第23話

 好き。


 そう言葉にしてみて、スっと心に染み込む感覚がした。

 なんだろう、『好き』という好意の感情はとっくのとうに消えたはずなのに。


 あかりが好き。大好き。


 この想いだけは溢れて止まない。


 滲んだ視界で精一杯にあかりを見つめる。

 今日の私もまた、どこかおかしい。さっきからあかりに癇癪をぶつけたり、わーわー泣いたり、私の感情は限りなく制限されてるはずなのに、これじゃまるで感情豊かな子供みたいだ。

 自分が今どんな表情をしてるのかも、もはや分からなくなった。

 無表情のはずなのに、今、とても自分が無表情だとは思えないし、思いたくない。


 変な顔をしてたらどうしよう。

 あかりに変な顔って思われたくない。

 今の顔、やだ。見られたくない。


 でも私はあかりの顔を見たい。

 あかりの目を見つめていたい。


 だから顔を逸らしたい気持ちを抑制して、ずっとあかりを見つめ続けた。


 私の“告白”とも受け取れる言葉に、あかりは固まっていた。

 あかりには感情があるんだから。

 もっと喜んだり、悲しんだり?兎にも角にももっと私の言葉で色んな表情を作って欲しいのに。


 どうして固まるのあかり。


 むぅ、とこれもまた子供っぽく口を尖らせた時、ふと私はようやく“あの日”の過ちに気づく。

 ゴールデンウィーク最終日のこと。


 あかりは私に「好きだよね?」と問いかけてきた。

 今ならはっきりと口にできるその言葉が、あの日は口に出せなかった。どころかそれを否定までしてしまった。


 もしかして、あかり。

 あの時から、あかりは今の私と同じ気持ちだったの?

 以前から私に「好き」という言葉を投げてくれていたあかり。私はそれを友愛だと思っていた。そう信じ込んでいた。


 でも私は、今、親友をも越えた、交わって一つになりたいという意味での「恋愛」的な「好き」を知った。

 もしも、もしもの話。


 あかりが、もっともっと、ずーっと前から。

 こんな膨大で胸が張り裂けそうな『感情』を私に抱えてくれていて、そしてあの日。

 それを事もあろうに私から否定されたのなら。


 一転。


 サーッと血の気が引いていく感覚。


「えっ、さ、さきちゃん!?ど、どど、どうしたの!??体調悪い!??」


 固まっていたあかりが再びあたふたと動き出す。

 よりにもよって、こんな私を心配してくれている。


 でもごめん。ごめんね、あかり。

 私に、そんな心配する価値なんて無い。


 感情が消えていく奇病にかかったことを言い訳にしていた。

 言い訳にし続けて、今日まで生きてきた。

 どうせ何も思わないからと諦めて、何も考えないで生きてきてしまった。


 その弊害がこれだ。


 あかりの気持ちを読み取ろうと努力してるように見せかけて、その実、何も得られていない。配慮もしなかったし、どうせどうせと、分かるわけないと決めつけて、それで努力を終わらせてしまった。


 だから傷つけた。

 あかりを不登校にさせたのはやっぱり私だったんだ。


 気づける機会は山ほどあった。

 あかりはちゃんと私に伝えていた。その努力をしてくれていたのに。


 私は彼女の想いを、一度踏みにじった。


 そう思うと、もう耐えられなかった。

 とうとうあかりを見ていられなくなった。

 あかりの顔をずっと見ていたいのに。あかりの目が大好きなのに。


 もう、罪悪感で、見られない。


 俯く。


 苦しい。

 苦しいってなに。

 悲しい!

 悲しいってなに。


 もう枯れたと思った涙が、再び止めどなく溢れて、流れてきた。


「ごめん。ごめん、なさい。あかり」

「さきちゃん……」


 あかりの声が一段と落ち着いて優しい声色に変わる。

 ……どうして?

 なんで今ので、


 やめて。


 そうやって優しくしないで。


 心ではそう思っているのに。

 卑怯な私は、起き上がって優しく私の頭をその胸に抱きかかえて、頭を撫でてくれる彼女を拒めない。

 抵抗できない。


「あかり、あかりっ。わた、私、あかりに酷いことしちゃった!あかりを、傷つけた!ごめ、ごめんな、さい!ぐす。ほんとに、ごめんなさ、い」


 あぁ、謝ったら。

 この自分の罪を認めてしまったのなら。

 もう後戻りは出来なくなってしまう。


 あかりに、嫌われる覚悟なんて持てるはずもないのに。

 きっと罵倒される。嫌われる。


 せっかく、好きって、自覚できたのに。


「……あかりぃ。嫌いに、ならないでぇ」


 自分の吐いた言葉に寒気がした。

 泣きながら溢れた言葉は、それでも私を好きでいてくれと言う懇願。


 自己嫌悪が加速する。


 どこまでも卑怯な生き物だったんだ、私は。


 あかりの私の頭を撫でる手が止まった。

 あかりの両手が、私の頬に添えられる。

 そして強制的に顔を上げさせられ、あかりの顔を見つめることしか出来なくなった。


 せめての抵抗で、目を閉じた。

 今の私に、あかりを見る資格なんて無い。


 それでもあかりは言った。


「さきちゃん、目を閉じないで?わたし、さきちゃんの目が見たいの」


 いやいやと、頭を横に振る。


「どうして嫌なの?わたし、さきちゃんの目、好きなんだよね。だから、よく見させて欲しい」


 ………。

 押し黙る。嫌だ。目を開けて見つめた先に、あかりの失望した眼差しとかあったら、私は耐えられる気がしない。


 でも、これは罰なのかもしれない。


 あかりを不登校になるまで追い詰め傷つけた、私への罰。


 うっすらと、瞼を上げた。


「ありがとう、さきちゃん。大好き」


 ………なんで。なんでよぉ。

 どうしてまだ、私を好きって言ってくれるの?


「あのね、さきちゃん」

「ぅん」

「わたしがさきちゃんを嫌いになるなんて、この先ぜーったいに有り得ないことなんだよ」

「………」

「信じられない?」

「……ぅん」

「じゃあ、これで伝わると良いな」


 未だ私の頬はあかりの両手に包まれていて、その手に僅かに力が籠った。


「え、」


 あかりの顔が近づいてくる。

 何が起こってるのか分からない。


 私の顔の向きは完全にあかりの手によって固定されていて、もう私に為す術は無い。


 え、え、え。


 うそ。待って、近いよあかり。

 やめて、私、今ぜったいに顔ぐちゃぐちゃで、汚いのに。


 そんな近くで見ないで。


 目を逸らしたい。瞑りたい。


 なのに、目が、離せない。


 そのままそのまま。


 あかりの顔が近づいてきて―――。






















 私はのキスをした。

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