第13話 〝頑石点凍〟


 この老人は、凍血能力クリオキテシヌの凶悪さを身をもって知っている。迂闊うかつな真似はできないはずだ。


 気がかりなのは、エルヴィスの『危機に瀕すれば瀕するほど能力の質が高くなる』という発言だが――まあ、考えても仕方がない。


 そう思考を切り上げ、カルフは両の手から勢いよく風を噴射した。体を前に加速させる。


 血液袋は残り一つ。

 使いどころを見極めなくては。


土砲弾アースキャノン!」


 エルヴィスが鋭く迫るカルフに、つぶてを放つ。カルフはそれを避けると、魔動器官に大量の魔力を送り込んだ。


 巨大な風の刃を思い描く。

 形を調整するより鋭く速度を設定するより速く


 防壁を構築する時間など与えない。

 不意打ちで仲間を石にした野郎相手に、容赦などしない。


 一瞬で体をバラし。

 即座に戦意を喪失させる。

 死なない程度に、あやく――!


「――疾風刃ガストスラッシュ!」


 エルヴィスに鋭く迫ったカルフが、大型の風の刃を放つ。老人は避けられないと察知し、手の平を土で――石で覆う。その右手で風の刃を受け止めるエルヴィス。


 初級魔術アースガントレット中級魔術ガストスラッシュ

 いくら初級魔術をイドラで強化しようと、その格の差は埋まらない――!


「――っ」


 痛みに老人が顔をしかめる。

 エルヴィスの右手から、ぽたぽたと鮮血がこぼれ落ちる。


 だが、切断には至らなかった。石を切り裂いて消耗した風の刃では、骨を断つことはできなかったようだ。


 ――攻めるなら今!


 しかし、中級魔術を行使するには時間が足りない。初級魔術は構築しても、確実に防がれる。なら、


「はああああああああ――ッ!」


 体重を載せて、エルヴィスの顔を目掛けて拳を振るう。ギリギリで避けられた。


 ――別にいい。

 本命はそっちじゃない。


 血まみれの拳を振ることで、飛び散った血液はエルヴィスの顔に命中している。カルフはイドラを発動し、その血液を凍らせた。


 苦悶の声を漏らしながら、エルヴィスが地面に倒れ込む。老人の狙いを瞬時に理解したカルフが追撃を取りやめる。


固める意志ペルセウスレフトォオオ!」


 エルヴィスの左手を基点として、世界が石へと変貌していく。カルフはその世界に呑まれないように、両手から風を放出して逃れようとするが――、


「――ッ!」


 速い――!

 以前に比べて、石化の進行速度が格段に早くなっている! あの老人の言うことは本当だったのか!?


 カルフはこのままでは逃げ切れないと判断し、ふところから最後の血液袋を取り出した。それを風魔術で擬似的に強化した腕力で、勢いよく投げる。


 エルヴィス目掛けて飛んでいく茶色の袋。老人はそれを見て、手を地面から――離さなかった。そのため、世界を侵す石化の進行は止まらない。


 エルヴィスの体に、血液袋が命中する。袋が破け、老人の体が真っ赤な血に覆われた。


凍血能力クリオキテシヌ――ッ!!」


 直後、カルフは物言わぬ石像になった。



 §



 突然、音がしなくなった。

 嫌な予感が胸をよぎり、俺は必死に地面をう。


 移動して――前を見ると、予想通りの光景が広がっていた。石化しているカルフと、体を半分以上氷漬けにされているエルヴィス。


 やはり相打ちになったらしい。心の中でアンバーに悪いと謝る。俺の実力では、カルフを護り切ることができなかった。


 少し休むと足に力が入るようになり、俺はうつ伏せに倒れている老人のもとへと走り寄った。


「なん、じゃ……」


「意識があるのか、凄いな」


 思わず、率直な感想を口にしてしまう。死んでいないか心配だったのだが、杞憂きゆうだったらしい。


「わしを……ころ、し……にきたのか……?」


「んなけないだろ、いいか? 今すぐマルコスたちの石化を解け。そうすれば、俺はお前を気分良く助けられる」


「――――」


「……もう魔力もないんだろ? いい加減諦めろ。お前の負けだ」


 俺の勝ちでもないけどな。


「……わか――」


「待て」


 何かの気配を感じ、俺は老人の言葉をさえぎった。森からガサガサと音が鳴る。


 まあ、そうか。

 これだけ血をばら撒いたんだ。

 その臭いに誘われて、魔物がやって来ないわけがない――!


「悪い、石化を解くのは後にしてくれ」


 そう言って、老人の前に出る。

 刹那、木の影から馬のカタチをした魔物が現れた。鞘から、剣を引き抜く。


「なん……で」


 後ろから、老人にそう声をかけられる。呆れながら、俺は「なに言ってんだ」と言葉を返した。


「護衛を依頼したのはアンタだろ」


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