咎人たちの晩餐
鍵崎佐吉
血肉と刃
寒さと空腹にただ耐えるだけだった私の日常に変化が訪れたのは、ある新月の夜のことだった。なにやら外が騒がしいと思って小屋の外に出てみれば、村のあちこちから炎が立ち上り、夜の暗闇を不気味に照らし出している。夢を見ているのかと思ったが、肌を刺すようなこの寒さは現実のものとしか思えなかった。その時、村の男が大声で叫びながら私の前を駆け抜けていく。
「盗賊だ! 盗賊が来たぞ!」
大人たちは慌てふためき、叫んだりわめいたりしながらも、やがて炎と煙に追い立てられるように村の外へと逃げていった。しかし私はどうすればいいのかわからない。彼らについていったところで養ってくれるはずはないし、かといって自力で生きていくだけの力もない。けれど先のことを考える前に、どうしようもなくお腹が空いていたので、家主のいなくなった近くの家を漁ってみることにした。
家の中は散らかっていて、大急ぎで必要なものだけをかき集めて外に出たのだということがうかがえる。戸棚の中を覗いてみるとまだ食べられそうな黒パンがいくつか転がっている。私はそれを手に取ってただ夢中で貪った。一つのパンを丸ごと平らげるなんて、いったいいつぶりのことだろうか。味なんてろくにわからなかったが、それでも私の食欲は満たされる気配はない。そして二つ目のパンにも手をのばそうとした時、家のドアが開いて無精ひげを生やした目つきの鋭い男が一人入ってくる。その手に握られた大振りのナイフには鮮やかな赤色がこびりついていた。
「……なんだ、お前」
そう低い声で呟いた男は、私と部屋の様子とを交互に見比べる。私は男の持つナイフから目を離すことができない。そのうえドアを塞がれてしまってはここから逃げ出すこともできない。しばらくして男がまた口を開いた。
「お前、同業者か?」
「……どーぎょーしゃ?」
「盗人かって聞いてんだよ」
どう答えるべきかはわからなかったが、嘘をつくだけの余裕は私にはなかった。手にした黒パンを見つめたまま私は答える。
「これは私のパンじゃない」
「そうかよ」
そう言うと男は自分も戸棚の黒パンに手をのばし、まるで最初からこの家の主だったかのように悠然と椅子に腰を下ろした。
「じゃあ、今日からお前も仲間だ」
それが私とアルバートの出会いだった。
盗賊団は全部で18人、そのリーダーをやっているのがアルバートだった。彼らは根城を持たず各地の村や農場を襲っては金や食料を奪い、それが尽きるとまた別の獲物を探して移動するという暮らしをしていた。必要であれば人殺しも厭わない連中だったけど、
そんなアルバートの気まぐれで盗賊団の一員になった私は、思いのほかあっさりと仲間として受け入れられた。どうやら他の団員もその多くは似たような経緯でアルバートと行動を共にするようになったらしい。皆よりも一回り年下だった私はレニーというあだ名をつけられ、まるで末の妹のように可愛がられた。彼らが救いがたい悪人だということはなんとなくわかっていたけど、私にとってそれは生まれて初めて手に入れた繋がりだった。
私がいた村を離れてしばらくは当てもない放浪の旅が続いた。時には森で狩りをしたりしながらどうにか食い繋ぐ綱渡りのような日々も、たった一人で物乞いや残飯漁りをするのに比べればずっとマシだった。盗賊団にはアルバートを除いて序列は存在せず、食糧は皆で平等に分け合った。だけどその中でも少し特別視されている人間もいて、彼は皆に「男爵」と呼ばれていた。
その名の通り元は男爵家の次男だったそうだが、家督争いに敗れて家を追い出され、絶望の中で当てもなくさ迷っていたところをアルバートに拾われたらしい。しかし彼が皆から一目置かれているのはその出自ゆえでなく、彼自身の能力、つまり料理の腕によってだった。料理といえば焼くか煮るかくらいしか知らない私たちと違って、彼は食材や調味料に関する正しい知識を持っており、常に空腹を持て余している私たちにとってかけがえのない存在だった。
その男爵の真価が発揮されたのは、山間の小さな村を見つけてアルバートが襲撃の指示を出した夜のことだ。闇に紛れて村に近づき、家に押し入って住人をたたき出す。抵抗する者は容赦なく殺し、侵入を阻まれた家には火を放つ。私は荒事には不慣れな男爵と共にその様子を見守っているだけだったが、夜が明ける頃には村は完全に私たちの支配下となった。一仕事を終えたアルバートは村で一番大きな家に男爵を呼び、そこにある食材で宴の準備をするように言った。村の倉庫にはパンも芋もたくさんあったし、鶏も飼われていたから肉や卵だって食べられる。そしてその日暮らしの私たちは冬の蓄えなんか気にせずに、今好きなだけそれらを味わうことができる。この村の人間は飢えて死ぬかもしれないが、自分たちがそうなるよりははるかにマシだ。男爵は恭しく頭を下げると、すぐに自らの仕事に取りかかった。
