第6話 胸元とシャツのボタン
翌朝、土曜日。今日は会社もお休み、嬉しい日だ。私は一人、部屋のテーブル席で、にやけていた。私の手元にはスマートホンがあり、その画面にはエリザさんとのLINEでのやり取りが映っている。
「ふふ、昨日のエリザさん。格好良かったな」
昨日の晩はエリザさんに教わりながらLINEで連絡先を交換することができた。慣れないことで手間取ったけど、エリザさんに任せていれば安心することができた。あの時の彼女には、そういう頼もしい雰囲気があった。正直、惚れてしまいそうだった。
『音鳴さん。おはようございます。今日は、昨日の夜に約束した通り、お昼前にうかがいます』
スマホの画面には、そのような文章が映っている。エリザさんからのメッセージだ。文章を見返す度に嬉しい気持ちになる。彼女と私とのやり取りは画面の下へと続いている。
『エリザさん。おはようございます。ぜひ、お昼に来てください。美味しいご飯をごちそうしますよ』
『あの、本当にごちそうになって良いんですか?』
『私が、エリザさんにご馳走したいんです! リクエストしてくれれば、なんでも作りますよ!』
『分かりました。ありがとうございます。でしたら、食材は私が買ってきます。食べたいものがあるんです。それでは、お昼に』
エリザさん、文章だと独特のイントネーションがなくなるから、なんか普通だ。それはまあ、当たり前なことではあるけど、LINEのやり取りだと、相手が外国人だと言うことを忘れそうになる。というか、エリザさんは喋りのイントネーションが特徴的なだけで日本語自体は上手いのだ。まだ若い学生さんなのに感心する。
それにしても、私はプライベートにLINEでやり取りをしてるんだ。新しい友達とのちょっとしたやり取りはすごく特別なものに感じられる。文章を見ているだけで、何度でも顔がにやけてしまう。
そんな時、玄関からインターホンの音が耳に届いた。おうっ!? もう来たのか!? いや、もう十一時前!? 時間経つの早くないか!? というか、私はLINEのちょっとしたやり取りを一時間近く眺めてたのか。異常じゃないか? 私。
それだけ新しい友達という存在に浮かれていると、いうことだろう。でも、仕方ないじゃないか。友達ができるのは、とっても嬉しいんだもの。
「オートナーリサーン!」
玄関の方からエリザさんの声がした。急いで行ってあげよう。あまり待たせちゃ悪い。
「はーい。今行きますよ!」
玄関に向かい、扉を開けた。そこには、暑そうな顔で舌を出し、手に買い物袋を持つエリザさんの姿があった。
「……日本の春、アチーデス」
「暑い……かな? 暖かくて過ごしやすいくらいだと思うけど」
ちょと昨日と寒暖差はあるけれど、そんなに気にするほどのことでは無いんじゃないかと私は思った。けど目の前のエリザさんは、私の発言に驚いているように見えた。
「マジデスカ!? 日本人は暑さに強いデスネ……」
「そ、そうかな?」
「ソウデスヨゥ」
エリザさんはクタクタの表情だ。とりあえず、中に入ってもらおう。一応、エアコンもつけるか? 彼女が熱中症とかになったら大変だし。心配だ。良く考えたら、日本とイギリスじゃ環境も違うものね。
「とにかく部屋に入って。エアコンもつけるから」
「お邪魔シマス。ワタシ、日本の夏を乗りきれるか、今から不安デスヨ」
「それはまあ、日本に住んでたら、じきに慣れるんじゃないかな?」
「そう願うばかりデス」
エリザさんを部屋に迎え入れ、エアコンをつけた。冷えすぎないよう、冷房の温度は少し高めだ。それでも、私にとっては充分に涼しい風がエアコンから吹き出してくる。これで、エリザさんには涼んでほしい。冷房の温度は彼女の様子を見ながら調整しよう。これで、一応大丈夫だよね?
