第3話 グーパンチ

 地方じゃんけん大会が終わって公民館からの帰り道、千代子は口もきいてくれなかった。

 家に帰ってリビングに入るとすぐ、千代子は口を開いた。

「何でチョキ出したの」

 訊かれた良樹はピースサインでチョキチョキした。

「いいじゃん別に。これでもう一日学校休めるし」

 そういった瞬間、千代子の手が飛んでいた。

「馬鹿っ!」

 昼飯をカップラーメンで済ませた良樹は、初めこそ親の暴力と無理解を心の中で非難していたが、夕方になってお腹が空いてくるとだんだん申し訳ない気持ちになってきた。

「……ごめん母さん」

 和室で洗濯物を畳んでいる千代子の背中に向かっていった。

「次は俺、わざと負けたりしないから。絶対勝つから」

 襖を閉めると、千代子のため息が聞こえてきた。



 二通目の封筒が良樹の家に届いた。今度は良樹宛ての封筒だった。中身は前回とほぼ同じだったが、会場は限定されていた。

「いってきます」

 二回目のじゃんけん大会当日、学校を休むことができた良樹は一人で家を出た。会場は地元の小学校の体育館が指定されていた。

「おー、良樹じゃん」

 学校の敷地内に入ってすぐ、後ろから声をかけられた。

亮平りょうへい! うわー久しぶり!」

 亮平は小学校、中学校の同級生だった。同じ部活に所属し、悪友という名前がぴったりの仲だった。

「ここにいるってことは良樹、お前も一回目は負けたんか?」

「そういうお前も負けたんやろ?」

「しゃあない。一回くらいは誰だって負ける。でもほんまよかった~、良樹が相手なら勝てるわ」

 亮平は笑いながらいった。

「覚えてるか? 小学生のときじゃんけん大会で、お前連続で五連敗か六連敗してたやろ? じゃんけん弱すぎやねんお前」

 亮平にいわれるまで記憶の彼方に飛んでいたが、いわれてみると確かにそんなことがあったような気がしてきた。

「嫌なこというなよ。昔の話やろ」

「そうか? いまは強いんか? じゃあおれとじゃんけんしようや」

 良樹は亮平と組むことになった。体育館には時間前から大勢の人々が集まり、じゃんけんが開始されるのを待っている。

「良樹」

 ニヤッと笑いながら目の前の亮平がいった。

「何だよ」

「おれ、グー出すからな」

「おいお前やめろやそういうの……」

「ええやないか。お前強いんやろ? だったら勝てるよな? 期待してるで……」

 時間がきた。


「「「「「最初はグー! じゃんけん――」」」」」


 亮平はチョキを出した。

 良樹はチョキを出した。


「おーーほっほっほい」

 亮平がチョキを顔の前に持ってきて笑う。

「引っかからんかったなあ」

「うざいねんお前」

「はあ? 黙れクソが」

 あいこの準備が整う中、二人の間にだけ険悪な空気が漂っている。

 こいつにだけは絶対に負けたくない……良樹は怒りを覚えながら次の手を考えた。


「「「「「あいこで――」」」」」


 良樹はグーを出した。

 亮平はパーを出した。


「あはああああ残念えええええんっっ!!」

 亮平はパーで拍手した。

 次の瞬間、良樹はグーで殴りつけていた。

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