第26話 高校最後の文化祭_1_sideあゆみ
就職して一年とちょっとが経ち、だんだんと一人での仕事を任されてきたころ。私がパソコンをにらめっこしていると、突然隣から書類が降ってきた。
「仕事ー、ご指名だよ」
「わ、ありがとうございます」
デスクに書類を置いていった上司は、そのまま忙しそうに消えていった。あの人いつも忙しそうなんだよなぁ……聞いたらフォローはしてくれるんだけど。
渡された書類は一枚だけで、指名という言葉が気になって、パソコンを叩いていた手を止めて内容を確認する。
依頼は……学校祭でのゲスト出演。よく有名人とかがやってるイメージだけど、モデルにもくるんだ。私を指名ってことは高身長モデルとしてサブカルチャー向けの学校とかかな? と予想しながら依頼主とみると、そこには私にとって見覚えのある学校名が書かれていて、思わず目をぱちぱちとしてしまう。
そんな進学校が私を指名する理由なんて1つしか思い当たらなかった。
『この案を通すの、苦労しましたよ。最終的にはちょっと無理やりになってしまいましたが』
「香奈もう生徒会長引継ぎしてなかったっけ?」
『確かに今は元生徒会長ですが、手を回せばこのくらいのことは可能です』
仕事終わりに電話すると、1コール目に出た香奈はそう言った。
香奈はすでに三年生になっていて、忙しかった生徒会長は二年生に引継ぎ済みだ。その引継ぎも簡単じゃなかったみたいで、香奈の次に生徒会長をやりたい人がまったく現れず、危うく三年生になっても生徒会長をやるところだったらしい。結果的には香奈が指名をしてなんとかなったみたいだけど。
そんなわけで、今の香奈は受験に専念している。目標は東京で一番有名な大学の理学部。高校受験の時と同じく、たまに私と会って息抜きをしながら、毎日勉強漬けの日々を過ごしている。
『もちろん、受けてくれますよね?』
「そりゃ受けるけど。私には得しかない仕事だし」
『ありがとうございます。衣装はこちらで用意いたしますので、会社として問題ないかチェックをお願いします』
「あんまり布面積が少ないのはNGになる可能性あるからね」
『そんなの学校としても許されませんよ……私の学校には服飾部があるので、そこの皆さんが張り切って作ってくださいます。フィッテングもあるので、何度か学校に来てもらうことになると思いますが、その時は私が対応しますので』
「……なんか本格的に職権乱用してない?」
『この一年の私の頑張りは、このくらいしないと報われません』
大真面目にそう言うけど、やってることはやっぱり職権乱用なんだよなぁ……でもきっと頑張ってきたのは本当なんだろう。生徒会活動のせいで、あんまり会えなかった期間もあったし。それを思うと、こうしてオファーをくれたことがとても嬉しくなってきた。
「学校で香奈と会うの、楽しみだよ」
『私も! 早く会いたいです! 今から会いに行ってもいいですか?』
「えぇ! 今から? うーん……少しだけだったら。でも私が香奈の家まで行くから」
『ありがとうございます! 準備しておきますね!』
最近はこうやって、仕事の後でも会いに行くことが度々ある。お互いに忙しいから、会う時間は香奈の家の前で十分くらい。そんな短い時間でも香奈に会いたいと思うし、実際に会うと元気が出る気がする。
すっかり香奈との日常が当たり前になっちゃったなと思いながら、私は香奈の家へと急いだ。
文化祭の依頼は無事会社から承認され、私は打ち合わせとフィッティングのために何度か誠英高校へお邪魔した。
香奈はすごい嬉しそうに迎えてくれて、今回の服を用意してくれる服飾部の茉莉みなもさんを紹介してくれた。茉莉さんは私のことを知っていたみたいで、会うなりサインを求められた。
茉莉さんは普段からアニコス系専門で、夏や年末の即売会にも出ていると話してくれた。
かさねのことも知ってるのかな? と思って聞いてみたら、かさねはその界隈では神のような人らしく、いろいろな武勇伝を聞かされた。私の前じゃいつもおどおどしているけど、かさねって意外と凄いんだ……。
