第3話 仕事と副業
レックスが去年、ペナントレースに優勝し、日本シリーズで負けた。
この勝因と敗因を、正しく分析出来ているのか。
そこは心配していない直史である。
「父さんが離脱してなかったら日本一になってただろうね」
明史はある意味では、直史に似ているかもしれない。
性格はよく似てるなあ、と瑞希などは思っている。
一月の東京に直史が来ているのは、仕事に関連したこともある。
だが主な用事は真琴のことである。
春から東京の大学に通うことになった真琴。
千葉のマンションからも、通うことが出来なくはない距離である。
しかしこれが武史の住む、恵美理の家からであれば、30分ほどの時間で通うことが出来る。
どうせ既に明史が世話になっているのだから、真琴も一緒に世話をしようか、という話になったのである。
元から恵美理の家は、海外からの留学生や、父の教え子たちが寄宿することもあった。
そのため部屋もまだあるし、親戚としては都合がいいではないか、という話である。
あまり世話になりすぎるのも悪いのでは、と直史は考えたりもしている。
だがそれこそいらない遠慮で、世話をするのも恵美理自身というわけでもない。
どのみち武史はほとんど、婿入りのような状況になっている。
下手なセキュリティを考えるならば、こちらの方がいいだろうという話にもなったのだ。
真琴としてもここは、恵美理ならば安心出来る、と納得していた。
本人は当初、大学の寮に入るつもりであったのだが。
一人暮らしはちょっと、可愛い娘をさせるのに、不安があった直史である。
かといって自分自身も、大学時代は面倒であったため、ちょっと無理をして特待生扱いで寮に入っていた。
実際は瑞希の住んでいた部屋に、かなりの割合で宿泊していたが。
渋谷区松涛というのは、完全な上流階級が住むような、選ばれた街である。
渋谷の繁華街から、ほんの数本の道を入れば、静かな高級住宅街となる。
そこにかなり大きな邸宅を構えているのだから、本当に恵美理はお嬢様であるのだ。
この血統が武史との間に、司朗を生んだり他の才能を生み出したりしている。
直史のマンションも大介の長女である里紗が、千葉のバレエの有名な先生に学ぶため、引っ越してくるのは決まっている。
親戚の間でこういうことが行えるというのは、上流階級の強みと言えようか。
もっともよく考えてみれば、本当に上流階級なのは恵美理の家であり、直史も大介も成り上がり者である。
ただそれを言うなら直史は、実家の蔵から家計図を取り出してくるだろうが。
相手を成り上がりという人間に対してだけは、しっかりとした家計図で血統パンチを食らわせる直史である。
そんなものは当人が身に付けた、能力や実績、財産やコネクションとは、全く違うものであるのだ。
皇室ぐらいになるとさすがに、文句は言えないものであるが。
メジャーで巨大な財産を築いたが、それをさらに増やしているのは、事業を展開しているからだ。
また金融に関する点では、天才的な外部ブレーンがずっといてくれる。
そして政界ともつながり、海外の著名人とも付き合いがある。
だが何よりも大きいのは、自分自身の知名度と言える。
そんな直史は日本のプロ野球に関しては、かなりビジネスモデルとして成功していると思っている。
他のスポーツと比べても、特に大きな金銭が動く。
公営競技はさすがに、踏み込むことが難しいが。
レックスは基本的に、あまり補強に無茶な金をかけることが出来ない。
コンパクトな球団として存在していて、だからこそ昨今は利益をしっかり出している。
直史が引退したとするなら、現場や編成ではなく、フロントの方に参加する可能性は高い。
経営する側としては、かなりの実績を持っているのだ。
何よりも日米球界の両方に、大きなパイプを持っている。
ただ優先しているのは、野球以外の事業である。
あくまでも虚業であり、興行であるのが野球。
だからこそ夢を見させなければいけない、と理解しているのだ。
「アメリカも相当に貧困の格差があるけど、スポーツはまだ市場が成長しているよな」
このあたりはさすがに、直史も当事者だけに気づきにくい部分がある。
日本のプロ野球も、確かに興行としては成功している。
全体的に可処分所得が減っているはずなのに、余興に使う金銭があるというのは、健全なのかどうなのか。
古代の時代から先進国は、どうしても出生率が落ちていったものである。
ローマの時代には既に、富裕層があまり結婚しなくなったり、子供が少なくなったりしている。
