第20話

 流石に復帰して一週間も経てば山岡さんに手を繋いでもらわずとも教室に入ることが出来るようになった。


 教室に入ってすぐにさきちゃんの席を確認する。彼女はもう既に登校し席に座っていて、ちょうど目が合った。


 あれ、さきちゃんの目、少し腫れてる。

 むくみ、なのかな。もしかしてさきちゃん、昨日泣いたりした?

 さっと今度はわたしが目を逸らされる番だった。


 ……お互いに気まずい、この状況を何とかしたい。


 何とかしたいから、わたしは昨夜さきちゃんにメッセージを送った。

 今日の放課後はさきちゃんと久しぶりに二人きりになれる。そういう約束をした。


 朝礼中、相変わらずここ一週間と同じで視線を感じる。

 今までは目を合わすことが出来なかったけれど、今日はどの道さきちゃんとは腹を割って話す覚悟をしてきている。さきちゃんの席を見てみた。


 じーーーっとわたしを見つめていたさきちゃんと目が合う。

 あ、また逸らされた。


 授業中も。休み時間も。

 さきちゃんは隙あらばわたしのことを見つめてくるのに、わたしといざ目が合うとさっと逸らしてしまう。


 気づけばあっという間に放課後で、期待していたけれど、残念ながら今日も日中はさきちゃんと言葉を交わすことが出来なかった。

 帰りのホームルームが終わって席を立つ。山岡さんに「ばいばい」と挨拶をして、さきちゃんを見る。


 彼女は席を立たずに、またわたしを見つめていた。ぼーっと、何か想いを馳せるような熱の孕んだ目で、わたしと今日n回目の目線が交差する瞬間。


 今度はすぐには逸らされなかった。


 わたしが「さきちゃん」と彼女の名前を呼びながら席に近づいていくと、さきちゃんはハッとした表情をしてすぐにわたしと目を逸らして俯く。


 さきちゃんの表情が露骨に崩れるなんて、珍しい。


 なんだろ。うーん。すっごく焦れったい。

 ここまで露骨な反応をされると、少しだけムカッと来る。

 さきちゃんは、わたしと話したくないの?

 さきちゃんは、わたしと一緒にいたくないの?

 さきちゃんは、わたしに触れたくないの?

 さきちゃんは、わたしに触られたくないの?


 わたしが彼女にしたいこと、されたいこと。

 これってやっぱり今でも一方通行の気持ちなんだろうか。

 わたしが不登校になってから届いていたさきちゃんからのメッセージを見て、わたしなりに今度こそ『確信』を持てたと思ったんだけど。


 ちょっとだけ態度に出ちゃったかな。

 ムスッとしながらもう一度さきちゃんの名前を呼んだ。


「さきちゃん」

「……あ、あかり」


 目を泳がせるさきちゃん。

 その挙動不審な様子が余計にわたしをムカムカさせる。


「わたしの家、行くよ」

「あ、う、うん」


 行こ?とか行かない?とか誘う形じゃなくて、わたしにしては珍しくさきちゃん相手に強気の物言いで、彼女の手を取り引っ張った。


 わたしがさきちゃんの手を握った瞬間、彼女の身体がビクンと震える。

 うわ、さきちゃん、手汗すごい。

 緊張してるの?もうわたしはさきちゃんに今どんな感情が残っているのかとか、気にしないことに決めた。

 だから、改めて、さきちゃんのことを何も知らない気持ちで、目線で、さきちゃんを観察する。


 耳が赤い。目が泳いでる。

 モジモジと内ももを擦り合わせるような動作。下唇をキュッと結んで、何かに耐えてる様子だった。


 帰路の途中、わたしたちは誰に見られてもお構い無しで手だけは絶対に離さなかった。

 指と指を絡めた、所謂“恋人繋ぎ”ってやつ。

 終始お互いに無言でも、手だけはギュッギュッて、時折遊ぶみたいに握る力を込めたり、緩めたりして。


 さきちゃん、今この静かな時間で、何を感じてるんだろう。何を考えているんだろう。

 やっぱり、こうやって触れ合って、隣を歩いている今でもわからない。

 もっと距離を縮める必要があると思った。


 そして、距離を縮めた先でわたしが今感じてること、思ってることも知ってもらいたい。


 繋ぎあった手から伝わるさきちゃんの温もりを感じて、わたしは今とっても幸せなんだよ。

 帰る最中、色んな人たちの視線を浴びたけど、べつに嫌だと思わなかったんだ。むしろすっごい多幸感に包まれた。

 やっぱりわたし、さきちゃんのこと、好きなんだなぁ。


 伝えたい。好きだって。

 伝わって欲しい、好きだって。


 わたしの家についた。

 玄関で「ただいま」と言ってから、すぐにさきちゃんの手を引いて階段を上がり、自室に入る。


 さて、何て言おう。

 なんて切り出そう。

 そう考えてる隙に、間もなくわたしは逆に手を引かれて、腰を抱かれて、そのままわたしのベッドに押し倒された。


 え?


 ぐずっと鼻をすする音が上から聞こえる。

 わたしはベッドに押し倒され、お腹の上にさきちゃんに馬乗りにされた。


「うっ。う、ううぅぅ!」


 ポタポタと暖かい涙がわたしの頬や瞼、顔の至る所に落ちてくる。

 さきちゃんはわたしに馬乗りになって、泣いていた。


 無表情の彼女が、取り繕うこともせずに嗚咽を漏らしながら泣いている。


 綺麗だと思った。

 かわいいとも思った。


「さきちゃん、ゆっくりで良いから、わたしに言いたいこと、言ってみて?」


 本当は今日、わたしが一方的に話すことも覚悟していた。

 けれど、それは的外れだった。


 わたしも我慢していた。

 色々な欲を抑えて、自分だけが一方的に我慢を強いられていると思っていた。


 でも違ったんだ。


 わたしたちはお互いに、もう限界だったんだ。


「あかり、あかりぃ」


 堰を切ったように、さきちゃんは言葉を紡ぎ出す。

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