第15話 香奈と文化祭_2

 

「おぉ」

「け、結構凝ってる」

 

 香奈のクラス、1年1組は星座の展示をしていた。天井から手作りの星がぶら下がっていて、壁にも星座を実体化? した絵などが描かれている。

 パネルが何枚か立っていて、そこには十二星座の由来や逸話が新聞の一面のように掲示されていた。小難しいものもあれば、子供向けのような紙芝居みたいなものもあって、幅広い年齢層に対応してある。文字をあまり読まない私にとっても読みやすく工夫してあることがわかった。

 二時間に一度は簡易なプラネタリウムをすると黒板に案内が書いてあって、展示といってもいろんなやり方があるんだなと感心した。

 でもやっぱり飲食と比較してしまうと展示の人気が低いみたいで、教室内に人は少ない。ふらりと来た人もなんとかく一周してすぐに出て行ってしまうし、常駐している生徒も二、三人しかいなかった。そしてその中に香奈の姿は見当たらない。

 生徒会の方が忙しそうだし、やっぱりこっちにはいないのかな。

 

「ねぇ、少しいい?」

「なんでしょう」

 

 端に座って本を読んでいた生徒に声をかける。学校で受付をしていた子と同じように、ぐいっと首を上げて対応してくれた。

 

「東谷香奈ってどこで会えるかわかる?」

「東谷さん、ですか」

 

 でも香奈の名前を出した途端、なんとなくその生徒の視線は私を探るようなものになったような気がした。

 

「失礼ですが、どのような関係で?」

「え、えーと、友達? かな?」

 

 自分で言っておいてなんだけど、高校生にこんな大きな友達、普通はいないと思う。私の少し引っかかった回答が気になったのか、対応してくれた女の子はますます怪しそうな視線を向けてきた。

 

「……そうですか。東屋さんはこちらにはいません、三階の方を見回っていると聞いています。教室を出て右側の階段をご使用ください」

「わかった、ありがとう」

 

 ほっ、と息をつく。どうやら信用してくれたみたい?

 

「かさね、三階だってさ」

「もう少しここにいても……」

「三階、食べ物出してる場所もあるみたいだし、そっち行こ。奢るから」

 

 人の多いところを嫌がるかさねを引っ張って教室を出ていく。香奈と合流するために、近くの階段を昇った。




「飯野さん、こっちはどうですか?」

「香奈さん! 問題ないですよ」

 

 あゆみ達が去って五分ほど、1年1組の教室には香奈が戻ってきた。生徒会は主に見回りを行っていて、午前中香奈はを任せられていた。そしてもちろん1年1組全員がそのことを知っていた。

 

「そうですか、お客さんの入りはどうです?」

「それなりというところでしょうか、やっぱりある程度人は選んじゃいますね。でも興味ある人はじっくりと見てくださってますよ」

「やっぱり飲食の方に人が集まっていましたし、仕方がないですね……」

 

 星座というテーマで進めたのは香奈の案だった。だから人入りが良くないのもなんとなく気になってしまう。

 クラスメイトで、香奈のファンクラブ会員でもある飯野は、少し気を落としている香奈が可愛くて思わず画像に残したくなる衝動をこらえていた。


「……他にどんな人が来ました?」

「他に? あぁ、お姉さんならまだ来てないみたいですよ」

「あ、いえ、そうですか」

 

 飯野はもしかしたら香奈の姉、恵奈が来るかもとあらかじめ聞いていたのでそう答えた。

 香奈としてはあゆみのことを聞きたかったけど、あゆみは目立つからすぐに分かるだろうと思い直す。

 

「見回りに戻ります、なにかあったら連絡してください」

「香奈さんもお気をつけて」

 

 手を振ってにこやかに香奈を見送った飯野は、香奈が見えなくなると素早くスマートフォンでファンクラブのグループを開いた。


 要注意人物:背が高い女と小さい女の二人組


 そう書き込むと、すぐに既読マークが何件もついていく。そして五分もすれば、あゆみとかさねの情報はファンクラブのほとんどが知る情報になった。

 今日の文化祭、ファンクラブの総意として『香奈の安全が第一』という決め事がされていた。

 文化祭は様々な人が出入りする。その中で、香奈に悪意を持って近づいてくる人も少なからずいるということが予想された。香奈の入学後、程なくして結成されたファンクラブは香奈の魅力の危うさを十分知っていたし、それが学内に収まることがないのも共通認識だった。

 いつかきっと、香奈は世界に羽ばたく。そのポテンシャルは十分に今でもあるし、だから自然と人が集まり、ファンクラブとなった。だけどそれは今じゃないし、平穏な高校生生活を守る役割がファンクラブにはある。