アウグストゥスも悩んでいた、人口減少問題だ。
日本の場合も純粋に、人手不足などは言われている。
ただこれはもっと昔、出生率が2を切ったあたりで、政府は対策すべきであったのだ。
もっとも当時の政治家からすれば、五人兄弟や六人兄弟も当たり前で、危機感が薄かったのだろうが。
直史は政治家ではないため、そこを政策でどうにかは出来ない。
ただ雇用は創出し、しっかりと子供が育てられる、そういう給料を払う会社にしているつもりだ。
「少子化問題は本当に、政治家に任せるしかないんだが」
そう思いつつも直史は、一般家庭の気持ちは分かりにくい。
自分も四人兄弟の長男で、子供たちも三人いる。
弟や妹の家庭も、子沢山であるのだ。
富裕層というのは、どうしても貧困層の気持ちが分からないのか。
ただ富裕層であっても、子供の数が多いわけではない。
「最近のマンガとかを見ていて感じたんだが、昔と違って主人公たちのその後をエピローグでやっても、子供が出来てなかったりしないか?」
「そうなのかな?」
武史がそう言ってきたので、そうなのかもしれない。
忙しい直史はマンガのみならず、ドラマなどもあまり見ることがないのだ。
国家の強さというのは、人口の多さと言える。
だが実際はその年齢別人口も、考えないといけない。
直史は中国脅威論を訴える人間であるが、昔はそれなりに楽観していたところもあるのだ。
一人っ子政策を長く続けたことで、中国は人口ピラミッドが歪になり、国力全体としては日本よりも早く低下すると。
ただ中国の場合は、日本と違って全体主義のため、他の民族を根絶やしにして、そこから女だけを奪ったりする。
そういった民族浄化を、かなりあからさまにしているのが、中国という国である。
あとは日本への移民問題も、その延長にある。
日本のシステムの乗っ取りなどを考えるため、危険であるという考えなのだ。
根本的に日本は、その使用言語に問題がある。
日本語を使っているという時点で、その思考はかなり複雑なものを考えられるようになっているが、反動もある。
移民が入ってきたとしても、同化することが難しいのだ。
日本は日本人だけのもの、という点ではかなり保守的なのが直史である。
ちょっと弁護士としては、偏った考えと言えるだろう。
主義や思想の上に、直史は事業を考える。
ただ農業に関しても、法人化することはそもそも、離農することを防ぐ目的があった。
このあたりどうしても、日本は弱いところがあると言える。
だが海によって守られた国は、まだしも守るのには適していると思っている。
同じ島国であっても、イギリスなどはひどいことになっているが。
このあたりは何をどうすれば解決するのか、直史としても分からない。
ただ法律的に考えるなら、スパイの防止や帰化の法律を、変えるべきだと考えている。
人権を守るのは弁護士として、さすがに当然のことだと考える。
だがそれは他者の人権を損害する存在を、許すということではない。
理想と現実は違うのだから、そこを考えないといけない。
こういったあたりは樋口の方が、もっとドライに考えることが出来る。
樋口などは新潟の人間だ。
そして上杉も、新潟で育った人間なのだ。
なので共産主義国家に対しては、徹底的な不信感があるし、その国の国民に対しても、かなりの悪意を持っている。
地元で行われてきた、完全な国家ぐるみの犯罪を、ずっと感じてきたのがこのあたりの人間だ。
また樋口などは本来、権力に対する不信感もある。
権力は同じ権力でしか、どうにか出来ないものなのだ。
そのあたりは直史よりもずっと、現実的というか酷薄でさえある。
直史は自分が引退したら、野球への関係という点では、地元の千葉との関係が深まるか、とも考えている。
自分自身が政治家になるというのは、ちょっと考えにくい。
ただ将来的にそう考えるなら、千葉に移籍してそこで、引退するのが重要であろう。
もっとも東京のレックスにいても、直史は普通に地元の人間から、千葉出身のレジェンドと認識されているのだが。
長いシーズンの前、キャンプさえ始まる前に、直史は色々と考えている。
もう長くない現役生活、その中で何を残していくのか。
とりあえず沖縄でのキャンプに向けて、ゴルフクラブのメンテナンスは頼むかな、と調整にもマイペースな直史であった。
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