第11話 契約

「ようこそ、王国キングダムへ」


 ミカエラとソラムがゲートを抜け、そのまま集会場ロッジに向かった。もちろんミカエラはおぶられたままである。


「ねぇ、そろそろ下りてくれない?」

「嫌よ。せめて集会場ロッジに着くまではね。それに、私をおぶっていたら勇者を助けた英雄に見えるわよ?」

魔王に英雄は無理よ。それよりも、気のせいじゃないと思うんだけど、やっぱり視線が痛い気がするのよね。私殺されないわよね? 本当に大丈夫よね?」

「大丈夫よ。何かあったら私がなんとかしてあげるわ。それにしても、このいい匂いは飽きないわね。香水でも使ってるのかしら」

「使ってないわよ。そもそも私は香水は嫌いなの」

「そう。だったらこれがあなたの匂いなのね。フェロモンかしら。そう思ったらもっと嗅ぎたくなってきたわ」


 スラムはもう何度目かのぞわりとした感覚を背中に感じながらも、ミカエラの案内でどうにか集会場ロッジに到着したのだった。

 そろそろさすがにと思ってソラムがミカエラを下ろした。もちろんミカエラは名残惜しそうな不服な顔をしていたが、ソラムはそれを完全に無視した。


「お、おかえりなさいませ。ミカエラ様。えっと、そちらのお方は?」


 受付に報告に行ったミカエラ。すると受付の人は、見たこともない存在とそこから自然に出てしまっている魔王としての闘気を前にたじろいでしまった。


「ソラム。抑えて」


 その一声によっていかにも普通の人間のようになったソラム。だが、一度味わった感覚と気配を忘れることは出来ない受付の人は動揺していた。それでもミカエラが話を始めた。


「昇格試験の報告よ。無事にクリアして帰還したわ。これで私は明日からシルバーAランクよね?」

「しょ、少々お待ちください。異世界の状況を確認します。……はい、魔王の存在は完全に消失しました。試験達成により、明日からAngelic Lily様をAランクと認定します」

「うん、ありがとう。それじゃ、また明日か明後日くるわね」

「は、はい。お待ちしております」


 そんな会話を聞いていたソラムは何がなんだか分からないような顔をし、他の冒険者達はその達成報告に驚きを隠せずにざわついていた。また、視線がどうしてもソラムの方にも向き、ソラムが少し怯えているような様子だったのでミカエラがその手を引いて外に出た。


「次は冒険者団体ギルドに行くわよ。そこであなたを正式に私の仲間にする手続きをするわ」

「う、うん」


 それから到着した冒険者団体ギルドにおいてもみんなが同じような反応を示した。だが、そんな中で一人だけはいつもと変わらない様子だった。


「ミカエラか。そっちのはどうした?」

「ギルド長。彼女は私の仲間よ」

「仲間? そうか、ミカエラにもやっと仲間が出来たんだな。ということは、今日はその申請か?」

「ええ。でもね、実は―」


 ミカエラはギルド長の耳元で話をした。


「そうか。分かった。そういうことなら俺が手続きをしよう。物を持ってくるから待っていてくれ」

「うん、ありがとう」


 それから少ししてギルド長が戻ってくると、その手にはインクと特殊な筆のようなものが握られていた。


「やり方は分かるか?」

「ええ。大丈夫よ」

「そうか。えっと、そっちの人はなんて名前なんだ?」

「ソラムよ」

「そうか、ソラムか」


 するとギルド長がソラムの手を握って握手をした。もちろん驚きを隠せないソラム。


「ソラム。ミカエラをよろしく頼むぞ。こいつにはなかなか仲間が出来なくてな、俺も心配していたんだ。だから、やっと出来て俺は嬉しいんだ。どうかこの先も支えてやってほしい」

「え、ええ。もちろんよ。ギルド長」


 ぎこちない返事だったが、それを聞いたギルド長は心底嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃ今日はこれでね。またくるね」