服について多少職場の知識を吸収した私は、茉莉さんと話し合ってどのような服にするか相談する。といっても、大体のデザインはまとまっていて、細かい箇所を修正するくらい。茉莉さんは私のような大きめサイズで服を作るのは初めてのようで、採寸はもちろん、いくつかの調整が必要だった。
そうやって二人で話し込んでいると香奈が不満そうに近づいてくるものだから、打ち合わせ後に二人で遊びに行ったりした。それは私まで香奈と学校に通っているようなそんな感覚がして、なんだかとても楽しかった。
そしてあっという間に学校祭当日、私は学校の裏口で香奈ともう一人の生徒に出迎えられた。
「本日は私、東谷香奈と、こちらの美空夕があゆみさんのご案内を担当いたします。本日はよろしくお願いします。」
「……よろしくお願いいたします」
今日はコスプレイヤーのAyumiとして来ているから、香奈もいつも通りの呼び方をしてくれる。私はゲストとして来ているので、いつものような軽い受け答えはできないけれど。
香奈はとても嬉しそうにしてくれているのがわかるけど、香奈の隣にいる女の子からは妙な敵意を感じる。嫌われている、とまではないけど、なんだか警戒されているような?
「それでは控室にご案内します」
香奈の誘導に従って学校内を進む。校内は時間が早いこともあってまだ静かだけど、大きい荷物や看板があってあとは開始時間を待つだけといった感じだ。お祭りの前のその雰囲気に、私もちょっとわくわくしていた。
「香奈さんとあゆみさんはお知り合いなんですよね?」
歩きながら、美空さんが話しかけてくる。
「大学時代の友達の妹が香奈で、中学校の時から知ってるかな」
「そうなんですね」
美空さんはやっぱりちょっと不機嫌そうな感じだった。高校生のわりには背が低めで、私は『反抗期の妹』をイメージした。トゲトゲした雰囲気が取れないのも、一度そう思ってしまうとなんだか微笑ましく見えてしまう。
「この教室を使ってください」
案内された教室は普通の教室で、机だけは後ろに下げられてスペースを確保されていた。一時的な待機場所といった感じだ。
「イベント前になったら体育館袖へ移動してもらいます。外を回っていくので、生徒は少ないと思いますが、サプライズイベントということにしているので、なるべく見つからないように」
「……その背丈では少し難しい気もしますけど」
美空さんが私の背に目線を上げて苦言する。
「目立っちゃうのは仕方ないから、気を付けて向かうくらいしかできないけど」
「それで充分です。ステージ袖には服飾部が待機していますので、そこで着替えてください。一応茉莉さんが登校したらここに寄ってくれるはずなので、詳細はその時に。では私達は他の用事がありますので、一度失礼します」
「ありがとう、今日はよろしくね」
「よろしくお願いします。それではまた後ほど」
他の生徒に見られないようにと結構早めの入りだったから、意外と時間はある。雑誌の撮影とかで待つことも多いから、待つこと自体はもう慣れっこだ。
控室にはポットとティーパックのお茶が用意されていて、とりあえずそれでゆっくりしようかなとお湯を入れていると、再び教室のドアが開けられた。
「失礼します」
「美空さん? なにかあった?」
「ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「いいけど……あっ、一緒にお茶でも飲む?」
「結構です」
ずい、と私の身長に臆することなく正面に立つ……まぁ私は見下ろすことしかできないけど。
「ずっと聞きたかったんです。貴方と香奈さんの関係を」
そして、美空さんは手に持ったカードを私に見せつけた。
「東谷香奈ファンクラブ会員No0002として聞きます! 香奈さんは、貴方にとってなんなんですか⁉」
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