第4話 ゼラチンのように脆い信頼
穴だらけの足場ゾーンを突破した2人。しかし次なる障害が眼前に現れる。それは回転する棒だった。
「これは……結構速いね」
先ほどと同様、休憩ゾーンと休憩ゾーンの間に細い橋が架けられている。そしてその橋の横に備え付けられた機械から長い棒が伸びており、それがグルグルと回転しているのだ。それらは橋の通行者を奈落に落とす役割を担っている。何の考えもなしに突進すれば、棒に叩き落とされてしまうだろう。
「しかも数が多いですね。これでは伏せて通り抜けることもできそうにありません」
回転する棒は上下に取り付けられており、右側は右回転、左側は左回転といった風に回っていた。ほふく前進で進んだとしても右側の棒に当たるし、かといってそれを跳んで避けようとすれば左側の棒に当たるという仕組みになっている。
「回転の隙間のタイミングを見て走り抜ければ行けるかな」
「そうですね。ですが、これは……」
2人は棒が回転するのをじっと観察した。しかし、通れるタイミングがあるようには見えなかった。つまり左右の棒は常にどちらかが橋を塞ぐように回っているようなのだ。しかも回転速度はちょっと遅めのハンドスピナーくらい速いため、ほふく前進はおろか全速力のジャンプでも通れそうにない。いや、ノーナであれば可能性はあるのだが、動きづらいシスター服のマリーではどう足掻いても不可能。
「真正面から挑むのが正攻法じゃないってことなのかな」
「何か仕掛けがあるということですか?」
協力型デスゲームというワードを強調している以上、主催者は参加者の協力を促すような仕掛けを作るはずだ。しかもこのステージはペアで参加することになった。それはつまり、「ペアで力を合わせてギミックを攻略してね」という暗としたメッセージである。それならばここでも何かペアで協力しないとクリアできない、要素があるに違いない。ノーナはそう考えた。
「でも、どうやって……」
そこまで考えても、その方法までは分からなかった。回転する棒がどれほどの力をもって通行者を叩き落とすよう設定されているのか分からない以上、あの棒自体をどうこうするわけではないはずだ。しかし、ならばどうやってあの橋を通れというのか。
「とりあえず、他に何か仕掛けがないが探してみよう」
とノーナが提案した、その時だった。突然、回転していた棒が減速しはじめた。そして5秒と待たないうちに、左右の棒達は完全に停止してしまった。何が起きたのか分からないという顔をするノーナに、マリーは額に汗を浮かべながら告白する。
「すみません。実は……これは言うべきか迷っていたのですが……」
ノーナは美しい顔立ちを崩さないまま、困惑の表情を作った。マリーはそれを見て申し訳なさそうにする。
「私、超能力が使えるんです」
「……超能力?」
ノーナの背筋を冷や汗が伝う。超能力なんてバカげていると一蹴することは、彼女にはできなかったのだ。
「はい。サイコキネシス……念力……そういったものです。それであの回転する棒を止めました」
よく見れば、回転していた棒は完全に停止しているわけではなく、僅かにではあるが振動していた。それは動こうとしているが何か強大な力に押さえ付けられているように見えた。それを実際にやってのけているのがマリーの超能力なのだとしたら、いったいどれほどのパワーを持っているというのだろうか。本気になれば人間など一瞬で吹っ飛ばせてしまうのではないか。そんな恐ろしい想像がノーナの脳内を横切ったが、それよりももっと恐ろしい想像が彼女の頭の中を埋め尽くしていた。
「それって……念力以外も使えるの? 例えば、人の思考を読んだりとか……」
超能力という未知の力を前にして、ノーナはそんな不安を抱いていた。もし超能力で他人の思考を読めてしまうとしたら、それはノーナが結婚詐欺師であることも、ノーナが計画していることも全てバレてしまうということではないか。それはノーナにとって、考えられうる3番目に最悪な事態と言えた。
「いえ、そういったことはできません。私の超能力はただ物を動かすことができるだけなんです」
だからマリーがそう答えた時、ノーナは心底ホッとした。胸を撫で下ろした。しかしそれを表情には出さない。悟られてはいけないから。
