④飛行第六二戦隊航法士 花道柳太郎 伍長 の証言
5月22日の夕方、戦隊から迎えに来たトラックに乗って、12,3キロ先にある二日市町(現・築紫野市)の温泉旅館に向かった。新戦隊長・小野祐三郎少佐の着任祝いと、第二次沖縄特攻の壮行会を兼ねた宴会をするためだ。
温泉に入ったりしてくつろいだりしていると、桜井伍長が近づいてきた。
「花道、俺は出撃したくない」
「おい、憲兵の耳に入ったら大変なことになるぞ。いったいどうしたんだ」
桜井はしばらく黙っていたが、やがて照れくさそうに白状した。
「実をいうと、好きになった娘がいてな。別れがつらいんだ」
私も悲しくなってきて、自分の身の上を話した。
「俺のうちは、兄弟が多くて貧乏してる。両親を楽させたいと思って飛行機の仕事についたんだが、結果的に特攻隊員になっちまった。特攻隊なんぞ志願した覚えはない。『今日からお前は特攻隊員だ』って一方的に命令されて、しかももらった飛行機がさくら弾機だ。ありゃあ片道切符だよ。出撃したら絶対に帰ってこれない」
すると桜井が泣き出した。
「俺もお前も、運が悪かったなあ。特攻で戦死したら二階級特進だというが、死んでから勲章だの金だのもらって何になる。それが悔しいんだ、俺は・・・・」
私の脳裏に、故郷に残した家族の顔が浮かんだ。こんなふうに死ねるものか、絶対にいやだと思うと、私の目にも涙がどっと溢れた。
それからまもなくして小野戦隊長が遅れて到着し、宴会が始まった。約三〇名の隊員たちの前に置かれた膳の上にはたくさんの料理が並び、酒が運びこまれた。宴会が始まった。
翌朝、幹部が全員いないことに気づき、北飛行場で何かあったのではないかと直感した。我々は北飛行場へ向かうことにした。そこにあるものを見て、私は思わず、大声で叫んだ。
「なんてことだ!さくら弾機が燃えちまってるじゃないか!」
機関士の桜井伍長がいぶかしげな顔で言った。
「火元は何だ?自然発火にしてはおかしいな。メインスイッチを切ってるんだから、火が出るはずがない」
たしかに、燃え方を見る限り、放火のように思われた。さくら弾機は軽量化のため、機体前部がベニヤでできている。そこが真っ先に燃えて、全体に火が移ったのだろう。
このとき、私のすぐ横にいた山本伍長が、右の拳を振り上げて叫び始めた。
「残念でならない!敵空母と大型輸送船をさくら弾機でやっつけるんだったのに!悔しいじゃないか!」
それから全員トラックで、宿舎となっていた立石国民学校へ帰った。さくら弾機の焼けただれた残骸が思い出されて落ちつかなかった。夕方になると工藤少尉が来て、山本伍長が憲兵隊に逮捕されたと伝えた。
私はとっさに、まさかと思った。ゆうべから今朝にかけて、私たちは山本伍長と一緒だった。それなのに憲兵隊は私たちに事情を聞きにこない。どうもおかしい。私は隣にいた桜井伍長に疑問を投げかけた。
「二日市の旅館の女将の話じゃ、隊から連絡が入ったのは朝の六時ごろだったというんだろう。朝飯は八時だったな。山本はそのとき、一升瓶を抱えてコップ酒をやっていたよな。そのあと、一緒に北飛行場に行ったじゃないか」
桜井は、確かにそうだと同意してから言った。
「もしかして山本は、朝鮮人だから放火犯に仕立て上げられたんじゃないのか。憲兵隊としては一刻も早く犯人を挙げなきゃならん。誰でもいいから早くつかまえちまえ、というので、山本に目をつけたんじゃないか。俺もお前も、同じ工藤機の搭乗員なんだから、憲兵隊はまず俺たちに旅館の様子を聞くべきだよなあ」
それから二人で、これは誤認逮捕だ、そのうち釈放されるだろうと話し合った。二日市温泉に向かうトラックの荷台で、山本伍長が勇ましく軍歌を唱っていた様子や、夜の宴会、続く朝食の席での姿を思い浮かべても、彼を疑う余地はまったくなかった。
特攻隊は、搭乗機ごとに隊員の結束がとても固い。ともに死ぬ運命共同体のようなものだからだ。宴会でもたいてい固まって座るし、宿では同じ部屋で寝る。訓練でも日常生活でも、別行動をとることはめったにない。同じ工藤機に乗る者どうし、山本伍長と私と桜井はそういう一団だった。山本伍長が私たちの目を盗んで何かできたとはとても思えない。
考えてみれば、私はさくら弾機が放火されたことで生き長らえたとも言える。もし放火事件が起きず、予定通りさくら弾機で出撃していたら、ほかのさくら弾機のように生きて帰れなかったと思う。
山本伍長は終戦目前の八月九日に処刑された。銃殺刑だった。あの放火事件は、憲兵隊が山本伍長をむりやり犯人に仕立て上げたのだと思う。日常的に憲兵隊のやることを見ていた者からすれば、冤罪だったとしても驚かない。
山本伍長は断じて放火犯ではない。もし彼を拷問した憲兵たちがまだ生きているなら、私はかれらに会って真相を問いただしたい。真っ向対決してもいい。
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