協力
それから1週間かけ、拓雄とプロウスは10個ほどの薬を調薬した。
無論、全てに「神薬」と「薬効増加」をかけてある。
どうやら「神薬」は神にも作用する薬を作れるらしい。
これでフィオラムの言っていた「私の役に立つ薬を作れ」というのに繋がった。
「終わったー!あとは女神様が来るのを待つだけだね!」
プロウスが楽しそうに言う。
「本当にありがとうプロウス。1週間も手伝ってくれて」
本当にプロウスには世話になった。薬の作り方、薬のチェック、ガラス瓶の用意をやってくれたのだ。そのおかげで助かったのは言うまでもない。
薬のチェックに関してはプロウスの能力らしいが。
「僕は君の‘召喚獣’ですから!」
とプロウスは誇らしげに言った。
その時、いきなり目の前の空間が裂けた。
フィオラムが来たのだ。拓雄はごくりと、口の中の唾を飲み込んだ。
大丈夫。薬は10個も作ったんだ。少なくとも3つは気に入ってくれるだろう。
フィオラムが空間の裂け目から姿を現した。
拓雄は精一杯口元に笑みを浮かべた。
「お待ちしておりましたフィオラム様。どうぞこちらに」
そう言って小屋の中に手招きした。
少しでも印象を良くしろ。そうすれば自分の運命が変わるかもしれない。
プロウスが拓雄の左肩に飛び乗った。
そして「頑張れよ」と小声で励ましてくれた。
フィオラムはその声には反応せずにずかずかと小屋の中に入り、机に並べてある10個の薬を物色し始めた。
「薬の説明」
フィオラムがぶっきらぼうに言う。
拓雄は1つ深呼吸をしてから説明を始めた。
「まず、1番右、【即時治癒】です。2番目は【継続再生】、3番目は【視力増強】、4番目は【筋力増強】、5番目は【耐久増強】です。ここまでで気に入られたものはありますか?」
「特にない。さっさと続けて」
拓雄は少し焦りを感じた。あと半分しかない。
落ち着け。
今までに紹介したのは効力が単純なものだけだ。
残り5つは効力が複雑なものを揃えてきた。
きっと大丈夫。
「分かりました。では残り5つの説明に入らせていただきます。残りの5つは効力が複雑なため、詳しい説明もいたします」
「では6番目、【能力模倣】です。これを服用すると相手のスキル等の能力を1つだけ模倣し、自身の物にすることができます。効力は500秒間です」
フィオラムの顔色を窺った。少し苛立っているような顔に変化はない。
脈ナシか。
残り4つ。
「続いて7番目、【記憶改竄】です。これは自身ではなく、相手に服用させる薬となっております。これを服用すると、直近1時間の記憶を失わせることができます。そして、その1時間について最初に耳に入ったものを新たな記憶にすることが可能です」
相変わらず顔に変化はない。
これも脈ナシか。
残りは3つしかない。
全て気に入られなければ終わりだ。
心臓の鼓動が速くなる。
落ち着け。
大丈夫だ。
1週間も相棒と一緒に準備してきた。
きっと大丈夫だ。
「8番目、【制限解除】です。服用すると、自身にかけられている全ての制限を24時間の間解除できます」
恐る恐るフィオラムに目をやった。
すると、フィオラムが手を顎に当てていた。
考えているように見える。
ついに脈が出たのか?
はやる気持ちを抑え、聞く。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。続けろ」
フィオラムは顎に手を当てたまま言った。
「分かりました。9番目、【外見変化】です。服用すると、外見から声に至るまで任意の相手に変えることができます。効果時間は500秒です」
フィオラムは顎に手を当てたまま。
「最後に10番目、【経時鈍化】です。服用すると、脳内時間の流れを遅くすることができます。これにより、戦闘中の一瞬に判断がしやすくなるなどのメリットが——」
「もういい」
フィオラムは拓雄の話を遮って言った。
そして薬の机に手を伸ばした。
そして【制限解除】を手に取り、懐にしまった。
あと2つだ。
だが拓雄の考えに反して、フィオラムは薬を取ることはなかった。
「え……」
思わず声が漏れた。
「がっかりだよ。君には」
フィオラムはそうため息をつき、指を鳴らした。
そして彼女は静かに口を開く。
「斬、天誅」
その瞬間、拓雄の右肩に鋭い痛みが走った。
ぼとり、と鈍い音が狭い小屋の中に反響する。
地面に落ちている自身の右腕が目に入る。
「ゔあぁぁあぁぁ!」
拓雄は叫び声をあげ、腕のない右肩を左手で押さえながら蹲った。
痛い。痛い。痛い。
なんでこんなことに。なんでこんなことに。なんで。なぜ。
「本来ならここで首を落としてたが、【制限解除】に免じてこのくらいにしといてやるよ。その腕は【
目の前の女神は嘲笑うように言った。
プロウスは拓雄の左肩から飛び降り、フィオラムに威嚇を始めた。
「僕の主人になんてことをするんだ!」
その時、プロウスの尻尾をフィオラムが右手で摘み上げた。
その動きはあまりに速く、目に数瞬でも留まることはなかった。
フィオラムはプロウスを摘んでいる右手を左手の上に持ってきた。
何をするつもりだ。
すると彼女の左手からは炎が噴き出した。
そしてゆっくりと右手を下げる。
プロウスと炎の距離が徐々に近くなっていく。
プロウスを焼こうとしているのだ、と即座に察した。
「やめろ!」
拓雄は肩の痛みを堪え、声を張り上げた。
噴き出す血で既に左手は真っ赤に染まっていた。
フィオラムは口元を歪め、意地悪そうに笑った。
「それが、この世界の神に頼む態度?」
そう言いながらも右手を下ろすのをやめない。
プロウスの前足に一瞬炎が触れた。
「ギャァ!」
プロウスの悲鳴が耳を引き裂く。
拓雄ははぁ、はぁと荒い息をなんとか抑え、地面に頭を擦り付けた。
「どうか、やめてください……お願いします……」
プロウスは初めてできた親友なのだ。
この親友がいなくなったらもう生きていられない。
すると目の前にプロウスが放り投げられた。
「もう一回チャンスをやる。来週までにあと2本作っておけ。次はないからな」
そう言い、フィオラムは空間の裂け目に姿を消した。
肩から溢れる鮮血で、小屋の床は真っ赤に染まっていた。
「大丈夫?」とプロウスが弱々しく聞いてきた。
そう言っているプロウスの左前足も変な方向に曲がっている。
恐らく投げられた衝撃で折れたのだろう。
「ああ」と絞り出すのが精一杯だった。
その時、唐突に小屋の扉が開いた。
ゴブリンのようなものが見えた。
全身に痛々しい火傷の跡がある。
血の匂いに釣られてきたのだろうか。
あるいは叫び声か。
もう終わりなのか。
この人生は。
やっと親友が出来たのになあ。
もっと生きたかった。もっと———— — — — - - -
——全身に妙な浮遊感を感じた。
ゆっくりと瞼を開ける。
大量の木の葉が見える。
その隙間から赤い夕陽が差し込んでいた。
自分が草で編まれたハンモックの上にいることに気づいた。
小屋の中にこんなものあったっけ。
「起きたか」
低い声がした。
声の方を見ると、例の火傷のゴブリンがいた。
「ひぃ!」と拓雄は情けない声を上げた。
そこで気がついた。
右腕がある。
さっきフィオラムに切り落とされたのではなかったのか?
いや、まず自分は死んだはずでは……
「怖がらないでいい。別に食おうって訳じゃない」
ゴブリンが言う。
確かにそうだ。食う予定ならもう食っていただろう。
「……助けてくれたんですか?」
するとゴブリンは少し気恥ずかしそうな顔をしてから「そうだよ」と答えた。
「にしても、さっき見たけどあんた調薬師か。すげぇなあの薬。あんたの腕も一瞬で繋がったぜ」
どうやらゴブリンが薬を使って腕をくっつけてくれたらしい。
「ありがとうございます。あの、プロウス……ネズミ知りませんか?背中に草が生えてる……」
「ああ、あのネズミか。それならここにいる。今は薬飲ませて寝かしてるよ」
とゴブリンが床に置いてある籠を指した。
「ありがとうございます。僕は拓雄です。あなたの名前は?」
「トモヒロだ。難しい方の智恵に、お坊さんの弘法の弘だ。……って言っても分からねぇか」
と智弘は力なく笑った。
何を言っているのだろう。智弘というゴブリンは。
漢字くらい日本人なら誰でも分かる。
「分かりますよ。日本人ですから」
そう言った途端、智弘の顔色が変わった。
「お前、転生者か?」
「はい。そうですけど……」
転生者だと何かまずいのだろうか。
まさか転生者ならこの場で殺す、とでも言い出すのか。
だが、智弘の聞いてきたことは拓雄の予想に反するものだった。
「じゃあ聞くが、“フィオラム”という奴を知っているか?」
「知ってます。そのフィオラムにさっき腕を落とされました」
「どうゆうことだ?詳しく聞かせてくれ」
智弘は食い気味に聞いてくる。
なぜここまでフィオラムに拘るのか。
疑問に思ったが、取り敢えず話すことを決めた。
薬を作れと言われたこと、薬が気に入らないという理由で腕を落とされたこと、次はないと言われたことを手短に話した。
その話を聞き終わったあと、智弘は聞いてきた。
「フィオラムに恨みはあるか?」
「ないって言えば嘘になりますけど……。そんなことを考えていることがアナウンサーを通じてフィオラムに知られたら……」
智弘はその言葉に笑った。
「アナウンサーの情報がフィオラムに入るっていうのはないと思うぞ。そうしたら俺はもう殺されてるはずだ。俺は日夜フィオラムを殺したいと思っている。そんな奴を生かしていると思うか?」
「確かに……」
と、答えながらも思う。
なぜ日夜、フィオラムを殺すことを考えているのか。
智弘は話を続ける。
「なあ、フィオラムに恨みがあるんなら俺らの仲間に入らないか?フィオラムに復讐がしたいと思わないか?」
「失礼ですけど、なぜフィオラムに恨みがあったらあなた——智弘さんの仲間に?」
「じゃあ理由をいう。俺も転生者だからだ。フィオラムによってゴブリンにされた。‘少し態度が悪かった’っていうくだらない理由で。そしてこの火傷の痕はフィオラムの‘天誅’よって負わされたものだ。俺の2度目の人生はフィオラムに狂わされた。だから復讐する」
智弘の声は途中から明らかに怒気を孕んでいた。
拓雄は智弘に同情した。
いや、智弘に比べれば自分はまだマシな方かもしれない。
「分かりました。協力します。あとさっき‘俺ら’って言ってましたけど、他には誰が?」
「メンバーはあと1人、いや2人いる。1人目はエミル。Lv.70オーバーの英雄だ。まあ俺もLv.60のゴブリンだし、お前もLv.50の調薬師だから平気だよ。そして2人目、トリカ。フィオラムと同じ転生管理人の1人らしい」
「なんでトリカって人はフィオラムに復讐する計画に参加してるんですか?」
「分からない。恐らくフィオラムに何らかの恨みがあるんだと思う」
その時、唐突に目の前の空間が裂けた。
フィオラムが来たのか。だとしたらまずい。
何かいい言い訳はあるか?
いや逃げる方が確実だろうか……
だが、それらは杞憂だった。
空間の裂け目から現れたのは翠色の髪ではなく、赤い髪だったのだ。
赤いショートヘアの少女だった。
どこか異国風の顔立ちをしている。
「Прошло много времени。新しい仲間を手に入れたようだね。これで準備は万全というわけだ。にしても調薬師を手に入れるとは……。想像以上だ。これで事が早く進むよ」
少女は嬉しそうに笑った。
「トリカ、なんで仲間ができたことがすぐに分かったんだよ」
と智弘が聞く。
どうやらこの少女がトリカらしい。
「それは花鏡の映し出す先をこの世界に設定したからだ。フィオラムは空間管理が雑だからすぐに接続できたよ」
花鏡?
恐らく防犯カメラの様なものだろう。
するとトリカのやったことはセキュリティの甘い防犯カメラに不正アクセスしたようなものか。
「で、いつ決行するんだ?」
と智弘がトリカに聞く。
「5日以内には。いつでも行けるようにしておいてくれ。あとはこのことをエミルにも頼むよ。あと君」
と唐突に拓雄に声をかけてきた。
「なんですか?」
「今はどんな薬がある?」
「作った薬は小屋にありますけど……」
「智弘、小屋まではどのくらいだ?」
トリカが智弘に聞く。
「ざっと数百メートルだ」
「じゃあ今から行くぞ」
とトリカが言う。
智弘は籠を持って立ち上がり、歩き出した。
拓雄もそれに続く。
小屋に着くとトリカが早速机の上に並んだ薬を物色しはじめた。
そして淡い青紫色の液体を手に取った。
「この【記憶改竄】っていうのは?」
「それを服用すると、直近1時間の記憶を失わせることができます。そして、その1時間について最初に耳に入ったものを新たな記憶にすることが可能です。基本的には相手に対して使うものです」
「これを貰ってもいいか?これがあれば計画が完璧なものになる」
「それで計画が成功するなら」
「分かった、恩に着るよ。あと、決行までにバフ系の薬を沢山作っておいてくれ」
「分かりました」
「頼んだぞ」
そう言い残し、トリカは空間を引き裂いた。
そしてその裂け目の中に姿を消したのだった。
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