第3話 『乙女の修行道』

 まず最初に扉に入っていったのは若い女子達だった。彼女らはどうやらカップルのようで、腕を組みながら歩いていった。


 開け放たれた扉の奥には転移装置が設置されており、2人はそれに触れると一瞬で消滅する。


「いきなり見せつけてくれるねぇー! 次の勇気あるチャレンジャーは誰かなぁー?」


 しかし、その後に続く者はなかなか現れなかった。そもそも、いきなり2人組を作れと言われても難しい。


「2人1組って……それって互いに命を預け合うパートナーってことだよな……」


 そんな大切なパートナーを、たった今あったばかりの人達の中から選べというは酷な話。というよりは、既にゲームは始まっていると考えた方が適切だろう。誰をパートナーにして最初のステージに挑むか。人を見る目が重要だ。


 ノーナはサロメと組むつもりはなかった。彼女を信頼できないわけではない。むしろ逆。サロメなら誰と組んでも大丈夫だろうと信頼しているから、あえて彼女と組まない。ならば誰とペアになるか。ノーナはサングラスを胸ポケットに入れ、他の参加者を吟味する。


 その中で彼女の目に止まったのは、特徴的な格好をした彼女だった。


「ねぇ、君、独り?」


 ノーナは正面からその女性に近寄ると、声を掛けた。彼女はノーナの美貌に見惚れるように、うっとりして顔を見上げていたが、ハッと我に返ると目を逸らした。


「は、はい。何か御用でしょうか?」


「用……っていうか、もしよかったらパートナーになってほしいんだけど、ダメかな?」


 その女性は口元に手をやりながら、困ったように微笑む。しかし決して嫌がっているようには見えない。それを見たノーナはさらに押していく。


「私はノーナ。あなたは?」


「ええと、マリーです」


「マリーか。うん、いい名前だね」


 ノーナはマリーの左側に回り込むと、彼女の特徴的なその服の表面を撫でる。滑らかな質感。しかし決して高価なものではない。プラスチック製の布でできた、廉価なものだ。


「マリーはシスターさんだよね?」


「はい。まあ、格好で分かりますよね……」


 マリーはいわゆるシスター服を着ていた。それは明らかに他の参加者よりも目立つ服装。ノーナが彼女に声を掛けたのもそのためだ。


「シスターさんなら他の人より信用できそう」


「そう言われると、なんだか嬉しいです」


 というのはあくまで建前。本当の理由はチョロそうだから。いつの時代になってもシスターは清貧を強いられたり不純な遊びを禁じられたりしている。そんなシスターである彼女が女慣れしているはずがない。


「それで、まだ答え聞いてなかったよね。どうかな、マリー。私のパートナーになってくれない?」


 ノーナはねだるように囁けば、マリーは顔を赤くした。目線は下を向き、どこか落ち着かない様子。何か葛藤しているようだったが、それも長くは続かなかった。


「は、はい。私で良ければ……お願いします」


 ノーナは心の内でほくそ笑む。


「ありがとう。じゃあさっそく行こっか」


 そう言ってマリーの手を取った。いきなりの行動に一瞬呆気に取られたマリーだったが、振りほどいたりはしなかった。2人は扉の前まで来ると、その奥の転移装置に手を伸ばす。


「マリーは、不安?」


 転移装置の青い光に照らされながら、ノーナはマリーの震える手に気づいた。


「はい。正直、不安です。死んでしまうかもしれないって考えると、どうしても……」


 怖じ気づくマリーの腰を、ノーナはそっと抱き寄せた。そして耳元で優しく呟く。


「マリーは私が守るよ」


 そしてそのまま、マリーの震える手を取って、一緒に転移装置に触れた。するとすぐに意識が浮遊感に包まれ、視界は白く明滅する。そして気がつけば、2人は先ほどとは違う空間に立っていた。


 そこは先ほどと同じく白亜の壁に囲まれた空間だった。しかし、先ほどとは違う点がある。それはその部屋の遥か奥まで続いている、さまざまなアスレチックだ。


「というわけでようこそ! 第一ステージ『乙女の修行道』へ!」


 天井から百合子の声が聞こえる。しかしスピーカーらしきものは見当たらない。おそらく隠しカメラなどと一緒に、壁に埋め込まれているのだろう。


「あっ、ユリユリさん」


「はいどうも、みんなの主催者ユリユリです! というわけでこのステージのルールを説明するよ!」


 いくらか予習を済ませてきたノーナも、このステージは初見だ。というより、普通に考えれば過去に使ったステージが再登場するはずがない。エンターテイメントの敵は『飽き』なのだ。同じステージを何度も使っていては、視聴者はすぐに飽きてしまうだろう。つまり、この先ノーナが知っているステージは出てこない……ノーナの予習は通用しないと考えるのが自然だろう。


