第13話 母の想い

「何であんた達は重体の患者をこのまま置いて帰ると言えるんだ!それが神に仕える者のやる事か!」


 教会に着くと父さんの怒鳴り声が聞こえてきた。礼拝堂の隣にある建物からだ。そこに母さんと姉さんも居るのか?

 中に入ると部屋にはベッドがいくつも並び、そこに母さんとマリーが横たわっていた。2人とも服が血で染まり全く動かない。先に着いたレオンは母さんのベッドの横で「母さん!母さん!」と叫んでいる。

 父さんは司祭と揉めていて、司祭の後ろには数人の教徒達が居づらそうに下を向いていた。


「クレイさん、我々も今日一日で色んな儀式や治療を行っています。もう誰も治療が出来るような魔力は残ってないんですよ。こんな夜に急に言われてもこちらも困るんです」


「ふざけるな!俺がここに来た時、お前達はこれから何処に飲みに行くか相談をしてたじゃねーか!シャルルとマリーが血塗れでベッドに横たわっている前で!全員気絶するまで魔力使って2人を治せ!」


 父さんも引き下がらない。当たり前だ、母さんと姉さんの命がかかっている。


「そんな無茶な。申し訳ありませんが、敬虔な教徒達にそんな事はさせられません。明日治療を行いましょう。ですから今日はもうお引き取り下さい」


「明日なんて持つわけ無いだろ!この血を見てみろ!明日死んでたらお前らどう責任取ってくれるんだ!」


「もしそうなったら、残念ながらそれが神のご意志という事です」


「分かった。まずお前らの内一人をここでぶっ殺す。そうすりゃお前らの頭からは酒と女が抜けて必死に治療するしか無くなるだろう」


「クレイさん、そんな侮辱は止めて頂きたい」


 その時、また別の年配の司祭が入ってきた。身なりからすると上の位の司教か?後ろに教徒を一人連れているが、そっちはだいぶ年齢が若く15か16歳くらいだろう。態度もおどおどしていて頼りない男だ。


「騒々しい、ここを何処だと思っているのです。この騒ぎは一体何事ですか」


 年配の司教が厳しい顔で静かに一喝した。皆その言葉に怯んだが、父さんは引き下がらなかった。


「司教様、シャルルとマリーを助けて下さい。あなたなら高位の回復魔法も使えるでしょう。早くしないと2人は死んでしまう!」


 すると、さっきまで厳かな顔をしていた司教が急にニタァッと嫌らしい笑みを浮かべた。その顔はまるで悪魔の微笑みの様だった。


「クレイさん、私はあなたを知っていますよ、有名人だ。この神聖パラス教会のやり方が気に入らずに随分とあちこちで言いたい放題やってるって話じゃないですか。回復魔法を教会の専有物にせず魔方陣を広く解放しろとか貴族や王族にゆかりのある者にまで言ってるそうですね。困るんですよ、そういうの。特に有名人にやられるとね」


「そ、そんな話は今は関係ないだろ!」


 父さんは日頃から家でもこの話をしていた。神聖パラス教会が回復魔法を独占するから冒険者がいつも辛い目にあっていると。冒険に教徒を連れ出すとなると法外な料金を請求されるのだとか。もし教徒を冒険で死亡させたりしたらそのパーティー全員の人生が終わるらしい。だから普段の冒険に教徒は連れていけず、回復役が不在のせいで冒険者が死亡する事もあるという。


「母親が死んでしまっては、あなたもこんな小さな子供を残して冒険者活動も中々思うようには出来ないでしょうな。まぁしかし…我々も神に仕える者です。治癒をして差し上げましょう」


 ニヤついた口のまま司教が父に値踏みするような視線を送っている。


「ただし、これは特例ですからね。料金も特別料金ですよ。宜しいですか?」


「あぁ…あぁ良いとも。いくらかかっても良い。2人を助けて下さい。お願いします」


 父さんが司教に頭を下げた。


「それではコッペリ君、前に出たまえ」


「は…はい」


 先ほどから司教の後ろに隠れていた若いおどおどした少年が前に出てきた。


「このコッペリ君は、今年学校を卒業したばかりの若い教徒なのですがとても優秀でね。しかし機会に恵まれず今までその力を出せずにいた。今回はそんな彼にやって貰いましょう」


