少年の話:『境界線の朝 3』

大陸の中央平原に位置し、中央政権、地方領主、蛮族による三つ巴の戦乱を乗り越えた帝国は、人類史上最も広大な版図を築いた。

しかし、その帝国は成立後、わずか3年の間に滅ぶこととなる。


帝国の内側から突如現れた白鬼と呼ばれる鬼の群勢によって、滅ぼされたからだ。

帝国を滅ぼした白鬼は、その狂気を外へとむける。

帝国の近隣諸国は次々と滅ぼし、人を根絶やしにするまで止まる事はない災厄をもたらした。


大陸の西の果てにあった小さな諸国は、最も西にあった半島国家の奉国の下に集まり、半島に蓋をするようにそびえる三日月山脈より北と西と東に防衛線を形成。

北方領域、西方領域、東方領域の軍制区に分けて、幾重にも構築された塹壕網と長城によって、200年もの間滅亡を回避していた。

呪術による死の呪詛を、銀を媒介にして武器に宿す技を編み出し、弾丸に込めることにより、当たりどころによるが白鬼を一撃の元に葬りさることができる。

それまで剣や槍をとって戦っていた戦士たちは、銃火器の登場によって国民の誰しもが戦える兵士となって、白鬼の侵攻から国土を守っていた。




早朝に訪れた白鬼の襲来。

奉国の東方領域の一部を襲った大規模な白鬼の襲来は、砲撃によって爆散し歩兵の銃火によって粉砕されていく。

しかし、いくら遠方からの射撃によって打ち倒すことができても、そもそもの銃口の数と、そこから発射される弾丸の数では、白鬼の物量を薙ぎ倒すには至らない。


塹壕の前に張り巡らせた鉄条網を踏み倒し、白鬼の群勢の一部は第一防衛線である塹壕網に取り憑きつつあった。


「全員揃いましたか?」

凛とした声は、不思議と戦闘の轟音の中でもよく通る。

秋たちの第三強襲装甲機兵団にあてがわれた兵舎から、出てきたのは真っ白の強襲装甲を着た白い武者。

東方の−かつて最も広大な版図を誇り白鬼によって真っ先に滅ぼされた帝国の戦士たちが来ていた大鎧に似たデザインの強襲装甲を着て、秋と同じぐらいの背丈の女性は、彼女の前に整列する二人の強襲装甲機兵に向かって言った。


その手に持っているのは、長弓と呼ばれる長さ2mに届く大きな弓。

持ち手より下が短く、上の部分が以上に長く作られた長弓は、矢を遠く力強く飛ばすために研究開発されたもの。

銃火器が存在する今の戦場で、弓兵は時代錯誤もいいところだが、強襲装甲機兵にとってはそうでもない。

狂気守護者の力を借りて放たれる矢は、装甲車両ですら貫通し、呪詛を撒き散らす爆ぜる矢として、戦場で猛威を振るう。


「全員って言っても隊長も含めて3人しかいないんだぜ」

白い武者の問いに、軽口で答えるのは秋と同じ西洋の甲冑に似たデザインの黒い強襲装甲を着た男。

手には戦斧と呼ばれる槍の穂先に斧を取り付けた重量級の武器を持ち、突くと叩くの両方を圧倒的な破壊力を持って行える武器を持っている。


彼はまだ兜を被っていない。

赤毛と青い瞳が印象的な好青年は、にかりと大げさに笑顔を作り、白い歯を見せて笑った。

彼は、朝霧 冬夜あさぎり とうやといい、秋と同じ第三強襲装甲機兵団に所属し、発足時から共に戦い続けている仲間だ。


「調子が良さそうですね、冬夜」

面当てによってその表情まではわからないが、白い武者は笑っているように思えた。

白い武者は面当てを外すと、その下に隠されていた麗しさに誰もが目を奪われる。

腰にまで届く艶やかな黒髪に、童顔だが花が咲いたように笑う彼女に、密かに憧れている兵士が多い。


この可愛らしさであるが、20歳の秋よりも3歳年上であり、秋よりも年上であることが信じられない、と改めて秋は思った。

彼女は東雲 空しののめ そらは、この第三強襲装甲団を率いる隊長で、東雲流と呼ばれる戦闘術に長けた戦士の一族である。

秋や冬夜が共に曹長であるのに対して、彼女の位階も大尉であり、軍においても異例の若さであった。


「じゃあ今日は、冬夜に先陣をきってもらいましょうか」

目を細めて、空は冬夜をみる。

「いいぜ。俺が道を切り開いてやるよ」

冬夜の軽口は止まらない。

しかし、この場でその軽口を不快に思う者は、誰もいない。

「僕たちはどこに切り込むのですか?」

冬夜とは対照的に、丁寧な口調で問いかけたのは秋だ。

青を基調とした強襲装甲機兵。

手には長槍を持ち、面当てを上げた状態で、空の方に直立している。

「私たちは、白鬼が取りつきつつある防衛線の北側にて強襲し、東へ血路を開きつつ、白鬼の首領の首をとります」

淡々と告げる空の表情は変わらない。

薄く笑みを浮かべ、変わらぬ凛とした声音。

敵が取りつきつつあるというのに、焦りも何もない。

「いつも通りっていうことだな」

「そうですね。むしろ今日は白鬼の数は少ないそうです」

それでも、防衛する奉国の兵士よりも遥かに多く、銃撃で打ち切れぬほどの数が突撃してきているのだが。

「それはよかった。お昼までには帰れそうですね」

冬夜の軽口に釣られて、秋の口からも軽口が溢れる。

「そうだぜ。朝食抜きで行くんだからな。夜までかかってたら、餓死しちまう」

「燃費が悪すぎますね。でも早く終わらせるに越したことはありません。白鬼の首領の首を取るのが早ければ早いほど、我が軍の被害が少なくてすみます」

では行きますよ、と。

空はみなまで言わず、静かに歩き出す。

面当ても戻し、もう彼女の表情は見えない。

しかし、先ほどまでの柔和な雰囲気は消え去り、殺伐とした雰囲気を纏っていた。


秋たちの第三強襲装甲団に出撃の命令が下った。

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