第14話 〝護衛依頼〟


 確かにエルヴィスは悪人だ。

 最低最悪な奴だと思う。


 ――でも。

 このまま見殺しにするのは、何か違うと思った。エルヴィスが震えていたからだろうか。どうしようもなく助けたいと思ってしまった。


 殺されかけた相手に同情なんて、俺を獲物に選んだ幸運を、本当にどうかしている生かせないなんて本当に可哀想。

 けれど心の底から同情するよ。この行いは間違っていないと、ナギサ・グローティーさえ殺していれば、そう声高に主張している自分もいてお前は人類の■■になれたのに。


 剣のつかを強く、握り締める。

 直後、魔物――ヒヒコーンが俺に肉薄にくはくした。


 一瞬で距離を詰められる。ヒヒコーンが二本脚で立ち上がった。体重を載せた前脚が、俺の頭に狙いをつける。


 鋼鉄のような前脚が振り落とされた。

 すぐに減速リテヌートを発動して、俺はヒヒコーンの打撃を無効化する。何が起きたのか理解できず、もう一度同じ動作を繰り返そうとするヒヒコーン。


 左薙ひだりなぎで、その隙だらけの前脚を切断した。魔物特有の紫色の血液が、大地を汚らしく染める。


「――――――!!」


 魔物が苦悶の声を上げ、残った後脚で地を強く蹴る。跳んだ先は遥か後方。とっさに身体能力を強化したのだろう。


 一息で詰められる距離ではないため、追撃を断念する。焦ることはない。前脚は斬り落とした。放っておいても、出血多量で死ぬだろう。


 そう思い。

 ヒヒコーンを見ると、ニョキニョキと前脚を生やしていた。この魔物に体を再生するような能力は備わっていない。ということは、


「治癒魔術、か」


 ――魔力には、火・水・風・土の四つの属性が存在する。人間や魔物が持つ魔力器官は、その中の一つの属性の魔力しか生成することができない。


 つまり、生まれながらにして使える魔術が決まっているのだ(クシェラみたいに魔動器官で魔力属性を変換できる変態は除く)。


 それは、四属性から外れた治癒魔術にも当てはまる。魔のチカラを使うにもかかわらず、傷を癒す奇蹟の術――別名を、白魔術。


 その術は、聖女が自らの右目を差し出すことで、神から授かったとわれている。その聖女の持っていた魔力は水属性。故に、治癒魔術を使うには水属性の魔力が必要だ。


 俺の魔力器官が生み出す魔力は土属性のため、いくら努力したところで治癒魔術を使うことはできない。


「――っ!」


 事情が変わったため、ヒヒコーンに接近する。魔物を視界の中心で捉える。あの馬もどきは、今もなお欠損した部位を作り直していた。


 その事実は、あの魔物が上級の治癒魔術を使っていることを示している。間違いなく、並の魔物ではない。


 迫り来る俺を脅威と捉えたのか、ヒヒコーンが脚の再生を中断する。次の瞬間、水弾が凄まじい勢いで次々と放たれた。


 一撃、二撃、三撃、四撃を剣で弾き飛ばす。だが、俺の身体能力ではそれ以上は無理だった。観念し、減速リテヌートで全身の皮膚の動きを遅くする。


 直後、途轍とてつもない数の水弾が、次から次へと俺の体に命中した。そのことごとくを無力化しつつ、俺はこの状況をどうひっくり返すか思案する。


 ヤツが放つ水弾は中級魔術だ。一発一発の威力が高い上に、こうも連射されるとイドラを解除できない。


 このままではヒヒコーンと俺、どちらの魔力が先に尽きるかという消耗戦におちいってしまう。俺の魔力は残り三割程度だ。こうやって考えている間にも、減速リテヌートに魔力が休みなく吸われていく。