「おう。あぁ、そうだ。丘に行くなら今日はやめておいた方がいいぞ。雨が降るらしいし、いつもミカエラが寄っている木の実ジュースの屋台は今日は来ていないから」

「分かった。ありがとう」


 そうしてミカエラとソラムは冒険者団体ギルドをあとにした。


***


「ほら、入って。今日からここが私とソラムの家よ。ベッドは一つしかないけど、見ての通り大きいから問題無いわよね?」

「問題しかないわよ」


 借家に戻ってきたミカエラは、部屋の扉の前で立っているソラムを中に招き入れた。そしてソラムは顔をしかめた。


「何が問題なのよ? 広さは十分でしょ?」

「そういう問題じゃないのよ。どうして私があなたと一緒に寝るのよ」

「駄目?」

「駄目よ。匂いを嗅いだり舐めようとしてきたりする変態とどうして一緒なのよ」

「変態じゃないわ。愛情表現よ」

「私からしたら変態なのよ。とにかく、一緒に寝るのだけは―」


 すると、途端にミカエラがしゅんとなって俯いてしまった。

 急に静かになったその様子を前にしたソラムは、少し気になりつつも嫌だということは主張した。だが、ミカエラが次に顔を上げた時、その目には涙が浮かんでいた。


「私ね、新しい仲間と寝るのが夢だったの。ソラムが仲間になってくれて嬉しかったから叶うと思ってたの。……やっぱり駄目?」

「う……」


 まるで捨て猫のような円らな瞳がソラムを見ていた。

 しばらく続いたそれを前に


「……分かったわよ。仕方ないわね」

「ありがとう。それでこそ私のソラムよ」


 折れたソラムに嬉しそうに抱き付いたミカエラ。そのたちまち元の様子に戻った様子を前にスラムは、言うことを断れない自分も大概だがしてやられたと思ったのだった。


「女の涙は武器になる。だったかしら?」

「よく知ってるわね。そういう賢いところも好きよ」

「好きとか言わない」

「ということで、ソラム。今からソラムがこの世界で問題無く生きていけるように儀式をしないといけないわ」

「儀式?」

「ええ。とは言っても、魔物をこっちの世界に連れて来た場合はその主と魔物で主従の契約を結ばないといけないの。それは元魔王でも変わらないわ。だから、服を全部脱いであなたの魔力の源がどこなのか見えるようにベッドに寝転がってくれるかしら」

「い、嫌よ。恥ずかしい」

「一回全裸を見せてるんだから平気でしょ?」

「好きで見せたんじゃないわよ。ふざけてるの?」

「ふざけてないわ。これから私とソラムが一緒にいるために必要なことなの。だから、ね?」


 ミカエラの目は本気だった。そしてその奥底には邪な気持ちなんて一切なかった。それを理解したソラムは大人しく服を脱いでベッドに仰向けに寝転がった。また、長いブロンドの髪で胸を隠し、下は手で隠した。


「それで、魔力の源はどこ?」

「ここよ」


 ソラムが指で示した場所は下腹部だった。

 そこは艶めかしい曲線美とともに健康的な肉付きがあり、腹筋には程よい線が入っていた。また、一切の傷やくすみも無く、ため息が出てしまうほどの妖艶さを纏っていた。


「綺麗……」


 ミカエラからつい出てしまった感嘆の声。そして無意識にその場所に触れていた。


「撫でてるんじゃないわよ。というかよだれを拭きなさい。変な目もやめなさい」

「つい……」

「これじゃどっちが魔王だか分かったものじゃないわ。それよりも、早くやりなさいよ」

「ええ。それじゃ始めるわよ。起き上がったり変に動くんじゃないわよ」


 ということで、ミカエラはさっき冒険者団体ギルドで貰ってきたインクと筆を取り出し、インクに沈めた筆先をその下腹部に触れさせた。


「…く、くすぐったいわよ」

「契約の印を記さないといけないの。変な感じがすると思うけど、終わるまで我慢して」

「うぅぅ……」


 真っ白い柔肌に筆がするすると這っていく。その度にソラムは声を押し殺したり、どうにか体を動かさないように耐え続けた。だが


「んんっ…はぁっ……ぁぁ……」

「ソラム?」

「へ、平気よ。こんなことでこの私が屈するなんてありえないわ……っ!」


 強気の顔と態度とは裏腹に、時間が過ぎる度にその声や吐息が甘いものに変わっていった。さらに、徐々に耐え切れなくなってきてしまい、ついに体が動き始めた。


「大人しくしていて。あと、下を隠している手をどけてくれないかしら。そろそろ描きにくくなってきたわ」

「は、はずかしい……」


 それらは筆の進行を妨げるものになり始めたので、ついにミカエラが拘束の魔法を使用した。それによりソラムの両腕は上に、両脚は大きく開かされてベッドに完全に固定されてしまった。


