第5話 アニメ鑑賞と格好いい女の子
「音鳴サン! 音鳴サン! 見せたいものがあるんデス!」
DVDプレイヤーの準備をする私に、エリザさんは楽しそうに言った。というか、ちょっと興奮している様子。いったい何を見せてくれるというんだろう。結構気になる。
「チョット待っていてクダサイネ!」
エリザさんはトタトタとキッチンの方に向かい、それからすぐ戻ってきた。彼女は手に一冊の漫画本を持っている。おお! それはゴールデンモンタージュの原作本! だからこの作品をテレビで見ようと思ったのか! なるほどねぇ。
「今日お店で見つけて、一冊目は立ち読みしちゃったんデスケド……最終巻まで全部買ったのデスヨ!」
きっと、彼女の重そうな鞄にはたくさんの漫画本が入っているんだろう。良いね。ワタシも漫画は好き。
「それで、このアニメを見ようって決めたんだね」
「ハイ! その通りデス!」
「……じゃあ、アニメを再生するのは原作一巻までの範囲にしとく?」
「ノン! 観られるところまで、観ちゃいましょう! ワタシ、漫画もアニメも、どっちからでも楽しめマスシ、部屋は隣だからすぐに帰れマスシネ」
それってつまり、エリザさんが私の部屋に長居しても良いって話してくれてるのと一緒で、それを聞いて嬉しいというか、暖かい気持ちになる。なんだか、エリザさんが私のことを受け入れてくれているような実感があった。
「そういうことなら、丸々ワンクール観ちゃおっか」
「ハイ! お願いシマス!」
ほどなくして、アニメを観るためのセッティングが終わった。どんなアニメを観る時も、再生を始める瞬間というのはワクワクする。
「さ、始まるよ」
「ハイ。着席シテマス」
二人で席に着き、ゴールデンモンタージュのアニメを観る。テレビ画面の中で金髪の美少女が元気よく動いている。異世界の学園もので、人間の国にやってきた金髪のエルフが可愛いのだ。
「おーココ、漫画で分からなかった背景デス。へぇ、こうなってたんデスネエ」
「この原作漫画の作者さん、背景も凝ってるから、アニメーターさんたちも気合い入るよねー」
「作画の話ならキャラの作画もレベル高いデスヨネ。一枚一枚の絵が綺麗なのに、かなり滑らかに動いてマスカラ。これ、何年も前の作品なのにデスヨ」
「前からある作品だから作画がよくないなんてことは無いさ。もっと昔の作品でも、とんでもない作画のアニメはあるよ」
「タシカニ」
あ、今凄く楽しい。いや、アニメを観る時はいつも楽しくは感じてるんだけど、今日は特別楽しい。それは、エリザさんと一緒にアニメを観ているからだろう。誰かと一緒に趣味を楽しむってこんなに楽しいんだ。
「……このメインヒロインの子、可愛いデスヨネエ」
「うん、本当に可愛い」
もう一つ、気がついたことがある。この金髪碧眼のメインヒロインはエリザさんに似ているのだ。私がエリザさんに惹かれたのは、そのためだろうか? 本当に似ている。見た目というより、なんというか空気感というか、雰囲気というか、そういうものが、とても近しいように思える。まあ、このヒロインは可愛いだけじゃなくて格好いいところもあるけど、全てが一致はしないだろう。
「音鳴サン?」
「……う、うん? どうしたのエリザさん?」
「もうエンディングですヨ」
「あ、そうだね。まじだ」
面白いアニメってのは、時間があっという間に過ぎるのだ。よく体感時間で例えられたりするけど、本当に面白いアニメは体感時間が実際の半分以下になってる。なんてことは、よく体験するもの。今夜はエリザさんと一緒だったから、時間の経過をより早く感じているのだろう。それが嬉しくもあり、勿体なくも感じる。
「……次回予告も終わったし、次の円盤の準備をするね」
「お願いシマース!」
今この時間を大切にしたいと思った。できることなら、エリザさんも同じことを思ってくれていたら良いなぁ。なんて考えてしまうけど、それは勝手な感情の押し付けだろうか? 今は絶対、口には出さないようにしよう。
「……さ、準備完了! 続きいくよー」
「ハ~イ」
その後も、私たちはアニメを観ながら、時に笑い、時に興奮し、時に泣いた。エリザさんと一緒に過ごす時間は本当の本当に、大切なものだと感じられた。アニメでこんなに気分が満たされたのはいつぶりだろう?