 くそ……遠距離戦は俺に分が悪い。俺のゴミみたいな威力の土魔術じゃ、ヤツの水弾にいとも容易く弾かれる。


 ――都合よく減速リテヌートを使えるようになっても、この弱点だけはどうにもならなかった。


 『一刃の風』をクビになった、あの日。

 俺は思うように眠れなかったので、減速リテヌートの能力を検証していた。


 最初にわかったのは、減速の程度を変える方法だった。魔術紋に魔力を注ぎ込む量によって、俺は体の動きをどのくらい遅くするか自在に操ることができる。


 魔力を大量に注げば注ぐほど、減速の効果は強くなるのだ。そして逆もまた然りである。


 二つ目にわかったことは、体外に出た血は遅くできないということだった。まあ、正直試す前から無理だと勘づいていた。


 でも、これができれば戦略の幅が大いに広がったのだ。凍血能力クリオキテシヌのように自分の血液を相手に付着させ、それを遅くすることで相手の動きを封じる。この戦い方ができる妄想上の俺は、無敗だった。


 そして、三つ目にわかった――いや、思いついたことは、


Me――」


 発動した/発動できた〝それ〟を、俺は一瞬で解除する。ダメだダメだダメだ、この技は使っちゃいけない。自分から死にに行くようなマネをしてどうする!?


「――――!!」


 突然、大きな鳴き声を上げるヒヒコーン。それに合わせて、水弾の攻撃が止んだ。よく観察すると、ヒヒコーンの脚がぷるぷると震えていた。


 なんだ、あいつ――もしかして、俺を見て怯えているのか……?


 まあ、いい。

 好都合だ。

 減速リテヌートを解除する。


 大地を強く蹴り、俺はヒヒコーンへと鋭く迫った。そして、そのままヤツの首を斬り落とす。


 斬り口から血液が噴出し、魔物の頭部が地面に転がった。遅れて、ヒヒコーンの体が地面に倒れる。草むらに紫色の池ができた。


 俺はそれを見届けると、エルヴィスへと声をかけた。声は小さいながらも、しっかりとした言葉が返ってくる。


 エルヴィスに全員の石化を解いてもらい、俺は立ったまま気を失っているカルフの元へと足を運んだ。


「カルフ、朝……いや昼だぞ。起きろ」


 反応がないので、体を揺さぶる。

 すると、


「あ、れ……? ナギサさん?」


 意識が回復したカルフに「ああ、そうだよ」と返答する。


「お疲れ様。お前のおかげで助かったよ」


 俺のその言葉で何かを思い出したのか、カルフが「あ!」と大きな声を上げる。


「ナギサさん、団長とアンバーは!?」


「無事だよ、ほら」


 そう言いながら、俺はマルコスとアンバーに視線を向けた。


「そうですかっ! ありがとうございます」


「――? エルヴィスを倒したのはカルフだろ? 俺はお前に感謝されることなんて、何も……」


「なに言ってるんですか。ナギサさんが助けてくれなかったら、僕はあの時固める意志ペルセウスレフト餌食えじきになってたんですよ?」


「いや、まあ……」


 それはそうだけど、さ。

 その後のエルヴィスとの戦いにおいて、俺は何一つカルフの役には立てなかった。だから、お礼を言われるのは少し違うと思ったのだ。


「よくわからない人ですね……」


「え?」


「なんでもないです。さ、早くここを離れましょう。血をばら撒いてしまったので、いつ魔物が来るか――って、もう来てるじゃないですか!」


 ヒヒコーンの死体を見て、そう驚くカルフ。


「ああ、倒しといた」


「ナギサさん、感謝されることめちゃくちゃしてるじゃないですか」


「そっか、それなら良かったよ。今まで冒険者を続けてきた甲斐かいがあった」


「……なんか、人間として負けた気分です」


 カルフはそう言うと、マルコスとアンバーを起こしに向かった。周囲を丹念に見渡しながら、俺はカルフについていく。


 マルコスとアンバーの二人は、無事に目を覚ました。起きたことを簡潔に説明し、今からミャリールに帰るむねを二人に伝える。


 帰る前に。

 今にも凍え死にそうなエルヴィスを放っておけず、マルコスが火魔術で血氷けっぴょうを溶かす。そして、そのままエルヴィスを背負うマルコス。


 こうして、俺たち五人はこの平原から立ち去った。――一際強くなった、何者かの視線を感じながら。


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