 だから、危険な人物を香奈に会わせるわけにはいかない。特に最初から香奈を目当てにくる人は要注意――

 すでに学校内で一大勢力となっている香奈のファンクラブは、すでにそれを実行する力があった。

 



「全然香奈に会えないなー」

 

 私は右手にフランクフルトを二本持って廊下を歩く。三階は飲食の出店が多く、食べるものには困らない。

 

「で、でも、みんな親切。高校生怖くないかも」

 

 そしてなぜか、私達に声をかけてくれる人が多い。食べ物を買えば一つオマケしてくれるし、射的では弾数無限のサービスをしてくれた。普通だと私の背に威圧してしまう人も少なくないけど、みんな積極的に店に案内してくれるからついつい時間が掛かってしまう。

 

「もうステージまで一時間もないし、先に会うのは諦めるかぁ」

「れ、連絡は?」

「さっき一回してみたけど返ってこなくてさ。やっぱ忙しいのかも」


 その後もなぜか声をかけてくれる生徒たちに、私達はとりあえず文化祭を満喫することにした。




 香奈に会えないまま香奈のステージの時間になり、私達は体育館までやってきた。

 すでに席はある程度埋まっていて、前の方は座れそうにない。なぜかほとんどが生徒な気もするけど……一般の人は立ち見をしている人もいた。

 

「う、埋まってるね」

「私は立ってても見えるからいいんだけど、横の方でもいいならかさねも見えるかな」

 

 背が高い分どこにいても見回せるのはメリット、こういう時にしか役に立たないけど。

 

「こ、この辺でいい」

「もう少し前行けるよ?」

「人、多いから」

 

 その後もどんどん人が増えてくる。いくつかの視線の視線がこっちに刺さる気がするけど、たぶん背が高くて目立っているせいだろう。

 劇の開始五分前にもなると、体育館は人で凄いことになっていた。いつもこんなものなんだろうか、それとも香奈がやる劇が人気?

 ざわざわとしている体育館、やがて照明が落とされると、少しずつざわめきは小さくなっていって、やがて開始のブザーが鳴り響く。

 

『これより誠英高校生徒会による、演劇を開始いたします。演目名、ベルギーにいた、とある青年と犬』

 

 ステージにかかっていたカーテンがゆっくりと開いていく。そこにいたのは、一人の男子生徒と犬だった。

 

「犬、本物じゃない?」

「ほ、ほんとだ」

 

 その劇はどこかで見たような気がしたなぁと思っていたら、かさねが大筋はフランダースの犬だと教えてくれた。私は内容についてほとんど知らなかったから新鮮な気持ちで見ることができる。

 進学校の演劇ということもあって、当時のベルギー内の世界情勢や庶民の暮らしについて説明がありながら物語は進む。全体的に学びの要素が強いけど、舞台上の小道具や、衣装を含めて高校生の劇としてはかなり完成度が高かった。

 そしてなにより犬が凄い。とてもよく躾けられていて、それはまるで人間が入っているのかと思うくらい。その仕草は喜怒哀楽まではっきりと表現し、私はそっちの方に夢中になってしまった。

 劇は次第に終盤にさしかかる。気になるのは劇の最後の方になっても香奈が見当たらないことだ。もしや木とかじゃないよね……と思い始めた時に、私でも知っている有名なシーンが始まった。

 それは教会の中心で、主人公と犬が抱き合って天国に運ばれるシーン。この後天使が空から迎えに来て、二人を天国に運ぶんだよね。


「ん、天使?」


もしかしてと思ったところに、ステージ上に作られた階段に光が当てられ、一人の人物が下りる。

 

「うぇ」

 

 私の変な声は、周囲の歓声によってかき消された。

 ゆっくり階段を下りてくるのは、白いワンピースをまとった香奈だった。純白の羽を背負って、頭の上には光輪が浮かんでいる。後ろから強く当てられた光はまさに後光で、その輝きは神々しささえ感じさせる。

 うっすら微笑みを浮かべるその表情は慈悲に満ちていて、最初は歓声や悲鳴が出ていた会場内も、香奈が主人公と犬の前に経つ頃には誰一人言葉を発することはなくなっていた。

 そっと香奈が手を動かすと、主人公と犬から魂のような光が出る。その二つの魂はステージ内をきらきらと移動して、香奈が上を指すのと同時に上へ上へと昇って行った。

 その光景に、誰もが声を出せないまま、ゆっくりとカーテンが引かれる。

 

『以上で、誠英高校生徒会による、ベルギーにいた、とある青年と犬を終了いたします』

 

「すごかった、ね」

「……そうだね」

 

 本当に現実だった? もしかしたら夢だったかもしれない? 

 この体育館にいる全員が、同じように思っている気がした。

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