第2話 - 「額面通り」の理解と行動

ASDの人が一般的に持つとされる特徴のひとつに「言われたことを額面通りにしか受け取れない」というものがあり、自分はこの傾向がかなり強い方だと思う。


 そういった傾向を持つ人の行動を表すものとして、こんな例え話がある。家族から留守番を頼まれた人(ASD)が「誰が来てもドアを開けてはいけないよ」と指示されたとする。するとその人は、家族が帰ってきた時でさえ決してドアを開けようとしなくなる。「誰が来ても」の中に家族も含めてしまっているのだ。結果その人は「融通が利かない」と家族から呆れられてしまう。


「誰が来てもドアを開けてはいけないよ」という言葉を額面通りにしか受け取れず、その言葉に対して忠実に命令を実行していて、まるで機械のプログラムのような、人間的な情緒の感じられない行動に見えるかもしれない。しかし、自分も同じような行動をしかねないので分かるが、実際にはもう少し複雑な逡巡や葛藤があり、その結果としてドアを開けようとしないことになるのだと思う。その内面の動きについて解説する。


 まず、もし自分が同じ指示を実際に受けた場合、恐らくドアを開けるとは思う。しかし、これは過去の経験から「留守番というのは家族が帰ってきたらドアを開けて迎え入れるものだ」という「常識」が備わっていて、ドアを開けるのが正解だと確信を持って行動できるからである。もし留守番という役目自体が未知のもので、一般的にはどうするものかも分かっていない状態の場合、話が変わってくる。


 家族が帰ってきて、ドアの向こうで「開けろ」と叫んでいる(なぜか鍵を持っていない)状況。開けるべきかもしれないと思うが「誰が来ても」という先の命令と矛盾することになる。これによって迷いが生じ、頭の中が軽くパニックになって、身体が硬直するような感じを覚えてしまう。命令には忠実に従わなければならないという、ある種の強迫観念もあって、自分で考えて判断するのが怖くなる。


 迷いが生じるのは、ドアを開けるのが「不正解」だった場合のシナリオを頭に思い描いてしまっているからだ。1つの可能性として、もしかすると、いま「開けろ」と叫ぶことによって「自分を試している」のでは……という疑念が浮かんでいるのである。「誰が来ても開けてはいけない」という命令を忠実に実行できるかを、家族が試しているのだとしたら、ドアを開けた瞬間に「なぜ開けた!誰が来ても開けるなと言ったはずじゃないか!お前は言われたことを理解できていないのか!」とこっぴどく叱られるかもしれない。


 こういった可能性がいくつか考えられる以上、軽率にドアを開けるのはリスクが高い行動だ。ならば、比較的リスクを抑えられるのは「言われた言葉に忠実に従う」ことだ。自分は確かに「誰が来てもドアを開けてはいけないよ」と言われたし、その言葉上に「家族だけは例外」というニュアンスは含まれていない。言葉の額面通りに行動していれば不正解のリスクが低くなるし、もし裏目を引いたとしても「家族だけは例外」とは言われなかった、と正統性を主張することができる。よって「ドアを開けない」のが、この場において最も合理的な判断である。


 ――と、このようなことがASDの人の脳内(少なくとも筆者の場合)で起きていることを理解してもらえれば幸いだ。実際の業務では、もっともっと複雑で難しい命令をもらうし、複数の人から複数の命令をもらって、その命令同士で矛盾していたりもする。そのたびに自分は、脳内でこのような葛藤を生じさせ、結果として判断を何度も間違えてきた。


「額面通りにしか受け取れない」というのは、先の例から分かるように、もう少し掘り下げると「言葉の額面から外れて自己判断することに恐怖がある」という側面もある。過去の経験やリスクの計算に基づいて判断すると、結果的に額面通りの解釈が最適解になってしまい、それが指示した人の意図とズレてしまう、といったことが起き得るのである。


 命令の冒頭に「家族が帰ってくるまでは」と一言付けてもらえれば、解釈の余地が無くなって安心し、自信を持ってドアを開けられると思う。しかし複雑な業務においては、完璧に具体的な命令はなかなか望めないのが現実であり、言葉の額面以上の「暗黙の了解」を読み取って判断できない、自分の方が悪いということになってしまう。


 これらの不利な特性は、対人関係も含めたあらゆる場面で、自分の思想や行動に影響を与えている。

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