第11話 お茶会と荷解き
座布団に座り、丸テーブルを挟んでエリザさんと向かい合う。彼女が優しく微笑むと、なんだか気分が高揚した。
「それでは、始めマショウカ」
テーブルに置かれたカップの一つが私に差し出される。目の前の紅茶と、テーブルの真ん中に出されたクッキー。どちらから手を出したものか。たぶん、紅茶からだよね?
私はカップを手に取って、まずはその香りを嗅いだ。香り良い暖かな空気が鼻腔をくすぐる。この香りは、気分が落ち着く。高揚していた気分に紅茶の香りがフッと効いた。
「うん、良い香りだ」
「デショウ? ワタシが淹れた紅茶デスカラ」
エリザさんは得意気だ。きっと自分の技術に絶対の自信を持っているのだろう。そんな自信が、彼女の表情からは、しっかりと感じられた。彼女みたいに自己肯定感を強く持てたらな、と考える。
「紅茶は香りだけのモノではアリマセンヨ。色にも注目してみてクダサイ」
「うん」
エリザさんに言われ、視線を再びカップへ向ける。白い陶磁器のカップの中に紅い液体が透き通って見える。光の当たり具合もあるのだろうけど、輝いて見えた。まるで極上のスープのような……これはお茶だけど、そう感じる。
「紅茶は、香りと色を楽しむものなんだよね?」
「ハイ、そうデス」
「どっちも、素晴らしいと思う。日本風に言うなら、結構なお点前で……という感じかな?」
「オウ! ケッコウナオテマエ! 始めて言われマシタ。アリガトウゴザイマス!」
「どうも」
では、味も楽しませてもらおう。顔をカップへと、ゆっくり近づける。そして、口に含む……熱い液体が、口の中から喉の奥へ流れていく。体が芯から温まるようだ。紅茶の苦味や渋味はそれほど感じず、飲みやすかった。
「紅茶に使う表現として、正しいのかは分からないけど……」
視線を上げてエリザさんを見る。彼女は穏やかな表情で、ワタシの言葉を待っている。それだけで、この場に居ることが気持ちいい。気分が安らぐのだ。
「この紅茶は、柔らかいと感じた。柔らかくて、優しい飲み物だ」
「フフフ。音鳴サンはそう感じたのデスネ」
「うん、そうだよ」
エリザさんはさっき私がしたように、顔をゆっくりカップに近づける。彼女が紅茶の香りと色を楽しんでいるのが分かった。そんな彼女の所作に無駄は無く、美しい。機能美というものだと思う。
エリザさんは紅茶を口に含んで、コクンと飲む。そうして彼女は「ホゥ……」と温かい息を吐いた。そんな彼女の表情に艶かしいものが感じられて、私はドキリとしてしまう。なんというか、えっちだ。
「フフ……どうシマシタ? 音鳴サン」
声をかけられてハッとする。気が付けば向かいに座るエリザさんが、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。この子……わざとやっているのか? 私をからかっているのなら、それは意地悪というより、年頃の少女っぽい可愛らしさを感じさせる。
「クッキーもありますカラネ。のんびりと、楽しみマショウ」
「うん、そうしよう」
今この幸せな時間を、できるだけ長く楽しみたいと思った。
……それから、一時間も経たないうちに、私は皿のクッキーを食べきってしまった。あれ? おかしいな……クッキーは結構な量があったはずなんだけど、エリザさんはあまりクッキーには手をつけてなかったはずだし、私がほとんど食べちゃったってことだよね? そんな馬鹿な!?
「音鳴サンにクッキーも気に入ってもらえたようで何よりデス」
「いや、その……美味しかったです。はい。ごちそうさまでした」
食いしん坊キャラだと思われちゃった!? それは、何故か凄く恥ずかしい。でも美味しそうなものが近くにあったら食べちゃうじゃないか! 実際凄く美味しかったし!
