6話 七百年後の世界
「今、とんでもないこと言ったよな⁉ 運命の出会いというのは置いておいて、なんだよ六百年って……。俺は六百年間眠ってたって事かよ⁉」
「いいえ。真宏様がお眠りになった時には未だ世界大戦は始まっていなかったかと。そこから私が保管容器に入るまでが百年。その直後に起こったであろう文明崩壊から六百年――ざっと見積もって七百年ですか。保管容器と私自身のログ等を比較しても誤差は見受けられませんし、間違いないかと――――運命の出会いも」
…………は、ははっ……七百、七百年ねぇ。
「なんだよそれ…………あー、しんどい……頭痛くなってきた。これからどうすりゃ良いんだ? はぁ、何も考えたくない……」
「それはいけません、さぁ私の胸へ」
自分の置かれた状況におもわず頭を押さえる。セラスはそんな俺の頭を優しく抱き寄せ、自身のその豊満な胸に押し付けてくる。
めちゃくちゃいい匂いがする。それに柔らかい……アンドロイドなのに全然硬くない。
彼女の胸部が俺の頭を優しく包み込むように形を変えて受け止める。それはとても心地良く、こんな状況にも関わらず安らぎを感じてしまう程だった。
「ご主人様――――真宏様にはセラスがついております」
うん。不思議と気持ちが落ち着いてきた。そして柔らかい……。
「真宏様。これから真宏様はご自分のお好きな様に生きればよいのです。私が微力ながらそれをお支え致しますので」
そう、か……。なんたって、核戦争後の世界だ。一般人の俺一人じゃとても生き延びられなさそうだ。
だが、セラスが居れば……。
「血圧、脈拍、正常値――落ち着かれましたね、まだお続けになりますか?」
「いや、いい。心配してくれてありがとうセラス」
もうちょっとだけこの胸の感触を味わっていたいという気持ちは有ったが、一旦セラスから離れる。
「契約早々、ご主人様からのお褒めの言葉を頂くとは。これはSSRご主人様を引き当てたようです」
「別に褒めてねーよ。都合の良いように脳内変換しないでくれるか?」
なんか……こいつの相手をしてると深刻に考えるのがバカバカしくなってきたな。
「じゃあ、文明崩壊したということを前提に行動するとして――問題は、果たして人類の生き残りはいるのかどうか、か? 何処かで何らかのコミュニティを形成していればそこに辿り着き、そこからの生活基盤はどうするか? その辺りのことを確かめたいんだが、その前にここから出られないんだよな」
「出られない? どういう事でございましょう」
俺が冷凍睡眠装置から目覚めて、セラスに会うまでの経緯を話す。
「なるほど。されど、心配ございません。この部屋には資材搬入用の大型エレベーターがありますので、そこから脱出致しましょう。手荷物のお忘れ物がございませんよう、お気をつけ下さい」
「エレベーター? それらしきドアは見当たらないけど?」
ここに来た時に乗ったエレベーターのドアが俺の後ろにあるが、部屋の中を見渡してもそれ以外のドアなど存在しない。
どういうことだ?
「ふむ…………問題ありません」
(なんだ? 何も無い空中を見つめて、腕を動かして何かを操作してるような……?)
セラスの様子を不思議そうに見つめていると、部屋の奥の壁が突如として音を立てて左右に開いていった。
そして、その壁の向こうから現れたのは大型トラックが余裕で数台並んで出入りできそうな大きさのドア。
これが資材搬入用エレベーターというやつか。これでここから外に出れそうだな、良かった。
(確かに出口が見つかったのは喜ばしいことだ、だがな――――)
「なんでわざわざ隠す必要があるんだよ!」
「私に言われましても……設計者の趣味なのでは?」
「あー、もういい。とにかく脱出だ!」
気を取り直してずり落ちそうだったバックパックを背負い、片手に短機関銃を持ちながら資材搬入用エレベーターの前に進む。
そして、ドアの脇にある昇りのスイッチを押す。問題なくドアが開き、ガランとしたエレベーター内に俺達二人は乗り込んだ。
「こっちは電気が来ているのか。上階とは電源が別なのか? 地下五階は照明が消えてたのに……。まったく、どうなってんだか……」
「はて? 私には解りかねます」
……こいつ、何か知ってるのか?
