第44話 成れの果て

 俺たちがいる事務室は、このブロックで違法な実験をしている研究者のためだ。


 警備室にいる武装した警備員が、数人のチームで監視と巡回。


「ここには、関係者しかいない……」


 人間、慣れると面倒になるものだ。


 ここにあるデスクの端末は、どれもオープンのまま。


 厳重なセキュリティがある空間でいちいちロックしていたら、効率が下がる。


 壁際にあるキャビネットも、施錠されていない。


 ガーッと引き出したマリナが、片っ端から引っ張り出しては、どんどん読んでいる。


(効率を重視するなら、実験用の器材がある部屋、被験体を定期チェックするための部屋も近いほうがいい)


 薬品を混ぜるための作業ボックス、回転する加速装置、顕微鏡、保管庫……。


 どれも、この事務室と行き来しやすいように配置されている。


 定期的な観察のためか、仮眠室と食堂まで。


 隣接する薬品庫、実験室などを歩き回っている女に、声をかける。


「マリナ? 被験体に投与されている……明らかに不自然な薬品は?」


「あるわよ! はい」


 渡されたレポートには、何度もグレープフルーツとあった。


「何じゃ、こりゃ?」


 暗い顔になったマリナが、言い捨てる。


「隠語だと思う……。変異についての観察もあったから」


 それっきり、口を閉じた。


 資料を探しているというより、何かを忘れるためのよう。


 だが、こじ開けたロッカーにあったバッグに詰め込み、持てるだけのものを運ぶと見える。


 瓶も入っているらしく、動くたびにガチャガチャと、心配になる音も鳴った。


(最低限だけ教えたのは、俺の正気度を減らさないためか?)


 その時に、メティスが手招き。


「依頼されていた、ここの物資の出入りです! とりあえず、時系列でリストにしましたけど」


 印刷したものが、手渡された。


「助かった! ふーん、一番多いのがグレープフルーツかな?」


「人を化け物にするやつ?」


 怯えが混じった声に、メティスを見た。


「私たちも……そうなるはずだったと」


 ふと見れば、ケンイチはこじ開けたロッカーから金目の物、というか、現金を抜いているようだ。


「儲け、儲け!」


 俺たちの視線を気にせずに喜んでいる小悪党を見たあとで、考える。


(だいたい、情報は出揃った!)


 どいつも、曲者だ。


 しかし、俺の目的を忘れてはならない。


(この製薬会社がやらかすのは、ほぼ確定! んで、これ以上の探索はムダになるだろう)


 その時に、真剣な表情のマリナが近づいてきた。


「ねえ? このブロックで妙に大きな面積を占めている、レクリエーションルームだけど……」


 覗いてみたいそうで。


 ホラーのお約束だな!


(絶対に、別の意味で18禁だ……)


 同じ感想をもったらしく、顔に縦線を入れたメティスが反対する。


「や、やめよう? 過去の被験体が、見たくもない化け物になっているだけ!」


 大小の女から、視線が集まった。


「俺も、あとは脱出したい。最重要エリアのほうが怖いんだよな……」


 ガッカリするマリナに、無言で喜ぶメティス。


 いっぽう、ホクホク顔のケンイチが、近づいてきた。


「大収穫だ! そろそろ、移動しないか? 漁れるだけ漁っておきたい――」

 ザシュッ


 俺が腰のホルスターから拳銃を抜いたことで、ケンイチは青い顔に。


「お、おいおい? まさか、俺だけ盗むなって――」

「横へ退け! 来るぞ!!」


 両手で構えた俺は、ケンイチの後ろにあるドアへ銃口を向けた。


「わ、分かった!」


 ハッとした後で、慌てて壁際へ小走りのケンイチ。


「誰か、来るのね?」


 遅れて、マリナもドアのほうを見たまま、流れるように拳銃を抜いた。


 両足のポジションを直しつつ、両手で構えたままのマリナが訊ねてくる。


「警備員? それとも、研究者?」


「レクリエーションルームに行く必要がなくなったぞ! 変異した被験体どもだ!」


 どうして分かった? と言いたげな気配。


 けれど、メティスの悲鳴のような声。


「I blew it!(しくじった!) かなり前に探知されていたよ!」


 別系統のセンサーが隠されていたか、より上位の管理AIなどが判断したらしい。


 直後に、バシュッと、ドアが横へ引っ込んだ。


 そこにいたのは、カジュアルな私服を着ている大人だった。


 全身が膨れ上がった腫物のようなもので埋め尽くされていて、着ている服もボロボロ。


 その顔も、人であること以外に何も分からない。


「……近づかないで!」


 パンッ! パンパンパンッ!


 横にいるマリナは、威嚇を兼ねた初弾によって当たりをつけて、連射。


 外れ……外れ、当たり当たり。


 両手でしっかりホールドしていて、発砲によるリコイルも押さえ込む。


(やはり、素人には思えないな?)


 事務室といえる広さはあるが、本来なら耳栓をするべき。


(うーん? これ、フラッシュバンを食らったのと変わらんな?)


 発砲音によってキーンと痺れる耳に構わず、俺は先頭の化け物を見た。


 着弾による衝撃で後ろへのけぞり、そのまま倒れる。


 けれど、その後ろにいた下半身がナメクジのように変異した人の成れの果てが、押し潰すように前へ出てきた。


『ぃぃヵㇻ、………』


 横にいるマリナが、顔だけ俺のほうへ向けて、何か怒鳴っている。


 しかし、聞こえない。


 前へ顔を戻したマリナは、見事な射撃でナメクジ人間に当て続ける。


 耳が痛い……。

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