「ちょっと…! これはいくらなんでも……」

「あなたが動くからよ。これで描きやすくなったわ」


 胸を隠していたブロンドの髪が乱れて美しい山々が姿を表した。また、白い素肌のなにもかもが完全に露わとなってソラムは恥ずかしさのあまり顔を背けた。


「ソラム……」


 それを見ているミカエラは、そのあまりの美しさを前に生唾を飲んだ。また、そんな一切動くことの出来ない美女を好きなようにしているということと、これ以上に好き勝手に出来るという状況を認識して内なる加虐心が目覚めそうになっていた。


「ま、まだぁ…?」

「あと少しよ」


 その声は蕩けていた。そして乱れた前髪の間から覗く潤んだ瞳がより一層ミカエラの嗜虐心を掻き立てた。

 わざと長引かせてこの声をもっと聞いていたい。もっとこの体を好きにしたい。めちゃくちゃにしたい。

 そんな勇者ならざる気持ちをぐっと抑えて引き続き筆を走らせた。


「んはぁっ……!」

「これで仕上げよ」


 筆を肌から離した時、そこには魔術印が完成していた。そしてミカエラは次に自分の手にも筆で同じ印を描くと、それらを合わせるようにして下腹部にあてた。

 柔らかい。でも内側にはしっかりとした筋肉があって頼もしさも感じる素晴らしい体だった。そこでもミカエラは気を確かにもって最後の仕上げに取り掛かった。


「あぁぁぁああぁぁっっ!」

「もう少しよ。頑張って」


 双方の魔術印が光り始めると、今度はソラムから苦しそうな声が上がった。

 ミカエラが少しだけ手を離すと、二つの間には魔力回路が繋がり始め、お互いの魔力や生命エネルギーが共有されてパスが構築されていった。

 それから少しすると、やっと光が収束し始めてようやく収まった。その頃には二人に示された魔術印が消えていた。


「終了よ。よく頑張ったわね」

「はぁ…はぁ……」


 ソラムはあまりのことに肌に玉の汗を滲ませて息を切らせていた。その息使いによって上下に揺れる胸と腹がやりきったミカエラの目に映った。すると


「もう終わったなら拘束を解いてくれるかしら? 本当に恥ずかしいから」

「……駄目よ」

「えっ……?」


 ミカエラは今もまだ拘束されているソラムの上に跨った。そして蕩けた目で眼下の美女を見下ろすと、ゆっくりと近づいていった。


「ちょっ……嘘でしょ?」

「嘘じゃないわ。ソラム、あなたが悪いのよ? こんなに綺麗な姿であんな声を出すんだから」

「そんな、待って。私は……」


 ソラムと同様に全てをさらけ出したミカエラは、その艶めかしい肢体に手を這わせ、抱き付いてはキスをした。それは決して乱暴にではなく、敬愛と慈愛を込めた優しいものだった。


「んんっっ!」

「くすぐったいの? でもいい声だわ。もっと聞かせて?」

「やめ……」


 ミカエラの手が艶めかしい体を蹂躙し、今度はキスをしながら唇が脇の方に向かっていった。


「あぁ…綺麗だわ。本当に綺麗。いい匂い。美味しいわ……」

「本当に…汚いから……恥ずかしいから……やめ、あぁぁぁっ」


 ソラムは今まで感じたことのない体の奥からくる感覚に身をよじらせて反応した。

 それを楽しみ、加虐心に火が点いたミカエラはその抽斗ひきだしをさらに開けていった。


「ふふ……実は正直なのね」

「ちが……私は知らない」


 それからもミカエラは目の前のソラムに自らの愛を伝えていき、ソラムはだんだんとそれを受け入れ始めてとろんとした瞳でミカエラを見つめだした。


「本当に綺麗。好きよ。ソラム」


 そうしてミカエラはソラムと唇を重ねると、満足したかのように抱き付いた。その頃にはソラムは息を荒らげながら天井を見て呆然としていた。

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