129話 物騒な警備員
アカリと斬輝による死闘の幕は下りた、アカリの勝利によって。漆黒の機械武者は首を
その装甲の各所には赤熱した切創が残り、首の切断面からは微かな火花が散り、焦げた匂いが立ち込めている。
北辰の鎧武者、カゲロウ・シェルターに散る――か?
「…………って、アカリっ! 大丈夫か⁉」
ハッと我に返り、アカリに駆け寄る。
近寄ってみれば緋閃の胸部装甲の一部は深々と裂け、赤黒い焦げ跡が大きく覗いていた。
機体が稼働限界を迎えたのか装甲の各所から白い蒸気が絶え間なく吹き出ていて、彼女の周囲は蒸し風呂のような熱気を感じる。
「はぁ…………ふっ、勝ったぞマヒロ!」
息を切らしながらもアカリはニヤリと笑い、余裕さを見せつける。だが、その笑みに混じる疲労は隠しようが無い。
それは激戦を生き延びた者だけが見せる戦士のなのだと思った。
「ワフゥ……」
気付けば俺の後を追って他の仲間たちも駆けつけてきていた。
キナコがアカリの傍に寄って心配そうに小さく一鳴きして顔を覗きこみ、カールはポスンと彼女の近く座り込んで、つぶらな瞳で蒸気を噴き出し続ける装甲スーツを観察していた。
ヌイグルミ然とした見た目のせいで間が抜けて見えるが、その仕草はどこか真剣だった。
「無茶をするね、君は」
最後にゆっくりと近寄ってきた澄実香がどこか呆れたような眼差しをアカリに向け、懐から携帯端末を取り出す。
「スーツのリミッターを外したね? アレはハードとソフトの双方に相当な負荷が掛かる筈だよ。あれだけ動いてよく関節部がイカれなかったね」
「仕方なかろう、近接戦闘で勝つにはあれしか思いつかなかった」
「せっかく射撃武器があるんだからそっちも使わないと……」
正論言われたアカリはばつが悪そうに応じる。
「許せ澄実香、なんとしてもブレードだけで倒したかったんだ。そして奴の方が技術的には一枚上手だった、だから勝つ為にアレを使った。後悔はしていない」
その言葉に、俺は内心で舌を巻いた。
リミッター解除――厳密には違うのだろうが、オーバークロック機能のようなものか。
アカリと澄実香
また無茶な……あの距離なら内蔵機銃ぐらいは撃てただろうに。
なんとしても近接武器のみで倒す――その覚悟は立派だ。しかし、それで死んだら意味ないだろうに……。
後悔は死んだらできないからな、ここは大いに反省してもらいたいものだ。
「しばらく――五分程冷却が必要だ。動けないから少し待っていてくれ」
そう呟くアカリの周りで俺たちは無理に手を出さず、ただ見守るように機体の冷却が終わるまで待つ。
その少し離れた場所では、セラスが倒れた斬輝の機体を検分していた。
能面を張り付けた様な無表情の顔――いや、面頬をジッと見つめ、そっと何かを確かめる様に手をかざしていた。
「セラス、なにをしてるんだ? そいつはもう動かない、よな?」
「はい、念の為に完全に機能停止させておきます。万が一にも再起動されては困りますので」
「ああ……生身の人間じゃないからな。首を刎ねても動き出しそうだな」
いつもの落ち着いた口調で言いながら、彼女の瞳には油断の色は一切なかった。戦闘後でも警戒は解かない。
うーん、流石は自称万能多目的。普段の言動はアレだが、頼れる機械人形だ。
俺は蒸気を纏って膝をつくアカリとその背後で倒れる機械の鎧武者を見比べる。
旧世界の亡霊を打ち破った彼女の姿が妙に神々しく見える――その場にいた誰もがそう感じていると思いたかった。
そんな他愛もないことを思っている俺を他所に、熱気を纏ったままのアカリは冷却が終わるまで黙って床に跪いたままだった。
彼女の装甲スーツは深紅の鉄塊が呼吸しているかのように、機体各所の排熱口や装甲の隙間から白い蒸気を噴き出している。
胸部装甲の損傷は他に比べて激しく、裂け目からは焦げたフレームの一部が覗いていた。
それが生き物が負った傷口にも見えて、見ているこちらの胸がチクリと痛む。
そして、そんな静かな空気を破ったのはやはりあいつだった。
「ワォッ! ホントに熱いねぇ、これ」
クマのヌイグルミ型機械人形――テッド・ランチャーの操縦者であるカールが、モフモフの巨大な指先でアカリのスーツをツンツンと突き始める。
普段は格納している爪を伸ばして、高温状態の装甲を恐る恐る触っている。
「うわ、スーツの温度……これ、目玉焼きが出来るんじゃないの? なんならベーコンも追加でどうだい、アカリの三分クッキングッ!」
場の空気を乱すカールの冗談に、アカリはゆっくりと視線を向ける。顔に汗を滲ませながらも、口元には不敵な笑みを浮かべる。
「このままお前を抱きしめて、じっくり焼いてやろうか?」
「ぎゃあっ、ご勘弁を~っ! 僕の玉のお肌が焦げちゃう」
カールは情けない声を上げながら、笑い混じりに走って離れていく。
テッド・ランチャーの丸っこい足をコミカルに動かしながら、斬輝を検分しているセラスの方へと逃げていった。
「……平常運転だな、あいつは」
俺は小さく笑い、今だに蒸気を吐き続けるアカリへと目を戻す。
そのすぐ傍では澄実香がなにやら作業をしていた。手元の携帯端末を使ってワイヤレスで装甲スーツの状態を調べているようだ。
