4 「そう見えたとしても
「年輪が、枯渇……」
「単純な話でしょう」
手の内を明かしたヘヴァーに、頭を抱えながらもオートクは口を出さなかった。
死亡から睡眠に移行するヘルをそばに置きながら、唾を飲んだ。
「死ねない蘇生を成立させているのは背中の年輪。そしてそれは、年齢と光量が比例している」
タトゥーのように、エルフの背中に刻まれたマーク。
当たり前に、普段ニンゲンがお目にかかれるものではないが自身の年齢すら知らない天国中毒も、この存在を知らなかった。
だから死に方を探していた。
それが彼女の死を阻止している事実はあるが、そこに上限があるのかは未知数。
「エルフが試していない死に方ってのは」
「ご想像の通り、一時死亡中の別死因による死亡です」
要はバラバラにバラバラを重ねろってことだ。なんて残酷。
「刺殺に溺死でも重ねてみて、ということですな」
「最悪な死に方だなぁ……」
「ちなみに、現状確認出来ている、一時死亡の累積は3つです」
つまり4つ以上の死因を同時に体験してみては、と。
それがはてさて試したことのない死因と呼べるのか。
「一応、過労死はまだですけど」
「何させたいんすかこいつに……」
不死身の体に負荷をかけ続ける。
成功するまで殺人未遂を続ける。非自殺希望のため。
そこまでして死にたいと、この中毒者は思っているのだろうか。
自分を知らず、さしずめ年齢、出身、名前まで偽り忘れ、そんなエルフが存在するのかすら分からない。
なぜ死にたいのか、なぜ死にたいと思うようになったのか。
この幸せそうな寝顔に平手打ちをして、そう聞けば済むだけだ。
が、――グジンのそれをする勇気はない。
屋上から飛び降りようとする人に、なぜ死にたいんだと寄り添えば大抵は踏みとどまるのがケースだ。
しかし、死にたいを自分から赤の他人に暴論出来る、同じ境遇の者は多くない。
死にたいんだ。殺してくれ。きっとそのへんに海でもあれば走って飛び込むくらいの覚悟が出来ている。
この世界に絶望しきったようには見えない。ニンゲンを嫌っているわけでもない。明らかに馬鹿だがジョークも笑顔もある。
「我々から初めの問いに答えを返すとすれば、より死を経験してみては、でしょうか。エルフの死が、年輪に深い関連があることは間違いありませんが、3000年詳細は謎に包まれたまま。時が経ちすぎて、明確に否定できる死因も減っているのが現状です」
オートクが、話を纏めるように席を立った。
一度断り部屋を後にすると、手に数冊の本を持って帰ってくる。
「我々の研究の写本です。お知りの通り、今の時代エルフに出会うこと自体が幻に近い所業。ここは学者の街。精霊学の学者は、特定の分野について学ぶ全くの無関係の者となりつつあります。きっと、研究を続けている我々よりも詳しい者や種族は存在するでしょう。お二人、今後のご予定は?」
この街に中毒者を置いて別れるつもりだった。
素人に死に方を求められたところで、グジンに出来ることはない。
この謎のエルフに、グジンはこれ以上何かする必要があるのか、してあげられることはあるのか。
考えるまでもなかった。
差し出されていた写本を、力強く受け取る。
「あんたらが心当たりのある場所は?」
「エルフの駐在する村・パラディスはここから遙か東。近づけば近づくほどに、知識を持つ者、影響を受けた街、手掛かりの残る場所は多いと存じます」
エルフはそもそもの頭数が減ると同時に、ニンゲンに溶け込むことはない種族。
冷酷という話もあるが、どちらかといえば他種族が彼女らに寄りつかなくなった方が正しい。
最強の盾、歴史の全てを知る者、そして蘇生術。彼女らだけが手にするものは多かろうが、彼ら専門の学者が現地へ取材に行かないのは断裂が原因だ。
しかし、エルフであれば出身は必ずパラディスだ。
有名な土地、名前だけなら誰でも聞いたことのあるほどだ。
古い土地、そして危険な土地。遷都に伴い繁栄が年々ずれたことで、余計に人が寄りつかなくなり現在の東部は戦争の過激地区でもある。
「道のりは厳しい」
「いいや、パラディスを目指す必要はない」
「というと?」
「こいつにそこまで生きる気力はないだろうから。旅をして、こいつに最適な死に方を一緒に探します」
その覚悟を恥じないうちに、何をしてるのかニヤつく寝顔を、勢いを付けた指先で弾いた。
「あいたっ!?」
淀みも変わりもない明るい声が心地よく聞こえたことに、どことなく喜び以外の感情を抱きながら自分の覚悟を伝える。
「付き合う」
「え?」
「お前の死に方探しに付き合ってやるよ。それで、死に方が見つかったら俺が手を下してやる」
ピクリと長いヒューマンの耳が揺れる。
感動の涙に、僅かなえぐみを混じらせた、そんな声でボブヘアを揺らした。
そうか、こんな見た目をしていたんだな。
10代にすら見える清純な娘は、なぜ死にたいのだろう。
「殺してく゛れる、の……?」
「お前が、それを望む限りはな」
「私を殺すまで、気持ちを変えないって約束してくれる?」
「……分かった。でも、お前の気持ちは変えさせる」
死に活を援助するのではない。
ヘルが死ぬまで、殺すまでに、グジンは彼女に生きる喜びを教える。
それでもヘルが死を望んだ時は、迷いなく手を下すまで。
それが、彼女の背中を押すことであっても、マッチを擦ることであっても。
「お前は、まだ消えていないから」
首を触った。
快感だったかもしれない。
願いが叶ったと、殺されたと、天国へ行けると思ったかもしれない。
しかし今、ヘルには命がある。
繋がった細い首が確かにある。
はにかむように、諦めて私は笑った。
「分かった。殺してね」
「臨むところだ」
絞めかけた自らの首から、手を離していた。
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