第9話 神隠し
「これは……」
九門は俺を見ながら唸るような声を漏らす。表情は深刻そうだ。額にはなんか汗が伝ってる。えっ。なになに。なんか怖いんだけど。
俺の紅茶占い、そんなにやばかったのか?
やがて九門は口を開く。
「結果はまだ告げるべき時ではないようね」
「な、なんだよそれ。気になるだろ」
「もう少し貴方自身の運命を進めなさい。話はそれからよ」
「適当にそれっぽいこと言ってごまかすつもりじゃないだろうな」
「私の力を忘れたの? 貴方は私の占いに何度も助けられたはずだけど」
「え……あ……」
そうなの?
しかも何度もって。
記憶を無くす前の俺、何をそんなに占うことがあったっていうんだよ。
「……仕方ないわね。一つだけ教えてあげる」
九門はハアとわざとらしいため息を吐いてから。
俺の核心を突いてくるように言った。
「貴方は今、誰かを探している」
「えっ……」
「そして、それは貴方の運命を進めるために必要な出会い。その先にある未来が貴方の望むものなのかはわからないけど、残念ながら避けることもできない類のものよ」
「大層だな。そんな出会いなんざ、誰だって少なからず求めて……」
言いかけてから気付く。
俺は確かにある奴を探している(ことになっている)ことを思い出した。古村さんと。そう。『破滅の魔王』だ。
「ふふっ。心当たりがあるようね。じゃあこれはオマケよ。その運命を少しでも早く進めたいっていうんなら、この場所に向かうといいわ」
言いながら、九門は和紙みたいな紙に細い筆でさらさらと何かを書き始める。
それはやや抽象的ながらも、特定の場所を示す言葉だった。
「なあ九門。これって」
「これ以上の質問は受け付けないわ」
九門は首を振る。
「私は私の視た曖昧なものを言葉にして伝えるだけ。その解釈は貴方がするものであって、私には知りようのないものよ」
「…………」
「言ったでしょ。その出会いは逃れることができないって。だから……貴方は貴方の思うまま進み、ただ立ち向かえばいいの」
「……そっか」
正直、また適当なことをそれっぽく言っているだけにしか思えない。
一方で占い師じみた格好のせいか、妙な説得力を感じるのも確かだった。
「まあ、一応心に留めとくよ。俺なりに、できることをやってみる」
記憶を失って以来、不安なことばかりだった。
だから高校生の少年を主人公にした小説を道標にしようとし、けどそれも虚像でしかなかったことを知らされて。また俺は暗い世界で進むべき方向性を見失っていた。
そんな今の俺にとって、占い師の言葉は希望の光そのものだったのかもしれない。
「じゃあな、九門。来週の水曜から学校行くから、その時はまたよろしくな」
「待ちなさい。貴方、何しに来たのよ」
清々しい気分で占いコーナーを出ようとしたら、後ろからガシッと首根っこを鷲掴みにされた。そうだった。こいつは俺に用があって呼びつけたし、俺は俺でこいつから失われた記憶を探るんだったな。
俺は改めて椅子に座る。
つうか俺、まだ上半身裸のままじゃねえか。
ちょうど足元に転がっていたシャツを拾い、袖を通しながら聞く。
「それで? お前の話したいことってのはなんだったんだよ」
「結論から言うわ。人類は滅亡する」
「ファッ」
こいつ今なんて?