その端末の画面に表示される数値群を真剣な表情をしながら忙しなく目で追っている。
「各所の微細な損傷は問題無し、これは帰還後に修復すればいい。バッテリーは消耗が著しいけど正常に稼働中。でも、胸部装甲の裂傷はかなり深いね。フレームまで届いてる。これ以上の実戦行動はお勧めしないよ」
そう言って、彼女はツールバッグから小さな金属ケースを取り出した。
それは、以前アークモールで入手した旧世界の応急修復ユニットだった。アカリが所持していた筈だが恐らく澄実香に手渡していたのだろう。
澄実香はそのケースを手際よく開封し、内部の樹脂性の自動補修剤と極薄フィルム状の再構築パネルを丁寧に取り出す。
「とりあえずこれで処置しておこう。でも、君は帰り道の戦闘に参加しちゃ駄目だからね。いいね、アカリ君?」
「ふんっ、わかっている」
補修作業を受けながら、アカリはやや不満気に答えた。
あれだけ派手に暴れておいて、その上まだ戦いたいのか? バトルジャンキーじゃないんだからさ……。
「なあマヒロ、私のわがままを聞いてくれて……その、なんだ……ありがとう」
「……心配させるなよ、アカリ。見てる方は心臓に悪いぞ」
俺は真っ直ぐに彼女を見る。
「あの速度での斬り合いだ。もし援護射撃をしようものなら誤射していたかもな」
「ふっ、だろうな。澄実香からもお小言をもらったからな、次からはちゃんと銃も使うさ」
アカリは軽く笑って、僅かに顔を上げた。表情にはいつもの気丈さが戻っていた。
――それから十分後。
補修と冷却を終えたアカリは装甲スーツをを駆動させ、ゆっくりと立ち上がった。
戦闘は無理だが普通に動かす分には問題ないようだ。アカリは肩を軽く回してスーツの挙動を確認し、小さく頷いた。
「うむ! 問題無い、いつでもいけるぞ」
「それはようございました、アカリ様」
セラスが首を刎ねられた斬輝の体を調べ終えて、こちらへと静かに歩み寄ってきた。
「対象の機能停止処置を完了。自律再起動の可能性はゼロです」
そう告げると、彼女は俺の前で一礼するように軽く頭を下げた。
「対象機――機械人形・斬輝の機体は私のポータル機能でベヘモットの格納庫に転送済みです」
「そうか、ご苦労様」
俺が特に驚きもせずに応え、セラスは淡々とした口調で続ける。
「もったいないお言葉。それで、あの機械人形の処遇なのですが――」
彼女は言葉を区切ったあと、携帯端末に視線を落とした。
「あの機体の構造や戦闘アルゴリズム、そして唯一の兵装である高周波刀。いずれも旧世界でも高度な軍事技術が使われています」
「……ふむ。どうするつもりなんだ、あの機械人形をさ」
俺の問いかけに対して、セラスはいつもの無表情のまま答えた。
「はい。頸部の切断面は非常に滑らか、そして内部構造の損傷も軽微。再接続は容易だと判断します。他の軽微な破損個所も合わせて修理を施します」
「修理……ということは?」
「はい。自宅ガレージの警備ユニットとして再利用しましょう」
「……えぇ、マジかよ」
俺は思わず眉をひそめ、呆れ半分で呟いた。半ば予想していた答えだったが、いざ言われてみるとこういう反応になってしまうな。
「自宅警備員ってことだろ? 物騒過ぎないかな、殺る気満々の武器を持ってるんだが?」
「そうですね。閉鎖空間であの鎧武者に遭遇する泥棒は……まあ、お気の毒としか言いようがありませんね」
それって斬り殺す前提ですよね?
「俺だったらすっ飛んで逃げるね、逃げきれるかどうかはわからんけどな」
おもわず声を上げる俺の隣で、キナコが「ワンッ」と小さく一吠えする。お前も同意見か、キナコ?
「まあ、あれだ。斬輝が居て? フィラメントスパイダーも居る。ということは……」
一旦言葉を区切り、軽く息を吐く。そう、自宅の警備は万全なものになる。
「これで安心して遠出できる――ってか?」
「くふふっ、それは助かるんじゃないかな? 頼もしい警備員だね」
そう言ったのは澄実香だ。実に楽しそうな表情で俺とセラスのやり取りを聞いている。
「あの機械人形の修理は任せたまえ、マヒロ君。旧世界の機械人形をいじれるなんて滅多にないチャンスだ。あの機体に触れられるだけで指先が震えてくるね。くふっ……」
「楽しそうだな、澄実香」
「旧世界の遺物なんだ、研究者冥利に尽きるね」
そんな会話をしているとセラスが先を急ぐように促してきた。
「マヒロ様、そろそろ奥の隔壁へと進みましょう」
「ん、そうだな。あの鎧武者が通せんぼしていた先になにがあるのか、確かめてみようじゃないか」
一休みしていた俺たちは、再び動き出す。
然程時間も掛からずに、一同は格納庫の最奥にそびえる厚い隔壁の前へと辿り着く。
この先にナニかが眠っている。それが斬輝以上のナニかかどうかはわからないが、確かめる価値はあるだろう。
「それじゃあ、セラス――――」
「はい、いつものを」
お決まりの重力操作で隔壁を開ける為、彼女が俺たちの一歩前に立つ。隔壁の向こうに何が待つのか――それはまだ誰にもわからなかった。
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