アンドロイドらしく? ポーカーフェイスだから嘘をついてるのか全然わからん。まぁ、ここから出られるんならなんでもいいんだけどさ……。
「よし! それでは、地上一階のボタンは――っと、これか」
俺の操作に反応してエレベーターは問題なく動き出し、グングン上昇していく。六百年以上経過しているという割にはスムーズに動いている。
エレベーターはどんどん上昇していき、途中で停止するような事もなく無事に地上一階に到着した。
そして、俺たちは開いたドアから地上に出る。すると眩しい日の光と乾いた風が俺たちを歓迎してくる。
日が昇り始めたばかり――これは朝日……か? 気温はそこまで高くないし、ジメジメもしておない。
今の季節は春か秋なのだろうか?
陽光の眩しさに目を細めつつ、乾ききった土の上を数歩進んで――――回りの光景を見て絶句する。
「これはまた、なんとも……酷いものですね」
俺の右斜め後ろ、侍るように立っているセラスの言葉がどこか遠くから聞こえてくるようだった。
それ程の衝撃。
そう――周りは廃墟、その先は見渡す限りの荒野。
確か、ここは町中だった筈だ。だが、周辺にあったであろう住宅や商業施設等の建築物はボロボロの状態だ。
この施設の地上部分もボロボロで、長年に渡り放置されてきたのだということがわかる。
うーむ、核戦争から六百年経つとこうなる――――のか?
そして遠くに目をやると、森らしきモノが視認できる。別の方角には連なる山々。
「以外に自然も残ってる?――あ! そうだ、放射能! 核兵器が使われたんだ、残留放射線とかヤバいんじゃ……」
「人体に直ちに影響の出る値の放射線は計測されませんでした。年間許容量の範囲内でございます」
俺はセラスのその返答にほっと胸を撫で下ろす。いきなり大量被爆なんて事態にはならないようでよかった。
「セラスにはそんな機能もあるんだな。しかし、見事に何も無いなこりゃ。この荒野を徒歩で移動かぁ……近くに街とかあるかな? 人間、生きてると良いけどなぁ……いや、生き残ってるかなぁ?」
「多目的ですので。それよりも、徒歩はお勧めできません。あちらを――――」
「あん……? あちら?」
セラスが指し示す方向に目を向ける。太陽の位置からすると、北か? なんてことない――多少の雲は有るが、晴れた青空が広がっているだけだ。
なにも無い、そう思ったのも束の間。その雲の切れ間からナニかが現れる。
「へ?…………なに……あれ?」
「形はアカエイ……に似ていますね。非常識な大きさで、爆装して飛行しておりますが。新種のUMAでしょうか? それとあちらを――」
振り返って、地上のある一点を指差すセラス。まだだ、まだ慌てるな…………お次はなんだ?
「…………セラス、あれは?」
「地中を泳ぐ亀――――カミツキガメに似ていますが、狩りの最中でしょうか? 狼に似たモノ――機械の狼の群れを地中から飛び出して捕食しておる最中のようです。こちらはアフリカゾウよりも大きいですね。他にも――多数の動体反応を地中から探知――――真宏様、お下がりを」
「なに……って⁉」
セラスの正面の地面がいきなり盛り上がったと思ったら、そこからナニか飛び出してきた。
魚……か? ヒレが鋭利な刃物の様になっているトビウオのようなモノが飛び出し、その勢いのままセラスに迫り来る。
危ない! と、俺が思った次の瞬間――セラスは素早く真横に避けながら、すれ違いざまに手刀でトビウオモドキの体を両断。
綺麗に前後に泣き別れて地面に落ちたトビウオモドキは分割された体を暴れさせる。
だが、ようやく死んだのかその動きを完全に止めたのだった。
(今のおかしくなかったか? 明らかに手刀が当たる距離じゃなかったぞ。何したんだ一体……いや、セラスのことは置いておこう。そんなことよりも……)
「どうやら群れで移動中にはぐれた個体のようです。地中の多数の動体反応はコレと同じ物かと。七百年も経つと魚も空や地中を泳ぐのですね」
……………………一体どうなっちまったんだ! この世界は!!
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