3 美しい。

((うわー……))

 

 よりによって、ヘルもグジンも二人して分からないものを問われた。

 既にグジンには、お前何歳なんだと聞かれたものの、分かるわけがないので「0ちゃいだよん」とふざけたら弾き飛ばされた。

 適当に答えても、見た目に変化がないのだから不便ないのではと思うが、専門家が直に聞きたいのだから何かに関連があるということだ。


「失礼だ。そんなこと聞くなっ」


「相談してから物言え馬鹿っ。エルフの年齢を聞いて、なんか分かるんです?」


 確かに、まずはそこを知れば年齢の詐称がやりやすくなるかもしれない。

 髪の長さが関係してるとか、精神の成熟レベルとか。

 前者なら生涯切らないことを前提に2歳、後者なら厨二がいいところだ。


「では、背中を露出して頂けますか」


「もっと失礼なこと言い出しやがった」

「最悪だこいつ」


 反射で二連発、明確な悪口を吐き出してしまい片方は自らの口を塞ぐ。

 誰も彼も、交渉に遅足なわけじゃない。

 エルフという立場がここまでカバーしきってくれるか、ここを追い出されれば確実にヘルは発狂モノだ。

 と、助け船を出したのは意外な人物だった。

 

「エルフの背中にある、年輪を見せて頂きたいのです。精霊学エルフ科の中でも、我々は特にエルフの年齢に着目していまして。仰る通り、エルフは外見で年齢が分かりかねます。その中で、年輪はそれについて非常に重要な要素なのです。説明もなく、失礼致しました」


「お、おぉ……」


 オートクだ。

 ペチンと優しく、商社マンの背中をしばくと席を替わらせる。

 こっちもこっちだが、あっちはあっちで立場は面倒らしい。


 完全に初見のリアクションを取ったことに後悔する。

 これでは、エルフ本人がエルフについて一切無知である謎のシチュエーションをグジンまで肯定したようなものだ。

 オートクの懇切丁寧な説明を素人目で頷いていいのか、悩まないといけないのも承知だが、少なくともこれを覆すことは不可能だ。

 ここは正直に説明を聞き入れた方が、一周回って正しいだろう。


「おい、出せ」


「最悪だなお前。いいよ分かったよ。それで殺してくれるんでしょ」


(……っ。)


 一息小さくつかれたものに誰も気づくことなく、やかましい部屋でヘルは自らの黒いセーラーをまくった。

 そこには、当たり前に転生前にはなかったタトゥーのようなマークが、背中に大きく掘られている。

 グジンはこのような特徴を持つ生物をこれまで見たことがない。

 光を帯する緑の円形があり、そこの下部僅かが同じ光で埋められている。残り大半は肌のままだ。


「え、何があるの?」


「え、寄生獣」


「うそぉ!?」

 

 これが年輪。

 木の幹において輪の数が木の年齢を表すように、円を満たす光の量がエルフの年齢を表しているということか。

 

「おおよそ、300年といったところですか」


「え、私300歳な――グハッ」


「いやぁ、これだけ長い時を過ごしていると年齢も忘れるってものですよねー。手間掛けさせました。あは、あはははー」

 

 そこまで否定しきってはただの記憶喪失者である。




 「ったく。300歳の熟女に服を脱げとはなんてやつ」


「そこまで言ってないし熟女はもっと見た目がババアのこと。あとその服装何なの」

 

「戦闘服」


「あそう」


 今度はグジンが適当なリアクションを返す番だった。

 1人不機嫌に服を正すエルフを放り、他の者は会話に戻る。


 ヘルが示した年輪とやらが、研究の材料になるのかは分からないが、学者連中は満足そうに微笑んでいるので問題ないのだろう。

 なら、次はヘルご希望の質問に答えて貰う番だ。


「ところで、エルフの死に方について、いい加減答えて貰えるか?」


「えぇ。構いませんよ、と言いたいところですが」


「追加要求とか許さないからな」


「勿論。ですが、この否定は、ご期待に添えないという意味です」


 意図を汲みづらい言い回しに、グジンとヘルは首が曲がる。

 この世界の交渉はどうやら面倒なものらしい。

 自殺前もいい会話なんてした記憶はないがな。

 いっそ、今までに過ごした17年と、こっちに来てからの二時間程度での発声量はどっこいといっても過言じゃあない。


「エルフの死亡方法。それはご存じの通り、ありません。老衰、病死、餓死も全て不可、当たり前にどこを切っても死亡は出来ない。不可能です」


「終わった……。やっぱりメンタル的ショックが一番効くのでは。ねぇちょっと、私への最大の悪口言ってもらっていいですか」


「この世界に、お前の生きていい場所なんかない。死ね」


「グハァッ…………ア゛……アァ……じぬ……


(本当に何なんだこの人たちは


 いや、やっぱりこれを永久に続けた方が一番死ぬ可能性を上げられそう。

 しかし、窒息死も駄目ならそもそも悪口で泡吹いたとしても、そこから死因を付けることはできないか。

 圧迫死とかどうなのでしょう。


「圧迫死、窒息死、溺死とか全部、無理ですかっ……グッ……」


「無理ですね」


「ガーーーーーー……


「あ、気にしないで下さい。情緒不安定なんで」


 まるでバグった機械を叩いて直す昭和のおかんのように、ヘルの頭を横殴りにするとグジンはなんとも平然と笑顔を保つ。

 