「それに、動かせるのも物に限るんです。つまり生き物を持ち上げたりとかはできないんですよね」
「そう……なんだ。超能力ってもっと便利なものだと思ってた」
ノーナも、テレビやら動画投稿サイトやらで超能力者を自称する人物を見たことがある。そういった人々が操る超能力は、まるで魔法のように何でもできたものだから、マリーも同じように全能の力を持っているのではないかと思ったのだ。しかしそれは杞憂に終わった。どうやら彼女が思うより、超能力は便利ではないらしい。
「ノーナさんは私が超能力者だって知っても驚かれないんですね」
「いや、驚いてるよ。結構。かなり」
マリーはくすりと笑った。それは悪戯を成功させた子供のように無邪気なもので、あどけなさが顕著に出ている。
「ふふっ、でもノーナさん、さっきから表情が変わってないですよ?」
「うん、そりゃ驚いてるからね。……そんなに面白い?」
「はい。面白いのもありますが、それ以上に嬉しいです」
ノーナは小首を傾げた。マリーは優しい表情を保ったまま、心情を吐露する。まるで独白するように。
「ノーナさんが私の力を見て、不気味に思われるんじゃないかって……そう思ってたんです。今まで、そういう扱いを受けてきましたから」
ノーナには、マリーの過去は分からない。だけれどもその超能力やらシスター服やらから、一般人からはかけ離れた人生を送ってきたということは容易に想像できる。
「だけど、あなたは私を怖がったりしませんでした。私はそれが何より嬉しいのです」
ノーナは、マリーが思っているほど善い人ではない。彼女は結婚詐欺師なのだ。だけれども、いやだからこそ、マリーの超能力を見ても動揺や恐怖を顔や態度に出さなかった。そうすればマリーが傷つくと分かっていたから。それに……。
「私も、そういうの分かるよ」
「ノーナさんも? ひょっとして、ノーナさんも私と同じように超能力が――」
「いやそういうわけではないんだけどね。ただ、私も普通の人とは違う境遇で育ってきたからさ」
ノーナは躊躇いがちに、ポツリポツリと自分の過去を話しはじめた。
「私、孤児院で育ったんだ。物心ついた時からそこにいた。マリーみたいなシスターさんも身の回りにいたよ」
「そうだったんですね……。私もいくつかの孤児院に訪問したことがあるので分かります。ノーナさんがいた孤児院はどんなところだったんですか?」
「私のいたところは……控えめに言って最悪なところだった。院長が絶対的な権限を持っていて、誰も逆らえなかった。それにその孤児院があった町の人達も、孤児を迫害対象にして毎日色んな嫌がらせをしてきたよ」
思い出すだけでも忌々しい記憶。あの日、孤児院から抜け出した18歳のあの日、全てを忘れて新しい人生を始めようと約束したはずなのに、いまだ脳裏の奥に記憶はこびりついている。まるで呪いのように。
「それは……すみません。嫌なことを思い出させてしまって……」
「全然大丈夫だよ。それよりさ、マリーはどうして私に超能力のことを明かしてくれたの?」
呪いの記憶を押し退けるために無理矢理話を変える。マリーもそれを察したのか、話題に乗ってくれた。
「それは……ノーナさんなら信頼してもいいような気がして……。変、ですかね?」
「私のこと信頼してくれたってこと? ふふっ、それはむしろ嬉しいよ。私もマリーのことは信頼してるよ」
ノーナが囁けば、マリーは途端に顔を赤くする。それがなんだかおかしくて、ノーナはさらに距離を詰める。それに耐えきれず、マリーはとうとうそっぽを向いてしまった。
「あの……超能力もそんなに長く続かないので、先に橋を渡りませんか……?」
「……そうだね。そうしよっか」
それが本当かどうか分からないが、とりあえずマリーの言うことに従っておくことにした。彼女の信頼を勝ち取れたことを内心でほくそ笑みながら、ノーナは橋を渡る。
「第一ステージはまだ続くようですね。頑張りましょう」
マリーは呑気にそんなことを言っている。ノーナの裏の顔に気づかないまま、ノーナの恐ろしい計画に気づかないまま……。
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