「今の私にとってはこれが何よりの生き甲斐なのですよ。貴族として安穏と生きていた時よりも、はっきりと己の生を実感することができる」
料理の手伝いをする私に男爵はそう語ってみせた。そしていくつかの簡単な料理、豆のスープとか芋の塩茹でとかの作り方も教えてくれた。私はただそれが嬉しくて、いつしか他人の糧を奪うことに何の疑問も抱かなくなっていた。
男爵の作った料理の中で特に私のお気に入りだったのはオムレツだ。それまで卵なんて食べたこともなかったけど、そのフワフワとした黄色い塊をスプーンですくって口に入れた瞬間、生まれて初めて「美味しい」という感覚を理解することができた。口の中に広がる卵の仄かな甘み、刻まれた玉ねぎとチーズが混ざり合い、柔らかな後味を残して喉の奥へと消えていく。そこにはただ命を繋ぐための儀式ではない、本当の意味での食事があった。
そうして男爵の料理を夢中で頬張る皆を、アルバートは静かな微笑みを浮かべて見守っているのだった。
「お前もそろそろ戦えるだろ」
ある日、前置きもなくアルバートはそう言って私に弓矢の扱い方を教え始めた。それはいつか私も人を殺す日がくるかもしれないということに他ならなかったが、すでに私にはそれを拒む理由もなかった。これは狩りと同じなのだ。私たちはただ生きるために奪い、食べるために殺す。相手が人間だろうが獣だろうがやっていることは変わらない。
私が自力で鹿や猪を狩れるようになった頃、アルバートはとある港町に目を付けた。そこそこ大きな町で一筋縄ではいかなそうだったが、男たちが漁で遠洋に出ている隙を狙えばいい、とアルバートは言った。そして私に町の様子を探ってくるように命じたのだった。アルバートが私を選んだ理由はわかる。一番年少で女の私ならさほど警戒されることなく潜り込めると考えたのだろう。だとしたら私はアルバートの期待に応えなければならない。私はどこか心配そうな表情を浮かべる皆に見送られながら、一人でその港町へと向かった。
初めて見る海はあまりにも広大で少し怖かった。町の市場には多くの人が行き交い、見たこともない食材がたくさん並んでいる。ここを抑えて食料を確保するのが一番の目標になるだろう。ただここは人は多いが皆どこか忙しそうで落ち着いて話ができる雰囲気ではない。情報を集めるなら他の場所へ行った方がいい。まず思い浮かんだ場所は酒場だったが、まだ昼間で人も少なく、そもそも私一人ではすんなり入れてもらえるかどうか怪しいところだ。そうして当てもなく町を歩いていると、小綺麗な三角屋根の建物に多くの人が入っていくのが見えた。しばらく観察してやっと気づいたがそこはどうやらこの町の教会のようだった。私がいた村にあった家畜小屋のようなおんぼろ教会とは雲泥の差だ。私は人の波に紛れて教会の中に入り、目立たない隅の方に腰を下ろす。やがて白い髭を生やした男が現れて、集まった人々に対して穏やかな声で語り始める。
「皆さん、今日もお集まりいただきありがとうございます。まずは日々の恵みに感謝を込めて、祈りを捧げましょう」
男がそう言って胸の前で手を組むと周りの人もそれに倣う。私もその所作を真似しながら、いったいこの動作に何の意味があるのかと考えていた。短い沈黙が終わると男は再び集まった人々に話しかける。神は恵みをお与えになったとか、日々の感謝を忘れてはいけないとか、近頃の天候がどうだとか、どうにも私にはよくわからないしあまり興味も湧かない話ばかりを続けて、それが終わると集まっていた人たちも散り散りになっていく。私も頃合いを見て抜け出そうとしていたのだが、あの髭の男は私の姿を見るとなぜかゆっくりとこちらに近づいてきた。逃げ出すのもどうかと思ってそのまま座っていると、男は穏やかな微笑みを浮かべて私に話しかけてきた。
「こんにちは、お嬢さん。ここへ来たのは初めてかな」
「ええと、まあ、うん」
「名前を聞いても?」
「レニー、です」
男は私の隣に腰掛ける。警戒されているわけではなさそうだが、うっかりぼろを出さないようにしないと。男は私の緊張を知ってか知らずか、穏やかな声で質問を続ける。
「随分若く見えるけれど、おいくつかな」
「多分、15くらい」
「両親はこの町に?」
「その、住んでた村が盗賊に襲われて、それでここまで来たの」
「ああ……それはさぞ大変だったろう。君は多くの苦しみを乗り越えて、ここへやって来たんだね」
「まあ……」
私もその盗賊の仲間なのだ、とは言わなかったが、別に嘘をついたわけではない。男はどこか遠い場所を見つめながら、語り聞かせるようにゆっくりと言葉を吐き出す。