シャツを着る動作のまま固まる俺を置いてけぼりに、九門は続ける。
「一学期終業式に起こった『神隠し』。あれを機に世界の運命は大きく変わったわ。大量の行方不明の原因はまだ判明していないけど、私にはわかる。少なくともあれは何者かの意思によるものよ」
「何者かって……何者ならあんな真似できるって言うんだよ。神か?」
「あの事件で生き残った生徒は私と貴方、そして古村綾の三人。このことには、必ず何かしらの意味がある」
九門の言葉には一切の迷いがなかった。
あらかじめ用意された脚本を読み上げるみたいに、淡々と連ねられていく。
「運命には強制力というものがある。あの『神隠し』が運命に導かれたものだったのなら、 終業式に参加するべき生徒は全て犠牲になるはずだった。体調不良による欠席やサボり、不登校といった個々の要因が許される余地もなくね」
「運命……強制力? なんだよそれ」
「もっとも、私はその運命を予見したからこそ逃れることができたわけだけど……じゃあ他の二人はどうなのかしらね?」
九門鏡子がベールの奥から俺をまっすぐに見る。
「おい、まさか俺を疑って……いや」
こいつは始業式の日、校門前で古村さんに向かってヘンテコなことを言っていた。
お前が人類を導く存在だとか、そんな感じのことを。
「古村さんがやったって言うのか?」
その問いの後には、わずかな間があった。
そして九門は何故か妙に艶めいた笑みを俺に向ける。
「貴方から見て、古村綾はどんな人物?」
「え……いや、お前はどうなんだよ」
「私と古村綾に接点なんかないわ。あるはずないでしょ?」
有無を言わせぬ強い口調だった。
けど記憶喪失の俺は、結局のところ二人のことが全くわからない。
九門鏡子は続ける。
「古村綾といえば学校では目立たない女だったし、交通事故で長く入院していた。彼女と親交のあった生徒はほとんどいないはず」
「……そうだっけか」
「でも貴方は違う。入院した古村綾のお見舞いを何度も重ねていた。古村綾だけでなく貴方も『神隠し』から逃れられたことと無関係ではないと私は考えてる」
「……悪いな。本当にわからない」
「そう。それならそれで別に構わないけど」
記憶喪失を隠しながらの苦しい答えにも、九門の反応は意外とアッサリしていた。
ここに呼び出しておきながら、俺の口から引き出せる情報にはそれほど期待していなかったのかもしれない。
「運命は既に動き出した。でも、それを予見していれば止めようはある」
「どうするつもりだよ。古村さんが人類を滅ぼそうとしてますって先生か警察にでも言いつけるつもりか?」
「フフッ」
鼻で笑われた。
「幼稚なことを言うのね。脳が小学生から成長してないの?」
「じゃあどうするってんだよ!」
「私の占いでは、異世界から訪れた魔王により人類が滅ぼされるらしいの」
「お、おう……また大層な存在が出て来たな」
「なら話は簡単でしょ? 勇者をぶつければいいのよ」
え、なにいきなり。
脳が小学生から成長してない奴みたいなこと言い出したぞこいつ。
記憶喪失だから話、合わせるけど。
「そうだな。確かに勇者がいれば大抵なんとかしてくれそうだ。いればの話な」
「そして勇者については既にアテがついているわ」
「おいおい、まさかそれが俺ってオチじゃないだろうな」
「自惚れないで。貴方が勇者なわけないでしょ。その平凡な顔で」
「顔は関係ねえだろ!」
ガタンと立ち上がる。
その時、ピピピ―とアラーム音が鳴った。
テーブルの端に置かれた時計を九門が横目で見る。
「どうやら正午になったみたいね。アルバイトはこれで終了よ」
「お、おう……」
すぐに片づけを始める九門。こういうところはキッチリしているらしい。俺も正直早く帰りたかったからありがたいのだが、このまま占い代を請求されたらたまらないので一応クギを刺しておく。
「占いの金は払わないからな。結局まだ結果を聞いてないし」
「なっ……? いちいち細かい男ね……」
いずれにせよ、話すことでわかったことがある。
やはりこの九門鏡子という女子も頭がちょっとヤバい奴らしい。
なんというか――詰んだな。
古村さんと九門から失われた記憶を探るのは、早々に諦めた方がよさそうだ。
まったく。なんてことだ。
『神隠し』の生き残りでマトモなのは俺だけかよ。
収穫もなく絶望だけを残して『つかモール』を後にする。
ふとスマホを見ると古村さんから着信が六十四件入っていた。
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