128話 地下八階 北辰の鎧武者
「よし、ここからは巻きで行こう。地下八階まで探索などの寄り道は無しってことでいいよな?」
俺の言葉に一同が頷く。
セラスが地図データを出力した携帯端末を確認しながら俺たちを先導する。
先ほど中枢ネットワーク制御室の端末からダウンロードした施設内データが、俺たちの移動速度を上げていた。
地下六階。
降下用通路を抜けて足を踏み入れた先は、広大な区画が広がる階層だった。
無数の扉が壁面に並び、廊下は幾重にも枝分かれしている。古びた案内板には「副管制区画」や「調整試験室」などの文字が辛うじて読み取れた。
かなり広い、ここを全て探索するのは骨が折れるだろう。もっとも、俺たちは通り過ぎるだけだが。
しかし――――。
「……静か過ぎる」
俺が思っていたことを、アカリが代弁するようにボソリと呟いた。
それに応えるように、キナコがスンスンと鼻を鳴らす。反応を見るに異常は無いようだ。
だが、それが逆に胸にジワリと嫌な予感を染み込ませる。
「確かに静かだね。この広さだ、警備用オートマトンと機械人形の一体や二体は出てきてもおかしくないのにね……」
澄実香もケモ耳をピクピクさせつつ、不気味な沈黙を保っているフロアの様子に眉をひそめた。
そして、カールがテッド・ランチャーのボディを小刻みに揺らしながら声を上げる。
「確かに変だよね。もっと、こう……ゴソゴソ~っとした音とかするもんじゃん?」
「……まるで、誰かが先に来て掃除していったみたいだな」
重突撃銃を構えた状態で移動しながら、そう呟く。
だが、アカリの装甲スーツやセラスのスキャンによれば俺たち以外の動体反応は皆無。
これ幸いと俺たちはこの階の部屋を無視し、最短経路で降下通路へと向かっていった。
そして、地下七階。
七階も上の階と同様に、異様なまでに静まり返っていた。
多数の実験室らしき部屋の中には大型実験機材、ナニかを保管していたガラス製のチャンバー、倒れたまま放置された大型アーム群などが多数見受けられる。
それらはどれも経年劣化はしているが、戦闘による破壊痕は無い。そして暴走した機械人形やアンドロイドの姿も無かった。
「スキャン範囲内、動体及び熱反応無し……まるで全てが静止しているようですね」
セラスの声がフロア内に静かに響く。
俺はふと、背筋に冷たいものが這い上がるのを感じた。
(六百年前、なにがあったかはわからない。こうも静かだと逆に不安になってくる、敵の一体も出て来てくれば落ち着くんだがな……)
不穏な予感を胸に抱きながら、最後の降下通路へと足を向ける。
地下八階。なんの妨害も無く通路を下っていくと、電子ロックの施された巨大扉が俺たちの行く手を遮った。
セラスが重力操作で強引に扉を開放させて扉を潜ると、ヒンヤリとした空気が頬を撫でていった。
腐敗臭などは感じない。けれど静けさを孕んだ空気――まるで時間が止まったかのような空間だった。
地下八階だからそう感じるのだろうか?
「……広い」
俺は思わず呟いた。
地下八階は複数の巨大格納庫が連結されているようで、まるで地下都市のような構造をしていた。
天井が高く、金属製の支柱が梁を支え、古びた照明の名残が点々と残っている。かつてはここに、何十、何百という兵器が収められていたのだろうか?
だが、今やそのほとんどが朽ち果て、ただの残骸と化していた。
「人型兵器の……残骸? ふむ、アンドロイドに機械人形と色々有るね」
澄実香が俺の隣で目を細めて周囲を観察している。
「機械の残骸は多いのに人間の死体らしきものは全く見かけませんね……ああ、そちらが最奥になります――――」
入り組んだ通路の途中には、破壊されたアンドロイドの下半身や、焼け焦げたその義肢が散乱している。
ある格納庫内では、ガラス製の保存容器が中身ごと崩壊し、錆び付いたアームと冷却コイルが床に散乱している。
製造ラインだったらしい部屋は壁面にアームの名残を残すのみで、機械油の乾いた臭いだけが漂っていた。
「うへぇ……ポツンと顔だけ置かれてるよ。マスターさん! ホラーですよ、ホラー!」
それは、胴体のない女性型アンドロイドの頭部だった。瞳の部分は抜け落ち、剥き出しのフレームがこちらを見上げている。口元が微かに笑っているように見えて、妙に不気味だった。
そんな頭部をカールが助走をつけて蹴り飛ばす。だだっ広い部屋の中を硬質な音を立てて丸い頭部がどこまでも転がっていった。
「カール、遊んでいると置いていきますよ」
「まあ油断せずに奥に進もう」
「ワフッ」
俺たちは警戒を強めつつ、更に格納庫群の奥へと歩を進めていった。
やがて、ある一区画へと差しかかった時だった。
「マヒロ様、お待ちください」
セラスが小さく声を落とす。その声に一同が足を止め、セラスが見つめる先に皆の視線が集中する。
その場所だけ空気が違った。張り詰めたような圧力と、緊張感が肌を刺す。
格納庫の中央――奥の格納区画へ続く大きな隔壁の手前に、それは立っていた。
巨大な格納庫内は異様な静けさが支配していた。その沈黙の中を黒き機械の武者が仁王立ちしている。
全高は二メートル以上――――三十……いや、四十センチか?