「えー、このステージは本当にシンプル。目の前のアスレチックを踏破するだけ!」


 ノーナ達の眼前には、長い長いアスレチックが伸びている。穴だらけの足場、回転する棒、遠くには垂直の壁も見える。空間は奥へ奥へと続くばかりで、横幅はそこまで大きくない。つまり、ここは長方形の部屋のようだ。


「制限時間はなーし! だけどこの部屋、換気扇がないから酸素が有限なんだよねー。だからお部屋の酸素がなくなる前に、アスレチックの最後にある転移装置から脱出できればステージクリアとなりまーす!」


 百合子はそれだけ言うとブツリと放送を切った。これ以上の説明は行われないということだろう。


「先に入ったお二方はもう奥まで行ってしまわれたのでしょうか」


 果てしない遠くを見ながらマリーは呟いた。しかしその発言は少しばかりずれている。


「多分、それぞれ別々の空間に転移させられてるんじゃないかな。そうじゃないとペアを作った意味がないし」


「確かに……。失念していました。ということは私達は2人で、このステージを乗り越えなくてはならないのですね」


 まず2人の前に立ちはだかるのは、巨大な穴がいくつも開いた足場だった。穴の中は最奥が見えないほど深く、足場は薄い板でできている。上手く渡り歩かないと、体重で足場の板が折れてしまいそうだ。


「落ちれば……もう戻ってはこれないですよね」


「そうだね。どう? 行けそう?」


 マリーは恐る恐る、足場の板に足を乗せてみた。そしてゆっくりと体重を掛けていく。が、数秒もすると板はたわんでミシミシと悲鳴を叫び始めた。


「これは……スピードが重要かもしれません」


 穴だらけの足場ゾーンは、だいたい30メートルほど続いており、その先にあるのは今ノーナ達が立っているところと同じような、白亜の床。おそらく休憩ゾーンだろう。第一ステージはアスレチックゾーンと休憩ゾーンが交互に来るようになっているようだ。


「これは2人同時に行くのは難しそうだね。どっちが先行く? マリーが決めていいよ」


 足場は奥に長い長方形。端と端が休憩ゾーンに掛かっていて、橋のようになっている。つまり、真ん中に行けば行くほど重さで足場が曲がりやすくなるということ。当然、足場が壊れれば下へまっ逆さまだし、足を踏み外せばこれまた穴からまっ逆さまだ。


「わ、私から先に参ります」


「そう。頑張って」


 マリーは両手でシスター服のスカートの裾を持ち上げると、一気に走り出した。板が体重でたわみ、曲がり、壊れる前に素早く前へ進む。


 しかしちょうど中頃まで来た時のことだった。マリーの動きが途端に鈍くなる。足はもつれるように、前へ進む力を失っていく。それでも無理に走ろうとした結果だろう。あまりに強く踏み込みすぎたのか、マリーの足元の板がバキリと音を立てて陥没した。


「あっ!」


 という間に彼女の足は穴へと吸い込まれる。体勢を崩したマリーがそのまま目の前の巨大な穴へと倒れ――。


「危ない!」


 ――る寸前、ノーナは彼女の手を掴んだ。そして力いっぱい引き上げると、そのまま腰に手を回し抱き上げた。


 2人分の体重を支える足場はいとも容易く崩れ去る。しかし足元の足場が壊れる時には、既にノーナはそこにはいない。足場が壊れ足が沈むよりも早く走ることで、彼女は強引に奥の休憩ゾーンへと到達した。


「ふう、なんとか抜けたね。大丈夫?」


「はっ、はい……」


 お姫様抱っこで運ばれたマリーは、顔を赤らめながら上擦った声で返事をした。恥ずかしさからか、手で目元を隠してしまっている。


「ごめんね、今降ろすよ」


 こうして2人は最初の難関、穴だらけの足場ゾーンを突破した。しかし『乙女の修行道』の真の恐ろしさは、ここから始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る