「……フゥ。一息つけましたネ。音鳴サン」
「そうだね。一息つけた。もう少しゆっくりしたら、荷解きを始めちゃう?」
「ハイ。よろしくお願いシマス」
準備ができたら、部屋の荷解きを始めよう。とはいえ、もうちょっとだけ、ゆっくりしたい。今日のうちに全ての荷解きを終わらせないといけない訳じゃないしね。ゆっくりやろう。私は、私にできるだけエリザさんを手伝うのだ。
「小さな机トカ、小さな台トカ、ちょっと重めの物もアリマスケド、まあ二人居マスシ、なんとかなるデショウ」
「キッチンの方は冷蔵庫も電子レンジも出てるしね。二人だけ、だけど頑張ろう!」
「ハイ!」
二人でのんびりと、荷解きを始める。その作業は思ったよりもスムーズに進んでいく。エリザさんの手際が良いというか、指示が的確なのだ。私の会社のクソ上司と違って、今何をどうするべきなのかが分かりやすく納得できる。いや、エリザさんの指示ならどんなものでもお姉さんは納得しますけどね!? エリザさんは人の上に立つべき素質を持っている……と思う。だって今のエリザさん、かっこいいもの!
「音鳴サン。その台の上に参考書を移動させてクダサイ」
「了解! 任せといて!」
「ヤル気満々ですね。頼もしいデス」
「うん。やってるうちに、なんかノッてきた!」
それにしても参考書か……そういえば、エリザさんって学生だもんね。学校は、まだ始まってはないか……まだ三月だもんね。四月から、制服姿のエリザさんは可愛いだろうなあ。
「エリザさん。四月から学校だよね?」
「ハイ。そうデスヨ」
「楽しみ?」
「ヤー! モチロンデス! とっても楽シミ!」
私の問いにエリザさんは満面の笑みで答えた。そんな彼女は、とてもキラキラして見えた。
「ワタシ、学校も楽しみデスシ、入学前に色々やりたいこともあるんデス!」
なるほどね。それじゃあ、私の気持ちを改める必要があるな。今日中に部屋の荷解きを終わらせる! そして、エリザさんには、いっぱいやりたいことをやってもらうんだ! 私は、エリザさんにそうしてほしい。
「私! 荷解き頑張るよ!」
「ア、ハイ。頼りにシテマス」
し、しまった! 私の謎のやる気に対してエリザさんが若干ひいてる!? ひかないでぇ~! と、とにかく頑張ろう!
それからは、より速く荷解きを進めていく。軽いものは手分けをして、重いものは二人で一緒に動かした。テレビとかプレイヤーはエリザさんも持っていて、特に慎重に扱った。そして、夕飯時には全ての荷解きが終わる。おおー! 頑張った! 私!
「ふぃ~終わったあ~! 私滅茶苦茶頑張ったんじゃない!?」
「お疲れさまデシタ。すっごく助かりマシタ。アリガトウゴザイマス」
「いえいえ、おつかれー」
「……音鳴サン! 音鳴サン!」
エリザさんは急に何かを思い付いたように、両手を挙げて私に何かをアピールする。最初は何をしているのかと思ったけど、ほどなくして意図が分かった。なるほど。嬉しくなったら、やりたくなるよね。エリザさんってば可愛いんだから。
私も量手を挙げて、エリザさんとハイタッチした。ドキドキしたし、緊張したけど、エリザさんがそうしたいのなら、お姉さんは応えたい。
「「イエーイ!!」」
ハイタッチして、手の平がゆっくり離れる。ちょっとの間、手が触れ合っていただけなのに、お互いの心がとっても通じ合ったような気がした。私の気のせいかもしれないけど、今の瞬間エリザさんと心が通じ合っていたのなら、人生でも最高レベルに嬉しかった。
気付けば私は下ろした手をぎゅっと握り、ガッツポーズを作っていた。自然にやっていたのだ。そんなに!? そんなに嬉しかったんだね私! だって人生でも最高レベルだもんね!? 私のオーバーなリアクションに、私自身が驚いていた。
「フフフ。音鳴サン。今とっても可愛いデス」
エリザさんが可愛いと言った!? ナンデ!? ヤバい! 顔がめっちゃ熱くなってきた!
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