漆黒の和風甲冑型装甲に覆われたその機体は、まるで古の戦国武将の亡霊のようだった。
人の顔に相当する部分には鎧兜の面頬のような意匠になっていた。
両目に相当する部分は眼球が無く、黒い眼窩を覗かせている。見ているだけで得体の知れない威圧感が皮膚を刺す。
「――該当データ有り。北辰防衛機構の機械人形です」
隣に立つセラスが、目の前に立ち塞がる鎧武者の説明を始める。
「HKG-07『
出たよ北辰……。
対戦車シリーズとは別のシリーズのようだが、なぜに鎧武者なんだ?
「うーむ……鎧武者なのは百歩譲ってまあいいとしよう。それで、性能はどうなんだ?」
俺が唸ると、セラスは頷きながら説明を続ける。
「主設計思想は、近接兵装のみによる対人制圧。遠距離火力や銃器は一切搭載されていませんが、極めて高度な近接格闘アルゴリズムと瞬間演算処理能力を誇ります。主武装は高周波刀『カゲロウ・ブレード』。刃渡りは約一メートル弱。刀身は微細振動と熱刃フィールドを発生させる複合構造で、一撃で戦車や重量級装甲スーツを両断可能です」
「剣豪系の殺人機械ってか? またピーキーな……」
セラスはさらに言葉を重ねる。
「加えて、あの機体には特殊機能として幻影分身モジュールが搭載されています。最大三体までの光学式ホログラムを形成し、位置撹乱・攻撃誘導を狙う機能です。ご注意下さい」
ご注意も何も、遠距離から攻撃すれば終わりそう――――。
「つまり、速くて強くて紛らわしいってことだな!」
静かに、だが確かな口調でアカリが吠えた。何故かやる気に満ち溢れた表情をしている。
まさか……。
「おいおいアカリ君。まさか君、アレとチャンバラでもしようってんじゃないだろうね? 止めといた方がいいと思うけどね……」
澄実香の諫めるような言葉を完全に無視、彼女の両目にはまるで炎が宿っているかのようだった。
「剣で来るというのなら、こちらも剣で相手をしてやろうじゃないか!」
アカリは装甲スーツの腰にマウントされた高周波ブレードの柄に手を掛ける。躊躇いもなくそれを引き抜き、軽やかに一振り。甲高い風切り音が格納庫に響いた。
「私がやる、やらせてくれ」
アカリが一歩、前へ出た。
「待てアカリ、一人でやる気か⁉」
「相手は遠距離武器がありません、皆で射程外から攻撃して倒すという選択肢がベストだと思われますが?」
「そうだよ、アカリ。背中のミサイル撃って倒しちゃえばいいんだよ、ついでに僕も腹部のミサイル撃っちゃうよ!」
思わず声を上げた俺と冷静なセラス、そして無邪気なカールに対して彼女はいつものようにニッと笑って応じる。
「ああ、それが一番利口なやり方だろうな。だが、それでもやらせてくれ。なに、機械如きに遅れは取らん、そこで見ていてくれ」
彼女が纏う紅い装甲スーツが静かにスラスターを噴かす。
両手に持つのは、高周波振動式の近接ブレード二振り。対して、鎧武者の腰にはただ一振りの高周波刀のみ。
静かに構える両者の間に、無音の風が吹いた。
俺たちはそれ以上、言葉を挟まなかった。ここからは人と機械の剣士の、命のぶつかり合いだ。
俺たちの前に立ち塞がる、漆黒の殺戮機械。
『斬輝』。旧世界製の戦闘用機械人形。
甲冑装甲を纏った武者人形――その黒い眼窩の中心が赤く妖しく発光し、アカリを見下ろしている。
その腰に
アカリがそれに二刀で挑む。
「……行くぞ!」
アカリがブレードを構え、一歩踏み出す。真紅と漆黒――紅と黒の二つの影が無言で対峙した。
次の瞬間、空気が爆ぜた。
それと同時に甲高い金属音が周囲に響き渡る。アカリの二刀が閃き、抜き放った斬輝の大太刀がそれを受け止める。
互いの刀身が削れるのではないかと思う程に火花が飛び散る。
「速い、どっちも」