まだエアコンをつけたばかりだから、エリザさんは今も暑そうにしている。とりあえず席についてもらおう。あ、水分を補給してもらった方が良いよね。買い物して来てもらったみたいだし、それにしても、彼女は何を買ってきたのか? LINEの文章にあった、食べたいものを作るための食材ではあるんだろうけど。気になるね。よし、とりあえず飲み物の準備だ!
「エリザさん。何か飲みたいものはある? といってもお茶かコーヒーか牛乳の三択なんだけどね」
「ソレナラ……ワタシ、スーパーでお茶も買ってきたんデス。なのでコップだけ出してモラエレバ」
「了解。私もそれ飲んで良い?」
「モチロンデス」
キッチンへ行って、棚からコップを出す。エリザさんが買ってきた飲み物。気になるし、私も飲みたい! イギリス人の彼女だから、やっぱり紅茶を買ってきたのだろうか。もしかしたら、コーヒー? ワンチャン、チャイって選択肢もあるか?
きっとエリザさんのセンスが光る一品が出てくるんだろうと思っていた。キッチンから戻ってきた私の前に彼女が出した飲み物は、思ったよりも普通で、だからこそ意外なものだった。
「緑茶、買ってキマシタ。お買い得デシタヨ」
エリザさんが出したのは一・五リットルの緑茶が入ったペットボトル。百円ちょっとくらいで買えたものと思われる。そっかー緑茶かー。勝手に期待して、勝手にがっかりしてしまったが、それはそれとして良いチョイスだと思う。私もこれ時々買うからね。
「緑茶、良いね。一杯頂戴」
「モチロンデス。でも、先にワタシが一杯貰いマスネ」
エリザさんはコップにトクトクとお茶を注ぎ、口へ運ぶ。彼女の喉がゴクゴクと動く。とても美味しそうに飲むなぁ。なんて、思ってしまう。実際、暑い時に飲む冷たいお茶は凄まじく美味い。砂漠で見つけたオアシスの水と同じくらい美味いかもしれない。ってのは言い過ぎか。
「フゥ~アチィ~」
エリザさんが、おもむろにシャツのボタンを一つ外した。ちょ!? ちょっと!? それはちょっと無防備過ぎやしませんか!?
「エリザさん!? ボタン!」
「え、アア。別に構わないデショウ? ワタシたち女同士デスシ」
「いや、でも……」
「というかワタシの服のボタンを指摘するならデスヨ。音鳴サンの方こそデスネ……」
「え、私」
「ソノ……」
エリザさんはジト目を私に向けてくる。いや、違う。彼女のジト目は、私の胸を見ている!? ちょ!? ちょっとそれは、なんか恥ずかしいな。
「パツパツジャナイデスカァ! 今にも胸のボタンが外れそうなんデスヨ! 初めて会った時から思ってたんデスケド、こんなの男の人に見せちゃいけないレベルデス! ナンナラ、女の子のワタシでも気になっちゃうレベルなんデスヨ! もっとブカブカの服をキナサァイ! ソノ乳は風気違反デエェス! 音鳴サン!」
「え、エリザさん!? キャラ変わってない!?」
「変わってマセン!」
そ、そうかな……? というか、エリザさん。その発言は君が美少女じゃなかったら大分アウトですよ? いや、たぶん美少女でもアウトですよ? お姉さんは怒らないけど、人の体の特徴をそんな風に言っちゃダメだよ! まあ、確かに……ちょっと胸がパツパツではあるけれど。
なんて、思っていた時。プチンッ! と何かが弾けるような音がした。私の胸元から、何かが跳んだのが分かった。かと思えば、エリザさんが「イタァ!」と叫び、おでこを手で押さえている! え!? どうしたの!?
「エリザさん?」
「ボタンが跳んでキマシタァ!」
「ま、まじ?」
「マジデス……イタタ」
良く見るとシャツの胸元が開いていた。中から黒い下着が覗いている。あらら……エリザさんの言うことも一理あるみたい。とりあえず、服を着替えてこよう。このままだと恥ずかしいからね。
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