第一章 幼少期
幼い頃から仲間はずれにされて生きてきた。
子供たちが原っぱで遊んでいるときに「ぼくもまぜて」と言って、近寄ろうとすると、「おまえなんかあっちへ行け、こっちへくるな」と
はじめはその理由がわからなかった。だが、小学校に上がる頃になると、何かにつけ、「朝鮮人」「朝鮮人」と言われるようになった。
自分では回りと同じ「日本人」のつもりだった。日本にいて日本語を話し、日本人として生活していた。だが、形だけ日本人になっていても相手からしたら日本人ではなかったのだ。
「寂しい」
心を割って話し合える友もなく、「いつもどこかで試されているのだろうか」「こんなことを言ってバカにされるのではないだろうか」と、思い悩んでいた。
ふつうに目立たないように生きる、それすら「朝鮮人」「朝鮮人」とバカにされ、矢面に立たされる。
何も悪いことをしていなくても後ろ指を指される。
勉強を頑張っていい成績をとれば「朝鮮人だから」と言われ、運動を頑張っても「朝鮮人だから」と言われ、俺の生きる道はどこにあるのだろうか。
好きな人と結ばれて、結婚して、幸福な家庭を築きたい。でもその子供は俺と同じように「朝鮮人」と呼ばれ、いじめられ、罵られ、
俺が何をしたというのか、人は生まれる時と生まれる場所を選ぶことはできない。
日本で生まれ、日本人として生きる彼らと、日本で生まれ朝鮮人として生きる俺とでは、どんな差があるというのか。「生きる」ということはこんなにもむずかしく、切ないことなのだろうか。
「寂しいなあ」
と思ってしまうこと自体「寂しさ」のドつぼにはまってしまっているのだろうか。
他の人のように何のくったくもなく軽口をたたくことが許されるのならどんなにいいか。
いつも誰かが「朝鮮人」というレッテルで自分のことを見張っているような気がする。
日本で生まれ、日本で育って日本語を話して日本のために今、戦争で戦っているのにそれでも俺は日本人として生きることは許されないのか。何故だ。俺は永遠に日本人になることはできない。
日本人の名前をもらって、それを使えば少なくとも表面的には日本人になれると思っていた。
俺は朝鮮人にもなれず、日本人にもなれず、その仮面は俺を守ってくれることもない。
俺にはかつて関東大震災において在日朝鮮人の大虐殺事件の思い出がある。一九二三年、日本で発生した関東地震・関東大震災の混乱の中で「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が暴動を起こし、放火した」などの根も葉もないデマが流れ、何の罪もない多数の朝鮮人が殺傷された。殺傷事件の犠牲者数は正確な人数は今もって全く不明である。この関東大震災の朝鮮人大虐殺で父親も兄弟も犠牲になっている。家族や親戚ほとんどが亡くなったり、行方不明になったりしていた。
日本で生まれ、日本で育った俺には今さら朝鮮に帰ることもできない。半分日本人で、半分朝鮮人、それが俺だ。だが日本人から見ればただの朝鮮人の一人にすぎず、朝鮮人から見れば日本人のふりをしている朝鮮人の一人にすぎないのだろう。日本人にも朝鮮人にもなれない。
思えば過去にたった一人、俺のことを日本人だとか朝鮮人だとかいう色眼鏡ではなく、「山本辰雄」として俺を見ていてくれた人がいた。国だとか国民だとか国籍だとか、そんなもの、生きていく上でどれだけ必要だというのか。人間は生まれる場所を選ぶことはできない。生まれる国を選ぶことはできない。
愛する人と出会い、その愛を純粋に育んでいくこと、それが大切だということに気づかされる。
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