ちとオカし〜泉に願いを〜

涼森巳王(東堂薫)

泉に願いを

第1話 再会



 小説家になりたいと最初に思ったのは、誰かと約束したからだ。子どものころから本を読むのが好きで、放課後よく図書室へ行った。そこでいっしょになったんだったか? よくおぼえてない。わたしには、小学四年生のときの記憶が数日間だけない。インフルで高熱を出して、寝こんだ前後だ。そのころに約束したんだったっけ? わたしがストーリーを書くから、あなたは挿絵を描いてねと。


 いや、違うかも? わからないけど、きっと、とても大切な約束だったんだろう。だからこうして、今でも中途半端に夢を追い続けている。


「あれ? 千都ちと? 千都じゃない?」


 ふりかえると、同年代の女性が立っていた。もう十年以上も会っていないが、面影があった。ひとめで小学の友達、雨宮梨優あまみやりゆだとわかる。記憶のなかのおかっぱの女の子が、目の前でいっきに二十五歳に成長した感じ。


「わあっ、りゆ? なつかしい。ひさしぶり」


 小学卒業以来に再会した友人は、どこか疲れはてていた。顔色もよくない。目の下にベッタリくまがはりついてる。


「りゆ、どうかした? 体調悪そう」


 わたしは昔から、思ったことをそのまま言ってしまうとこがある。大人になってからは気をつけてはいるものの、友達に会ったなつかしさで、つい口がゆるんだ。


「あ、うん。ちょっとね」

「どっかで休む? そこに喫茶店あるよ」


 これも、なつかしい。子どものころ、父母といっしょに何度か入った店だ。缶詰のチェリーがのったクリームソーダ。チープだけど美味しかった。


 十数年ぶりの再会で、興奮してたのはたしかだ。クリームソーダをたのんだあと、わたしはたぶん、一人でペラペラしゃべってたんだろう。ふと我に返ると、梨優が青ざめた顔でうつむいていた。


「あ、ごめん。ぐあい悪いんだったね。もう帰る? なんなら送るよ? 実家、近くだったよね?」


 すると、梨優の顔色はさらに悪くなった。目に見えてふるえてる。


「あれ? なんか……帰りたくないの?」


 なんでも言葉にしちゃうのは困った癖だが、このときは正解だった。梨優は小さくうなずくと、ホロホロと涙を浮かべた。


「あれ? あれれ? どしたの? りゆ」

「わたし……怖い」

「怖い?」

「う、うちに……なんか、いる」


 てっきり変な虫だろうなんて思ったわたしは、かなりのお気楽者だ。青ざめてひきつった梨優の顔を見れば、本気で恐怖をいだいてると、ひとめでわかるのに。


「何かいるって、何が? 犬とか猫とか、虫? あっ、まさか! 空き巣と鉢合わせしちゃった?」

「そんなんじゃない」

「えっと、警察呼ぶ?」

「ムリだよ! 幽霊は警察じゃ捕まえられない」

「幽霊?」

「ついてきて!」

「でも、クリームソーダがまだ——」


 飲みかけのクリームソーダを泣く泣くあきらめ、ひっぱられていった。こんなことなら、チェリーだけでも、さきに食べとくべきだった。好きなものはとっとく派なもんだから……。


「りゆって、その……結婚してるの? それとも、まだ家族と暮らしてる?」

「まだ独身だよ。大学出てから一人暮らし」


 つれられていったのは、まだ外観の新しい二階建てアパートだ。地方都市の郊外に位置するこのあたりではオシャレで目立つ。正直、不気味に感じる要素はゼロ。なのに、胸の奥底が、にわかにざわついた。


(……ちょっと、ヤダな。ここ。薄暗い?)


 玄関の前でためらっていると、梨優が鍵を手渡してきた。


「お願い。さきに入ってくれる?」

「えっ? わたし?」


 うなずきながら、モゴモゴ言っている。小学二年のとき、親の仕事の都合でこっちに引っ越してきたわたしが、クラスで最初に仲よくなった梨優。優しくて気遣いできるけど、そういえば、少し気弱なとこがあった。


(こんなとき、手毬てまりがいてくれたらな)


 とは言え、弱音なんて吐いてられない。もともと、ここへは地元のオカルト話を取材するためにやってきたのだ。コロナ禍で勤めていた会社がつぶれた。子どものころなりたかった作家の夢に少しでも近づきたくて、週四日スーパーでレジを打ちながら、ウェブサイトに投稿を続けている。そのためのネタ探しだ。


「じゃあ、あけるね」


 ビクビクしながら、そっと鍵をさしこみ、まわす。ドアをあけると、一瞬、すきまから匂いがした。しめっぽいような、魚か海藻みたいな匂いだ。金魚の水槽を長いあいだ放置すると、こんな感じになる。


 カーテンがしまったままなのか室内は暗い。ドキドキしながら、なかをのぞきこんだ。

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