「目は良い方だけど、見るのが追いつかないね。俯瞰してるのにこれなんだ、近くで振るわれたら一溜まりもないね」
澄実香の感想はもっともだ、どちらも常人の反応速度を超えている。斬輝の方は機械人形だからわかるが、アカリもそれに負けていない。装甲スーツのアシストのおかげだろう。
一太刀、二太刀、三太刀――音が追い付かない。両者の斬撃と防御が同時に行われる。
アカリの剣は鋭い。二刀によるコンビネーション、斬り上げと薙ぎ払い、相手の突きを捌いてからの返し。だが、斬輝はただ刀を振るうだけではなかった。
「ちぃっ⁉」
アカリが一歩後退する。奴は打撃を混ぜてきた。
ただの剣戟ではない、刀と拳、膝、肘、甲冑の全身を使った殺人術。まるで古流の体術のように、剣の間合いで斬り、捌き、殴る。
「打撃……そりゃ、刀だけじゃないよな」
「重量はゆうに五百キロを超えます、その重量と機械人形の膂力でもって殴られればタダでは済まないでしょう」
俺の言葉を遮るように、セラスが冷静に補足する。
「それに近接格闘ルーチンを標準搭載しているでしょう。近接戦の最適解として、刀法と打撃を混合しているのでしょう」
「ふ~ん、流石にこの体じゃ厳しいかなぁ。本体の方なら人型になって蹴り飛ばしちゃうんだけど……」
ずんぐりむっくり体型なテッド・ランチャーじゃ近接格闘なんて無理だろうな。
「うーん……ちょっと押され気味じゃないかな、アカリ君は。長期戦になればなるほどこちらが不利だね」
先の攻防を分析していた澄実香が冷静に両者の力を評する。確かに彼女の言う通りかもしれない。
旧世界製の機械人形だ、先にスタミナ切れになるということはないだろう。
「──っ! ぐっ……」
アカリの繰り出す二刀が斬輝の高周波刀と激突する。
高周波振動を繰り返す鋭い刃同士がぶつかり、耳障りな音が周囲に響き渡る。
どこか神経に直接響く様な音。刃同士の接触面では目に見えぬ程の微細な振動がせめぎ合っているのだろう。
アカリは咄嗟に左のブレードで斬輝の空いた腹部を狙う。
しかし──。
「ッ、速いっ……!」
刃が届く寸前、斬輝の刀がありえない速度で翻り、アカリの左刃と交錯した。
再び金属の絶叫が広がる。
振動する刃同士が擦れ合い、接触面で生じる超微細な衝撃波が空気を震わせ、閃光と音を生み出す。
「くそっ……やるじゃないか!」
アカリが歯を食いしばる。
斬輝の刀は恐らく特別製――生身の人間が扱うには重すぎる代物だろう。だが機械人形が生み出す膂力でそれを自在に操る。その剣捌きは重さを感じさせない鋭さがあった。
「だがな……負けんっ!」
踏み込む。足裏のローラーが唸りを上げ、脚部の駆動音が爆ぜる。アカリの右刃が斜めに薙がれる。斬輝が応じて大上段から刀を振り下ろす。
両者の銀の軌跡がぶつかり、火花、閃光、そして振動――――。
まるで空間が裂けるかのような錯覚。高速で震える刃同士が反発し合い、互いの刃を揺らしながら押し返していく。
その瞬間、アカリの左手が一瞬空を切った。バランスを崩したわけではない。右の斬撃にあえて重心を寄せ、次の一撃の為の間合いを作る。
「やらせん……こっちの番だ!」
左刃が巻き込むように回転し──振動波の奔流が斬輝の肩口を抉った。
斬輝の身が僅かに仰け反り、冷却蒸気が軽く吹き出す。そしてまた刃が交差する。
「アカリ、イケるぞ!」
俺の声が飛ぶが、アカリは返事をしない。ただ無言で前を睨み、次の一撃を組み立てていた。
その後も一進一退の攻防が続き、徐々にアカリの装甲スーツに細かい傷が増え始める。
肩、腿、腕、そして腰――。
致命的な損傷こそ無いが、斬撃で紅の装甲に黒く焦げついたような切創が生まれていく。
「不味いですね」
「うん、大分押されているね」
「はい。幸いなことに幻影分身モジュールは故障しているようですね、時の流れには勝てなかった様子。もしそれを使われていたら勝敗の天秤は今より傾いていたでしょうね」
