第8話

 ゴールデンウィークに入った。

 やっぱり案の定と言うか、親友は私の家に連泊するらしい。


 いつでも物を取りに戻れる距離に家があるからと言って、親友は軽装で泊まりに来たりしない。

 彼女なりの拘りがあるらしく、割と本格的なボストンバッグとか肩にかけてやって来る。


 私の部屋はもうすでに親友の物で侵食されつつあって、そんな大荷物が必要になる意味がわからずにいると、バッグの中からはやれバニーガールだの、ナースさんだの、チャイナ服だの、様々なコスプレ衣装が出てきた。


「……これ、着るの?」


 当然の疑問を親友に投げかける。


「うん、さきちゃんがね」

「?」


 ???


 親友の言ってる意味がわからない。

 私にコスプレして欲しいってことだろうか。そのためにわざわざ彼女は重たいバッグに沢山の服を詰め込んで来たんだろうか。


「どうせご飯の時以外で、わたしたち部屋の外に出ないでしょ?昨年はボードゲームとかテレビゲーム、アニメとかで時間を潰しちゃったけど、今年のゴールデンウィークはもっと過激に攻めても良いと思うだよね!」


 いつになく饒舌に語る親友。


 たしかに昨年のゴールデンウィーク中、私と親友は引きこもりみたいな生活をしていた。

 どこかに外出した記憶が無い。


 てっきり今年もゲームやアニメ三昧だと思って、私は興味無いけれど親友が好きそうなゲームの新作を幾つか、それから動画視聴サービスのサブスクにも二つ契約しといたのだけれど。


 無駄だったのだろうか。


 その旨を彼女に伝えると、目の色を変えて彼女は喜びの表情をして私に抱きついてきた。

 急な接触に脊髄にブルブルっと震えるような快感が一瞬で駆け巡り、下腹部が異様にキュンとしだす。


「わたしのために、さきちゃんが準備してくれてたなんて、嬉しい!」

「……んっ。……そ、そう」

「せっかくだし日ごとに違うコスプレしながら、さきちゃんが用意してくれたゲームとか、アニメ見よう!」

「?」


 コスプレ、ずっと着ながら一日過ごすってことだろうか。

 親友が「うん!その通り!」と満面の笑みで頷く。


「……ご飯、食べるときは?」

「んー、部屋出る時は普通に適当な部屋着に着替えていいよ。でもさきちゃんの部屋にいる間は、わたしが持ってきたコスプレ衣装着て欲しい!……ダメかな?」

「べつに。……いいよ」

「ほんとに!??」


 べつに、どうせ恥ずかしいとか感じないし。

 なんとも思わないから正直着る服にはそこまで興味が無い。

 極端な話、もしも親友に一日部屋では裸で過ごしてとお願いされても、私は拒否せずに頷いて服を脱ぐんだと思う。


 それが出来てしまうから、私はやっぱりおかしくて、この奇病が特異であることがよく分かる。


「じゃあ今日は、とりあえずこれ着て過ごしてほしい!!」


 ゴールデンウィーク一日目。


 の欲望が詰め込まれた一着目の服が渡された。






「……あぁ、かわいい♡さきちゃん、やっぱり似合う。なんでも似合う。でも真っ先に着せるコスプレはこれって決めてたんだよね。ほんともう、可愛すぎ。大当たりだよ」


 親友が一日目の服として私に着せたのは、まぁコスプレとしてはドがつくほど定番だと思われるメイド服だった。


 ただしクラシックの方では無くて、ミニスカのメイド服。

 それを着て今は絨毯の上に体育座りしながらアニメを見ている。親友と横並びになって。


 横から刺さる彼女の視線、そのねっとりとした湿度の高いいやらしさにモジモジと興奮が高まる。


「さきちゃんの肌、白いからメイド服が余計映えるんだろうね。ミニスカから生えて見える生足とか、その体勢から覗ける太ももの裏とかその先とか、控えめに言ってもえっちすぎるよ」

「………そう」


 親友が今あからさまに興奮してるのが見てて分かる。

 そして、私も今ひそかに興奮している。


 けれどどうしてか、私の頭の中ではその系統が違うような気がして。


 試しに隣でアニメを見てるようで全く見ていない親友の手を唐突に握ってみる。

 その手は温かくて、私は彼女の体温を感じるだけで身体の内側からグツグツと疼きと興奮が昂ってくるのだけれど、親友の反応はやっぱり思ってるのとは違う。


「え、急にど、どうしたの?さきちゃん。怖かった?このアニメ、動物との触れ合い系だから怖い要素無いと思うけど、何か怖いとこあった?」


 私には『怖い』って感情ももう存在しないのに、親友は頓珍漢な心配をしてくる。


 私だけ。


 私だけが、親友との接触で興奮が高まる。


 同じように興奮って言葉で表せる感情を二人とも抱いているはずなのに、どうしてこんなにも違く見えるんだろう。


 名前をつけずにいたその興奮の正体が、その名前が、頭に浮かんできそうで咄嗟に違うことを考える。


 考えようとして、その実、頭の中にはいくつものそれらしい単語が浮かんでしまう。


 劣情。欲情。発情。色欲。肉欲。


 多分、気づきたくなくて今まで思考に蓋をしていたけれど、結局のところ私に残ってる感情は性欲から派生されたもので、私はつまり親友に欲情してることになるんだと思う。


 それが、興奮の原因。


 恥ずかしいという感情は無いけれど、それこそなんとなく、直感的に、これは親友にも知られたくないと考えてる自分がいる。

 だから感情の正体を今はまだ言うつもりは無いし、もしかしなくてもこの先教える機会は訪れないだろう。


 それこそ、親友が気づかない限りは。


 しかし困ったことに、私は発情したところで性知識が皆無だからどうすれば感情を鎮めることが出来るかがわからない。

 身体の疼きが最高潮に高まったとき、どうすることが正解なのかが、わからない。


 親友は、あかりは、知っているのだろうか。


 私が、右手でソコを擦ることで得られた多幸感の正体とかも、知っているのだろうか?


 そもそも彼女も今の私みたいに発情したりするのだろうか。

 親友は欲情した場合、どのようにしてこの興奮の昂りを治めているんだろうか。


 知りたい。


 せつない。


 今すぐ身体の内側でグズグズと燻る疼きを掻き出したい。


 スマホで検索しようにもキーワードで何を打ち込めばいいのかわからないし、親には新しい感情の存在自体を伝えてないから聞くこともできない。


 こうして考えてる間にも身体は熱く、発情していく一方で、とりあえず私はただただ、親友の手をぎゅっぎゅっと握りながら気を紛らわせることしか出来ないのがもどかしくて。


 自然と手を繋いでない方の手は下腹部に伸びていく。


 今の私は発情の熱に浮かされ、上手く物事が判断できずにいた。

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