 商社マンは察していた。

 死にたがり。エルフの死に方を研究していると自称したが、恐らく死にたいと思っているのはエルフ本人だ。

 死にたいエルフ。別に0ではないだろう。

 多い者では3000年もの間、生き続けているのだ。

 たとえその3000年、見た目も免疫力も何も変わらず、健康面での心配が一切なかったとしても。


 どんな感情だろう。

 死にたいエルフ。裏を返せば実にまっとうな思考だ。


 しかし、この世界にエルフが死ぬ方法は存在しない。

 3000年間、変わることのない世界の常識。

 個体数の減少は、そんな自らの体を肯定しきれず、エルフ本人が生殖を拒みつつあるということだろう。



 回答を決めた商社マン――ヘヴァーは口を開いた。

 

「ヘル殿」

 

「なぁにぃ……」


「1つだけ、エルフが試したことのない死因が存在します」


「へ、ヘヴァー君っ!」


 オートクはその先の発言を察したのか鋭い声をあげる。

 しかしヘヴァーはそれを無視し、項垂れるヘルの元まで歩み寄り、力のない手を握った。

 

「っヘル!!」


 その行動が、グジンを背筋を走る悪寒で襲った。

 この学棟に入った際、流れで預かられた大剣に舌打ちがでる。

 

 ヘヴァーは学者らしからぬ速度で胸元から簡易ナイフを取り出し、それを振り切るのではなく、ヘルの首に強く押し当てた。

 流れるような殺害動作に、ヘルが紅潮したのを確認できた者はいたか。

 馬乗りになる姿勢で細い首へ全体重を掛けるとすぐに、ボキッという強い打音が鳴り響いた。



「――――え?」


「見たこと、ありませんか?エルフの一時死亡は」


 「い、一時死亡って……」


 状況が読めず、ヘルへ駆け寄る。

 首が完全に折れている。頭と体が分離したというのが明確な説明だ。

 刃物で綺麗な断面を作ったのではない、仮に技術で縫い合わせるなんてことも不可能な死に方だ。


 死んだ?戦場では最強の盾とすら呼ばれる、あのエルフが?

 それともヘルは本当にエルフじゃ――


「俗に言う扼死やくしの場合、一時死亡の継続時間は5秒。ですから間もなく……


 ヘヴァーが言葉を落とすよりも早く、ヘルの背中から緑色の光が生まれた。

 覚えの新しい、人体に似つかわしい水に照らされたような鮮やかな緑光。

 

「年輪の……


 それが正解だというように、ヘヴァーは否定という行動をしない。

 ついさっき見たエルフの年齢を表すという年輪の光は、まるで天使の羽とでもいうように体の両裏を迂回すると、明確な死因である首に着地。

 断面とも呼べない互いの切り口に、なくなった位置を埋めるかのように光が集約していた。


「これ……不死身というより


「えぇ。蘇生術です」


 息を呑むだけの時間もかからなかった。

 天使の羽は仕事を終えるとすぐに背後へ戻り、何事もなかったかのように、その空間から死体を消した。

 呼吸を止めていたヘルの死体もその後間もなく、幸せそうな表情で寝息を立て始める。

 

 はっきりと、首を落としても死なないことが眼前で証明された。

 だが、死なないという言葉が適切でないということも分かった。

 死んだ後に、必ずそれを生き返らせる蘇生術が卓越しているのだ。

 

「エルフという希少種が傷を受ける瞬間を我々が目撃する機会など、人生に一度と訪れない。しかしどれほど過激な戦争で肉壁となっても、水害に犯されたとしても、エルフは必ず生きて帰ってきた。その逸話に、人々が頑丈という言葉を残しただけ」


 ヘヴァーは既に跡形もない傷口をなぞる。

 エルフという存在を疑うような言葉を、オートクが繋いだ。

 

「実際、死と呼べるほどの時間すら流れないでしょう。扼死は、一節には死亡してから体がそれを自認するまで時間を有すことにより一時死亡が遅れますが、溺死なら気絶時点から1秒とかからず、圧死なら即座な蘇生です。”死なない”という言葉が、間違いといえる材料にはならないとでしょう」


 年輪が、彼女らエルフに『死のない蘇生』を与えている。

 しかしそれは”年輪の尽きるまで”という意味でもないのだろう。


「なら、あんたたちの研究は……


「年輪の枯渇。それが、我々が500年をかけて続ける研究テーマです」

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