「人生には多くの苦難がある。時には何かを憎み、全てを投げ出してしまいたくなることもあるかもしれない。だけど私たちには明日を望む力が備わっている。ささやかな祈りさえ忘れることがなければ、いつか必ず救われる日が来るだろう」
「はあ」
「教会には仕事はないが、ここは気のいいやつらばかりだからね。事情を話せばきっと雇ってもらえるはずだ。そうすれば君にも安らげる居場所ができる。もちろん、悩みがあればいつでもここへ来てかまわない」
「そう、ですか」
「……レニー、あなたの幸福を祈っているよ」
そう言って男は去っていった。結局男が何をしたかったのか私にはさっぱりわからない。私を幸せにしたいなら、パンの一切れでも分けてくれればいいのに。でも仕事を探すふりをして情報を集めるというのはいい考えだ。私はさっそくそれを実行に移すことにした。
私の仕事はアルバートにとって満足できる出来だったようだ。人の集まる場所、時間帯、そして食料の在処、それらがわかれば後は私たちの手際次第だ。
「レニー、お前は俺と来い」
アルバートにそう言われたのは、私にとってこの上なく誇らしいことだった。
男たちが漁に出たのを見計らって、私たちは町へと忍び込んだ。私たちの役目は教会に集まった人間を捕らえて人質にすること。アルバートが教会の扉を蹴破って中へ入っていくと、低いどよめきが湧き上がる。するとあの髭の男が一歩前へと進み出て抗議の声を上げた。
「お待ちなさい。ここは平和と祈りのための場所です。それを踏みにじるような真似は——」
そこまで言って、男はアルバートの隣にいる私に気づいたようだ。しばらく驚愕の表情を浮かべて立ち尽くしていた男は、やがて絞り出すような声で私に問いかけた。
「お嬢さん、どうしてこんなことを……」
「愚問だな」
アルバートはそれだけ言うと、私の方を見て軽くあごをしゃくった。私はその意味を正確に理解した。矢をつがえ、弓を構え、力の限りに弦を引き絞って、男の胸へと放つ。何度も練習して私の体に染みついたその動作は、予想していた通りの結果を生み出した。矢が空を切る鋭い音と甲高い悲鳴が教会に響き、胸を貫かれた男が血を吐きながらゆっくりと床に倒れ込む。いつかは訪れるだろうと想像していたその光景を見て私が感じたのは確かな達成感だけだった。
「なぜ、こんな……」
かすれた声でそう呟く男に私は告げる。
「お腹が空いたの。だから、とっとと死んでくれない?」
わずかな沈黙の後、男は目を細めて何か聞き慣れない言葉をこぼす。そしてごぼりと血の塊を吐き出すと、ゆっくりと目を閉じそのまま静かに息絶えた。
町を制圧した後、男爵の姿が見当たらないのであちこちを探し回っていると、彼は教会の裏手に大きな穴を掘っていた。穴の底には少し土をかぶった棺が一つ放り込まれている。私に気づくと男爵は低い声で静かに言った。
「あなたが射殺したあの男ですよ」
「どうして埋めてるの?」
「そうですね。……なんとなく、そうした方がいいように思えたので」
「ふーん」
「少し手伝ってもらえますか」
私は早く男爵の料理を食べたかったので言われた通りに彼を手伝い、棺の上に土をかぶせて穴を埋めた。一息ついた男爵はしばらく黙って俯いていたが、やがて棺の中の男が言っていたのと同じ聞き慣れない言葉を呟いた。
「それ、どういう意味?」
男爵は少し驚いたような顔をしたが、すぐに苦笑いを浮かべて普段と変わらない優しい声で言った。
「まあ、おまじないのようなものです。レニーは気にしなくていいですよ」
そうして、それ以上は何も教えてくれなかった。
その日の宴は今までにないくらい豪華なものだった。肉も魚もとても一晩では食べきれないほどの量がある。男爵の作る料理も見たことのないものばかりで、部屋の隅で怯えている町の住人たちを尻目に私は片っ端からそれらを貪った。
中でも特に美味しかったのはパエリアという料理で、海の食材はどれも今まで感じたことのない味がして面白かったし、柔らかく煮た粒のようなものに色んな味が染み込んでいて飽きることがない。こんなに美味しいものが食べられるならずっとこの場所にいた方がいいのではないかと思ったが、アルバートは十日ほどでこの町を発ってまた新たな獲物を探すことにした。ずっと同じ場所に居座っているとやがて国に目を付けられて討伐隊というのがやってくるらしい。
「俺たちは死ぬまで歩き続けるしかないのさ」
そう言ったアルバートの目は遥か遠く、ここではないどこかに向けられていた。だが例えどこへ行くことになっても、私はアルバートや仲間たちと一緒に生きていくつもりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます