7.

 スマホには母の入院している病院の名前が大きく書いてあった。俺は急いで電話に出る。


「もしもし」


「もしもし、坂本 康介様で間違いないでしょうか?」


 電話越しに聞こえる声は冷静だったが少し息が上がっており、嫌な予感がする。


「はい、間違いないです」


「お母様の体調が急変して大変危険な状態です。今緊急で手術を行っています。すぐに病院にいらして下さい。そして、他のご家族の方にもお伝えください」


「わ、わかりました」


 俺はパニックになる。ついさっきまであんな笑顔で元気だった母が危険な状態? ふざけるなよ。何かの冗談だろ。そう思い込んで正気を保った。


 本気で走った。人にぶつかっても関係なく、ひたすら、がむしゃらに走った。途中人通りが多いため、早く前に進めなかった。苛立ちを覚えて、周りが見えなくなっていた。


「お兄さん!!!!」


 大きな声と同時に急に腕をとても強い力で掴まれる。振り向くと知らないサラリーマンが腕を掴んでいた。


「正気かよ!? 死ぬぞ!?」


 顔を上げると信号機は赤だった。


「すいません……ごめんなさい」


「いやいや、無事で何よりだよ」


「本当に、本当にありがとうございました」


 徐々に落ち着いてきて、なぜか視界がぼやけて見えなくなった。意識はあるのに霞んで何も見えない。信号が青になる。俺は走るのをやめて、とぼとぼ歩く。


 絶望に暮れながら、母のことを考えながら、思い出を振り返りながら、歩く。まだ死んでいない可能性がある。なんて、自分でも馬鹿らしい考えに笑えてくる。


 必死にお願いをした。どうせ叶わないだろう願いを。母を助けてくれと。心で泣き叫ぶように願う。


「酷いよ……神様さ、俺いい子じゃなかった?」


 笑いながらそう独り言を発する。徐々に笑みも浮かべれなくなった。


「お願い……お願いだよ……頼むよ…………見捨てないでくれよ」


 神を恨むように呟く。気づけば病院だった。受付を通り、手術室の前に着く。椅子に座る父を見つける。父は手を握り、祈っているように見えた。


 まだ、赤くランプが点灯していた。希望はあるだろうか。ゆっくり父の横に座る。父は優しく肩を抱き寄せる。それに甘えるように力を抜く。


 ────22時40分


 電話があった時間から1時間が過ぎた。願う事もしなくなり、母の顔がずっと頭にあった。それ以外、何も考えていなかった。


 ただ、ぼんやりと浮かぶ母の色んな表情を思い返していた。笑った顔が似てるって言われるだよな。なんて、呑気に考えていた。


 すると、ガラガラガラガラと誰かが手術室に運ばれて来る。手術中なのに何考えてるんだと思っていた。


 扉が開く。その時に手術が終わったのかと咄嗟に立ってしまった。だが、誰も出てくることなく、そのまま入っていく。


 その時に見えてしまった。運ばれて来た人の顔を。


 


 






 


 「祈?」

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