盗聴する隣人(「G’sこえけん」版)

広之新

プロローグ

SE// 小鳥のさえずり


 空は晴れて気持ちいい日曜日の朝だった。私はYKアパートの206号室に越してきた。そこは10室ある2階建てのありふれた古いアパートで、階段や手すりは錆だらけだった。すでに大きな荷物は引っ越し業者に頼んで運んでもらっている。あとは今、抱えているこの大きめの段ボール箱だけだ。

 階段の前で大家さんのおばさんに出会った。引っ越しの様子を見に来たのかもしれない。私は段ボール箱を足元に降ろして、頭を下げてあいさつした。


「日比野です。よろしくお願いします」


「大変だね。大丈夫かい? 手伝おうか?」


「ありがとうございます。でも引っ越し屋さんがあらかた運んでくれたから、大丈夫です」


「そうかい。何か困ったことがあったら言うのだよ。ここはね・・・」


 大家さんは世話好きだが、おしゃべりな人のようだ。話はなかなか終わらなかった。


「あっ! 部屋のドアを開けっぱなしでした。またあとでごあいさつに参ります」


 そう言って大家さんの話を途中で止めた。それは上から人が降りてくる気配がしたからだ。私は足元に置いてある大きな段ボール箱を抱えて運んだ。だが階段を上がる前に思わぬ段差につまずいて転びそうになった。


「あっ!」


 だが転びそうになった私を前で誰かが支えてくれた。それは階段を降りてきた小柄な男性だった。段ボール箱越しに見ると、それはさわやかな笑顔をした30前の優しそうな人だった。


「すいません」


「だいじょうぶですか? お手伝いしましょうか?」


「いえ・・・」


「どこの部屋ですか?」


「206号室なんです」


「じゃあ、僕の部屋の隣だ。僕が持っていきますよ」


 その男性は私が抱えていた段ボール箱を持つと、そのまま階段を上がって行った。


SE// 階段を上る音


「すいません・・・」


 私は首に巻いたタオルで額の汗を拭きながら、彼の後を上って行った。

 彼はドアの開いたままになっている206号室に入った。


「ここでいいですか?」


「あっ! すいません」


 私は慌てて彼から段ボール箱を受け取って部屋の隅に置いた。私の部屋にはもう冷蔵庫やテレビやらは運び込まれている。


「ありがとうございました」


「じゃあ、また」


 彼はニコっと笑って部屋を出て行った。


SE// 足音とドアを開けて閉める音


 彼は隣の205号室に帰ったようだ。私は玄関のドアを静かに閉め、床に座り込んで段ボール箱を開けた。


SE// ガサガサする音


 そこには様々な機器が詰まっていた。これを設置しなければならない。


SE// 押し入れを開ける音


 私は押し入れの戸を開けた。その奥にべニア板の壁が見える。その向こうが205号室だ。私は段ボール箱から出した機器をその壁に順序良く設置していく。


(これでいいか・・・)


 私はヘッドホンを耳に当ててみる。


SE// ロック音楽と部屋を歩く足音


(感度良好)


 私は押し入れから出て声を潜ませて無線連絡を入れた。


SE// スイッチを入れる音

SE// かすかな雑音


「こちら日比野。盗聴の準備が完了しました」

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