第5話 初仕事
初仕事の内容は清掃と片付けだということで、今日は汚れても良い服で来てくれ、との報せがあった。
越してきてすぐにそんな出会いがあるとは露とも思わず、どちらかと言えば余所行きの服ばかりを持って来ていた僕は、朝になってからその事実に気付き、あれこれ放り投げて迷っていた。
ようやく高校の頃に使っていたジャージが出て来たのは、探し始めてから一時間以上が経った後だった。
時計を確認すると、予定の時間少し前。
肉体労働になるだろうからと朝食をゆっくり摂ってから出るつもりだったのに。
僕は急いでそれに着替えると、簡単な荷物を纏めて家を出た。
昨日歩いた夕刻とは違い、春先の昼間は仄かに温かく、風が吹けば少し寒さを覚えるような、微妙で曖昧な気候である。
まだまだ見慣れない景色ではあるものの、昨日とはまるで違った印象に思える。
そんなことを考えながら歩くこと、数分。
『本庄古書堂』が見えて来た。
既に扉は開けられていて、店主の本庄さんが、早くも作業を開始しているようだった。
外に出された物を横目に、店の中へと入ってゆく。
丁度、昨日僕も入ったあの扉から、その姿が出て来た。
「あ、おはようございます、神前さん」
朝から、澄んだ声がスッと耳に馴染む。
昨日とは打って変わって、地味なジーパンにTシャツという装いだが、それすら着こなせているように見えてしまうビジュアルの良さたるや。
「おはようございます、店長……店主? すぐに準備します」
「慌てずとも構いませんよ。それに、私のことは名前で呼んでくださって結構です。店長、店主なんて、呼ばれたことがありませんから」
「社会人と共に働き始めるので、線引きはやっぱり必要かなって……」
「上下のある職場でもありませんし、もう少し気楽な方が良いでしょう?」
「……では、本庄さん」
「ええ、それで」
彼女は満足そうに微笑むが、やはりどこかむず痒い。
何とも言えない気持ちを飲み込みながら、荷物を適当なところに置く。
「そう言えば神崎さん、地元は鳥取県なんですよね?」
「え? ええ、はい。どうかなさいましたか?」
「大したことではないのですが、鳥取県の方って、訛りが強い印象があるな、と思いまして」
「ああ、そういう。意識してセーブしてるんですよ。ここ、標準語でしょう?」
田舎臭いと思われたくない、というわけでもないけれど、鳥取の方言は往々にして、言葉の意味自体伝わらないことがよくある。
親や祖父母の知り合いと話していて、聞き返されたり、意味の説明を求められるなどということも何度か経験した。
「なるほど、そういうことでしたか」
本庄さんは、納得したように頷いた。
「話そうと思えば話せますけど、別に面白いものでもありませんし」
「面白くないこともないですよ。私、各地の方言とか訛り、好きなので」
「えー、そういうものですか?」
「そういうものです。憧れとか、ありませんか? 博多弁とかとても可愛らしいと思うのですが」
「博多――は、分かるかも。九州の方の方言は、確かに良いですよね」
昔、各地の方言で何々というワードを言う、みたいな動画を見たことがあるが、九州、特に博多弁は別格だった。
同じ言葉でも、伝わり方が全然違う。
思い出してようやく、本庄さんの言わんとするところが伝わった。
「さて――早速で申し訳ありませんが、神前さんには力仕事を手伝って頂きたく、幾つかお願いをしようと思うのですが」
「何なりと申し付けてください」
気合十分、袖を捲りつつ答える。
「ふふっ。若いって良いですね。それでは――」
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