どんなに楽しい時間もいつかは終わる。気付けば時刻は深夜零時を回り、アニメもワンクール目の最終話が終わった。充実した時間だった!
「終わっちゃったね」
「楽しい時間デシタネ!」
「うん、楽しい時間だった」
そんな時間も、もう終わり。そう思うと、かなり寂しかった。エリザさんを引き留めたい気持ちはあるけど、流石に時間が時間だ。
「……フワァ。そろそろ眠くなってキマシタ。もう零時だったんデスネェ」
「うん、そろそろ帰る?」
「ハイ……そうシマス」
そうしてエリザさんはもう一度、大きくあくびをした。油断しきってる彼女も可愛い。そう思いながらも、彼女はまた私の元を訪ねてくれるだろうかという不安があった。でも私からエリザさんに「またおいで」なんて言っても良いんだろうか? 私って、一応は社会人だけど、対人能力は必要最低限のレベルしか無いと思う。たぶん。
エリザさんが立ち上がる。私は彼女を見上げながら、迷っていた。声をかけるべきか。かけないべきか。素直な気持ちだと、声をかけたい。でも、それでウザがられたり、嫌われたりと思うと、なかなか声が出てこない。背後から透明人間に口を押さえられているかのような、嫌な感覚だ。
エリザさんは、その場に立ったまま私を見て、にこりと笑った。その笑顔は柔らかくて、私の不安をどこかに追いやってくれた。
「音鳴サン」
「……うん」
「ワタシまた、ご飯を食べたり、アニメを観たりしに来ても良いデスカ?」
それは、まさに私が求めていた言葉で、だから力強く頷いて答える。
「もちろん! また、いつでもおいで」
「ハイ! またお邪魔シマス!」
嬉しそうな表情のエリザさんを見ながら、私は心の底からホッとしていた。
「それで、なんデスケド。そろそろLINEを交換シマセンカ? ワタシ、音鳴サンの連絡先を知りたいデス」
「あ、ああ。連絡先ね!? もちろん! もちろんだよ」
急いでスマホを取り出して、エリザさんと連絡先を交換したい……のだけど。あ、やば。めっちゃ緊張してる。手先が震えてるもの。
「あ、あれ? 連絡先の交換ってどうするんだっけ?」
緊張のせいか、それとも元々覚えてなかったのか、今の私は頭の中が真っ白になってしまっている。
「あれ? あれ?」
焦りの気持ちが段々強くなっていく。このままだと、連絡先の交換すらできないダメな大人だと思われてしまう。焦る。思い出せ。焦る。思い出せ。けど、ダメだ。連絡先の交換の仕方が思い出せない。
その時「大丈夫デスヨ」と声がした。いつの間にか、エリザさんが横に居た。彼女は可愛くデコレーションされたスマホを私に見せてくれる。ほんの少しだけ、焦りの気持ちが弱まるのが分かった。
「ワタシがついてマス。ワタシがやり方を伝えますから、落ち着いてやりマショウ」
エリザさんの言葉が、たまらない程ありがたかった。私は頷く。けど、やっぱり恥ずかしい。
「ありがとう。ごめんね。こんなことも分からなくて」
「分からないから何ナンデス?」
「え?」
エリザさんの言葉は私には意外だった。だって、分からないことは恥ずかしいことだと……思うから。
「人間、誰ダッテ、分からないことはあるんデス。だったら学んで分かれば良いだけの話デス。ソウデショウ?」
たった今、私の認識が変わった。エリザさんは可愛いだけじゃない。この子は、格好いい!
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