながらついていったところ。
――案内されたのは、ショッピングモールから五分ほど離れたところにある猫カフェだった。
「まともなスポットだ……」
呆然とひとりごちるわたしの隣で、遠川詩が思い出したようにあたふたとする。
「ち、ちなみに、猫が嫌いだったり、猫アレルギーだったりしないよな……!?」
「しないけど、そういうのは先に聞いておきなさいよ」
「そ、そうだけれど……佐山さんを、びっくりさせたくて」
遠川詩はそう言って、照れたように微笑う。
(かわ……いやいやいや気のせい。コイツはエロ王子、エロ王子……)
自分の思考を統制しつつ、わたしは「……そうですか」と言って猫カフェの扉を開く。
「いらっしゃいませ!」
男性の店員に迎えられ、一通り店のルールといった説明を受ける。それから手洗いを済ませ、わたしたちは猫がいるゾーンへと足を踏み入れた。
――そこには猫、猫、猫……
猫用クッションやキャットタワーなど、様々な場所に猫がいた。眠っている子もいれば、とことこと部屋の中を移動している子もいる。
(猫がいっぱいだ……まあ別に猫のこと好きってほどでもないけど、非日常的な空間の良さはあるな……)
そう考えていたわたしの隣で、遠川詩が突如身をくねらせた。
「うわあああ、猫ちゃん、可愛すぎるううう……!」
「!?」
衝撃で仰け反ったわたしをよそに、遠川詩は忍び足で近くにいた白猫に近付いていくと、そっと背中を撫で始める。
「や、柔らかあい……にへへ……猫ちゃん、可愛いな……」
そのデレデレの笑顔に、わたしは確信した。
(間違いない……こいつ、猫好きだ! 猫カフェに来たのも、わたしのためというよりこいつのためだ!)
「猫ちゃん可愛いねえ……どうかな、うちの子にならないか?」
白猫を口説いている遠川詩に、わたしは何だかモヤッとする。
(……こいつがデレデレなのって、わたしだけじゃないのか)
モヤモヤの正体を言語化してみて、わたしは勢いよく首を横に振った。
(……いやいやいや、何だその感情! 猫に嫉妬!? アホかわたし! ああクソ、わたしらしくない……!)
「…………? 佐山さん、どうしたんだ? 何だか眼差しに殺意を感じるんだが……」
「猫に殺意なんて感じてねえし!」
「え!? こ、殺しちゃだめ! こんなに可愛いんだよ!?」
愕然とする遠川詩に、わたしははあと溜め息をつく。
「わかってますよ、猫の可愛さくらい……」
そう告げてから、何故かわたしの元に寄ってきた黒猫を屈んで撫でる。
「いいなあ、黒猫ちゃんにモテモテで」
「……黒猫の方は羨ましくないんですか?」
「え? どういうこと?」
「何でもねえッ忘れろッ」
わたしは猫を撫でることに集中して、いつもの自分を取り戻せるよう気持ちを落ち着けた。
*
猫カフェを出る頃には、世界は夕暮れに染まっていた。
「いやあ、今日は本当に楽しかったな……!」
そう言って伸びをする遠川詩に、わたしは「そうですね」と頷きを返す。
(……確かに、今日は楽しかった)
わたしはそんなことを考えながら、道端に転がっている小石を軽く蹴った。
「あ……そういえば、佐山さんに聞こうと思っていたこと、あったんだ」
「聞きたいこと? 何ですか?」
首を傾げたわたしに、遠川詩は質問を投げ掛ける。
「――佐山さんは、どうしてダンジョン配信が嫌いなんだ?」
その問いに、首を絞められたかのように思った。
少しの間何も言葉を紡げなくて、そうしてようやく、わたしは口を開くことができた。
「……何で、そんなこと、聞くんですか」
「いや……ずっと気になっていたんだ。佐山さんって、元々ダンジョン配信が嫌いって言っていたけれど、いざ配信になると、何だかすごく――」
やめてくれ。
「――楽しそうに、見えるから」
やめてくれよ。
「だから、聞きたかったんだ。佐山さんは本当に、ダンジョン配信が嫌いなのかなって……」
「嫌いですよ」
わたしは、遠川詩を睨み付ける。
「ろくなもんじゃない、ダンジョン配信なんて。あんなのは悪趣味なコンテンツです。これだけ流行ってるのが、変なんだ」
「……でも、昨日の佐山さんは、すごく生き生きとしていて」
「うるさい!」
大声を出したわたしに、遠川詩がびくりと身を震わせる。
彼女の悲しそうな表情に、わたしも無性に悲しくなった。
「……ごめんなさい。わたし、ひとりで帰ります」
「え、いや、送っていくよ」
「いいんで」
わたしは走り出す。
遠川詩は追い掛けてはこなかった。安堵したけれど、寂しかった。何て自分勝手な感情なんだと、自嘲する。
(……そうだった)
(わたしはあいつを利用して、復讐を成し遂げようとしているんだ)
(――そんな奴が恋をするなんて、許される訳がない)
滲む視界に、夕焼けのオレンジが眩しかった。
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