「し…司教…様…?」


 推薦された本人が一番ビックリして声が裏返っている。


「冗談だろふざけるなよ!お前がやってくれないのか!」


 父が怒鳴る。


「残念ながら私も今は魔力切れでね。それと、もう一度だけ言いますがここでは騒々しくしないで下さい。他の患者さんも居るんですよ?」


「クソッ…この…」


 父さんが唇を噛み締めてこらえている。こんな顔の父さんを見るのは初めてだ。


「それじゃコッペリ君、後は任せましたよ。それでは皆さん、行きましょうか。今夜は豪勢にやりましょう。何せ臨時収入が入りますからね。ハハハッ!」


 そう言ってコッペリと呼ばれた男を残して皆出ていってしまった。




「どどど、どうしましょう。僕は学校で初級のヒールを習っただけなんですよ。こんな血塗れの患者なんて治癒したことありません。絶対無理ですぅ!」


 コッペリは明らかに動揺していた。恐らく、治癒魔法は習っただけで実践なんて一度も無いんだろう。それでも今はコッペリに託すしかない。僕にも回復魔法が使えたら…。


「何でも良いから早くやってくれ!このままじゃ助かるもんも助からなくなる!」


「そ、そう言われましても…どちらから治せば…」


「マリーを…マリーを助けて…」


 母さんの声だ!

 皆が母さんに注目する。母さんの意識は戻っていた。


「母さん!」


 レオンが叫ぶ。


「シャルル、良かった。気が付いたのか!」


 父さんも涙を流して喜んでいる。


「2人ともルートを見習って今は静かに、ね」


 2人をそうたしなめると、母さんは子供をあやすような優しい声でコッペリに語りかけた。


「大丈夫よ、コッペリさん。落ち着いてやれば出来るわ。学校で習った通りに、お願いね」


「わわわ、分かりました!」


 コッペリが詠唱を始めると魔方陣が浮かび上がる。これが回復魔法か。しかし、誰が見ても歪んだその魔方陣は僕らを絶望させた。父さんもレオンも悲痛な顔でマリーとコッペリを見ている。


「ルート、こっちに来て。耳を貸して」


「はい」


 僕は母さんの口元に耳を寄せた。


「ルート、あの子の回復魔法じゃマリーは助からないわ。あなたがやるの、出来る?」


 さっきまで大怪我で意識を失ってたとは思えないほど凛とした表情で母さんは言った。母さんは僕のスキルを理解していたのだ。


「はい、母さん」


 僕がやるべき事。コッペリの不細工な魔方陣を見て正確な魔方陣を構築し直し僕が姉さんを治すのだ。ただの写メでは不細工なコッペリの魔方陣にしかならない。歪んだ円は機械的に美しい円に。不細工なルーン文字の羅列は美しいルーン文字に頭の中で修正する。今まで画像の加工なんてやったことは無かったが、どうやら出来そうだ。この能力スキル、エリエルさんに感謝しかない。


 出来上がった魔方陣をマリーに向かって作動させる。これは禁忌だ。回復魔法は神聖パラス教会の専有魔法であり秘匿魔法、教徒でもないい者が使用すると厳罰になる。でも僕の魔方陣は誰にも見られない。詠唱も必要ない。


 初めての回復魔法は想像以上に魔力を消費した。初めての体験で要領を得なかったし、何よりマリーの傷が深かったためだ。気絶しそうになる僕の背中を隣で寝ていた母がそっと支えてくれた。僕は涙がこぼれた。母の手から魔力が流れ込んでくるのが分かったからだ。それは魔力であり、母さんの想いだった。


 何で重傷の母さんが魔力を使って、アイツら司教達は平気で帰るなんて事が出来るんだ!

 いや、今は余計な事は考えまい、姉さんの治癒に集中するんだ。


 暫くすると、青ざめた姉さんの顔の血色が良くなってきた。これなら姉さんは助かるかもしれない。コッペリの魔方陣はほとんど消えかかっていた。この人はこの人なりに一生懸命頑張ってくれていたんだと思う。僕も母さんが居なければとっくに魔力切れだ。今後はそっちの強化もしていこう。


 もう姉さんは大丈夫だな、母さんの治癒に取りかかろうかと考え始めた時、母さんの手が背中から外れているのに気が付いた。


 

 既に母さんは死んでいたのだ。

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