「勿論敵の方にだよな。どうする、加勢するか?」
「あそこまで両者が接近していると誤射が怖いですね。ここはアカリ様の力を信じるとしましょう」
「そうそう! でもってアカリの仇は僕が討つ、なんつって?」
「縁起でもないこと言うな、アホ」
仲間に見守られる中――空気が裂けるかの如く刃が火花を撒き散らし、両者の装甲からも同様に火花が散る。
その度にこちらの心拍が酷く乱される。
――徐々にだがアカリが押されている。
相手は機械人形。
人間以上の膂力、圧倒的な反応速度と無駄のない動き、そしてまったく疲れない。
近接戦特化という設計思想そのままに、彼女の高周波ブレードの一閃を全て受け流している。
「くそっ!」
斬輝が構えるのはカゲロウ・ブレードと呼ばれる大太刀。極限まで研ぎ澄まされた振動刀が、次の一手を待つかのように低く構えられる。
能面めいた顔の奥からは一切の感情の揺らぎが感じられない。
「……ッ!……はぁ、このままじゃ埒が明かんか。仕方ない、アレをやるか」
斬り結んでいた相手から唐突に間合いを取るアカリ。
なんだと思ったその刹那――アカリが低く息を吐き、何事かを呟く。
「ふっ……全リミッター解除!――――」
それと同時に、スーツの全スラスターが青白い火花を吹き上げた。
「行くぞっ!!」
床を砕かんばかりの加速で斬輝に突進していく。
そして、斬輝の大太刀の間合いに飛び込んだアカリの二刀が今まで以上の速度で振るわれる。
それを離れて見ている俺たちの視界に紅い残像が焼き付くような速度。
一閃、二閃、三閃――――止まらない、剣が、腕が、全身が唸りを上げて躍動し続ける。
だが、斬輝もこれに反応。即座に大太刀を振るい、刃を受け流し、時に躱し、反撃の構えを見せる。
五閃目、六閃目――刃同士がぶつかり合う。
火花が弾け、両者の装甲が薄く裂ける。アカリの肩部装甲に斬輝の刃が擦り、斬輝の腕部装甲をアカリの振るう刃が傷付ける。
七、八、九、十――。
連撃が止まらない、まるで渦の様に敵を巻き込む斬撃。
ブレードの軌跡が斬輝の処理速度を上回り始める。そして、ついにはその防御の動作を数舜遅らせた。
「……っ、ちぃっ!!」
アカリが敵の間合いの内側深くに踏み込む。
左のブレードでフェイントを放って敵の注意を逸らし――すれ違い様に右のブレードを振り抜いた。
跳躍からの斬撃、喉元を狙った鋭い横薙ぎ。
だが瞬間――斬輝も応じるように大太刀を下段から斬り上げる。
交錯する刃と刃――。
耳を
アカリのスーツの胸部装甲が斜めに焼き斬られた音。だが肉体には僅かに届かなかった。
両者がすれ違い、背を向け合う形になる。暫しの沈黙の後、斬輝の手から大太刀がスルリと滑り落ちる。
そのまま床に膝を突き、時間差で――ゴトリ、と頭部が床に落ちた。
「……はぁ」
短くも濃密な時間が過ぎ去り、俺は小さく息を吐いた。
アカリは敵に背を向けたまま動かない。死んでいるわけではない、肩が微かに上下している。
やがて彼女が静かに振り返り、血のように紅い瞳をこちらに向けて笑う。
「ふっ、一本取ったぞ!」
「……ったく、なにが一本だよ。ギリギリじゃないか」
アカリの息が荒い、装甲スーツには多数の切創が目立つ。だが、彼女は笑っていた。
アカリの勝利。
装甲の下の無傷の彼女は自慢げに俺たちに満面の笑みを向ける。暫くの間、誰も言葉を発さなかった。
そして、セラスがそっと呟く。
「戦闘終了――アカリ様、お見事です」
その言葉で張り詰めていた空気が弛緩していった。紅と黒の死闘の果て――その勝者は俺たちの仲間、アカリだった。
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